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まいご  作者: 高橋花菜子
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【第11章】沈黙

 そこは白いカフェだった。


 天井も壁も床も、全て白だ。道路に面した大きな窓からの日差しが、その白に反射してかなり明るい。

 観葉植物の緑が映えて、空気が爽やかだ。


 店内は広く、お客さんは結構いた。私たちは、二人席に座る。机と椅子は木製で暖かみを感じた。


 お昼ということもあり、お腹が空いていた。私はアイスティーとサンドイッチのセットを注文して、彼はコーヒーだけを注文した。


 待っている間、沈黙が続く。


 彼は特に何も話そうとせず、目線を下げたままでいる。


 普段はあんなにお喋りなのに、何があったのだろう? この前のことで、私のことを不快に思っているのだろうか? しかし、それだったら誘ったりはしないだろう。怒っているようにも見えない。


「あの、その服……」


 彼の目線が私に向く。勇気を出して聞いてみた。


「どうしたの?」


 彼は、少し考えてから「この前、買った」と言った。いや、どうしていつもの格好と違うのかを聞いたつもりだったんだけど……?


「いつもと全然違う」


 はっきりと聞いてみた。彼は小さく「うん」とだけ頷き、そのまま黙ってしまった。

 また目線を下げて、大きな目はゆっくりとまばたきをする。どこか、ぼーっとしているようにも見える。


 何だ、この人は……?


「友達とライブに来たって言ってたけど、桐山さんもアイドル好きなの?」


 アイドルの話はあまりしたくなかった。でも、二人の共通の話題はそれくらいしかない。


「いいや」


「じゃあ、何で?」


「頼まれたから」


「どうだった? 初めてのアイドルのライブ」


 彼は上を見て考える。

 まただ。彼がまるで幼い子供のように見える。決して、子供ぶっているのではない。見た目は立派な大人だ。それなのに、本当にいつもと違う。


「びっくりした」


「そりゃ、そうだよね。独特だからね、アイドルのライブって。どこが一番びっくりした?」


 私は、彼が答えやすいように質問する。まるで、幼稚園の先生みたいだ。喋るのが苦手で、クラスに馴染めない男児にゆっくり語りかける先生だ。


「掛け声」


 彼の答えは一言で終了した。心の中で溜め息をつく。


 私は2回目とはいえ、私は男性とこうして二人で話をしたことがないから、何か喋ろうと手探りしているのに……。彼の方は歩み寄るつもりもないように見える。


 私は今日来たことを少し後悔し始めていた。その時だ。


「佐藤さんは?」


 彼が表情を変えずに訊ねる。

 

「いつから、アイドル好きになったの?」


 彼と目が合う。今度は、私が答える番だ。


「私、別にアイドルが好きだった訳じゃないの」


 正直に答えると、彼が首を傾げる。


「そうだよね、不思議に思うよね。

 私、昔から歌手や役者のような、自分を表現できる人になりたいって思っていたの。

 だから、スクールに通って無我夢中でレッスンに励んだんだけど……。結局、オーディションに落ちまくって、唯一受かったのがアイドル事務所だったの」


「ふーん」と彼は呟く。

 退屈かな? でも、目線は外さないので、興味はあるみたいだ。


「グループに加入って形で入ったんだけど、アイドルのことなんて何も知らなかったから、そこからいっぱい勉強した。

 ダンスもそれまで習っていたヒップホップとは違ってたし、歌い方も結局最後まで高い声が出せなかったけど……。

 いろんなアイドルの歌を聴いて練習したり、MVを観たり、ライブにも行って、自分でも取り入れてみた。MCやファンの人たちとの交流、トーク力も鍛えて……。本当に実践と失敗の繰り返しだったな」


 私は出来るだけ明るく話した。

 前回、あれだけ泣いたのに吹っ切れたような口調になった。


「おかげて成長できたよ。少なかったけど、ファンもできたし、グループ内は上下関係が厳しくて悩んだりもしたけど……。

 後輩ができた時は指導係に選ばれて、しっかり指導できた。先輩から褒められたり、後輩にも慕われたんだ」


 また「ふーん」と彼は呟く。


「それは今の仕事にも活かせてるし、悪いことばかりじゃなかった」


 そこまで話すと、私は心の中で「そうだよ、そうだよ」と頷いた。しかし、また私の否定が顔を出してくる。


「結局、そのあと後輩に抜かされたけどね」


 溜め息をつくように、私はそう言った。

 彼はまた首を傾げる。


「ゆかっちは、私が指導した後輩」


 私は、瞬く間にセンターになった彼女のことを思い出しながら話した。


「私と違って、小さい頃からアイドルが好きで、アイドルになるために生まれてきたような子だった。

 優しくて、嫌なことがあっても、いつも笑顔で乗り切っていた。メンバー内の難しい人間関係にも柔軟に対応して、みんな彼女が好きだった。

 私みたいに的外れじゃなくて、ちゃんと的確に努力を積み重ねていた。ああ、これが才能なんだなって思った。もともと持っているものと、本人の努力と……」


 そこで止まった。


「……と?」


 彼が訊ねる。


「『好き』って気持ち」


 私はそう言い切った。


「私には無かった。向いてなかったんだよ。初めから分かっていたのに何だったんだろう? 何になりたかったんだろう? 目の前のことを一生懸命してきたつもりだったのに……。無理だったんだよ」


 そこに飲み物が運ばれてきた。私はアイスティーを飲んで、喉を潤した。

 ここまで、自分の話ばかりになってしまった。不安になる。でも、沈黙が続くよりは良かっただろう。


 私の話を最後まで聞いた、彼は言った。


「自分のためだったんじゃないの?」


 また時間が止まる。


 私は驚きと共に、鼓動が速くなるが分かった。ドクドクと脈打つ音が体中に響く。


 そして、彼の言葉が無数の棘のように、私の心にグサリと突き刺さる痛みを感じていた。

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