【第10章】ファッション
何を着ていこう?
彼に好意を持っていないと言いながら、約束の日の朝、私は着ていくものに悩んでいた。
クローゼットやタンスの引き出しから、洋服を引っ張り出してきては姿見の前で体に合わせて、あれこれコーディネートを考える。
部屋はみるみる洋服で散らかっていった。
アイドルを卒業してから、可愛い服は一切着なくなった。
私はもともとお洒落ではない。そんな自分を補うかのように、以前はファッション雑誌を毎月何冊も買って、日々研究していた。
周りのメンバーはお洒落な子が多かったし、みんなファッションには気を遣っていた。
だから、私も雑誌に載っている服が欲しいと思えば、急いで買いに行ったし、お金もかなり使った。
当時の可愛い服を着て行こうかと思ったけれど、私は最近よく着ているシンプルなコーディネートで行くことにした。
薄いベージュのワイドパンツに白の半袖シャツ。前のように暑さで熱中症にならないように、リネン素材のものにした。
クーラーで寒くなるといけないので、ネイビー色のカーディガンを鞄の中に入れておく。
髪はボブヘアーを耳にかけて、そこに長い飾りのついたイヤリングをつけた。
外に出ると、そこはまだ夏だった。
暑さのピークは過ぎたものの、空気は涼しくなる気配はない。
私は駅まで歩き、電車に乗って、待ち合わせをしているカフェを目指した。
そのカフェは、ビルの2階にあった。
大きな窓ガラスが歩道に面しているので、外から少し中の様子が見える。
明るい店内には観葉植物が置かれていて、前回の重厚なカフェとは雰囲気が違うことが分かった。
約束の時間より、早く着いてしまった。
私はビルの影に隠れ、直射日光が当たらないようにして、待つことにした。こうして日陰に入ると、多少涼しく感じる。季節は変わっていないように見えて、ちゃんと動いているのだ。
彼とどんな話をしよう?
私は待っている間にいろいろ考えた。
共通の話題はあるだろうか? 前回はそんな話ができなかった。何に興味があり、何が好きなのだろう? カフェ巡り以外の趣味はあるのだろうか?
私は少し緊張し始めた。一番心配だったのは、私の方は何もないことだった。
趣味もなければ、アイドル以外の経験も積んでこなかった。
好きなことも今はない。以前は、歌うことが好きだった。
アイドルの中では上手い方だったかもしれない。卒業ライブでは、マイクを持たせてもらったけれど、実際にアーティストの人たちと比べれば、足元にも及ばない。
それでも、彼は「上手い」と言ってくれたっけ。
そんなことに想いを巡らせていると、後ろから声がした。
「佐藤さん」
彼だ。私はくるりと振り返る。
その時、思わず「え?」と声が出てしまった。
彼は、いつもの派手な格好ではなかった。
長袖の白いシャツに、黒のパンツ、薄手のロングカーディガンを羽織っている。
鞄は持っておらず、とても身軽だ。
そして、金色だった髪は黒く染まっていた。
最初は違う人に呼ばれたかと思った。
表情は、あの日に別れたまま、笑っていない。しかし、どこか柔らかい雰囲気になっている。
少し癖のあるふんわりとした黒髪が、風に揺れている。
「桐山……さん?」
私は確認する。
彼は、上のカフェを指差して「ここだよ」と言った。そして、カフェに続く階段の方へ、てくてくと歩いていく。
彼で間違いはないみたいだ。
私は驚きながらも、あとを追いかけた。




