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まいご  作者: 高橋花菜子
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【第9章】恋愛解禁

 彼から連絡があったのは、一緒にカフェに行った日から割とすぐのことだった。


 洋食レストランで働いている私は、朝、店に到着すると裏口から入り、小さなロッカールームで制服に着替える。


 白の半袖シャツに黒のパンツ、その上にベージュのショート丈前掛けエプロンをつける。

 そして、髪を一つに束ねた。これで下を向いても、髪が垂れてくることはない。

 最後にヘアピンで前髪を留めれば、一気に気持ちが仕事モードに切り替わる。


 キッチンの調理担当の人たちに朝の挨拶をして、私は薄暗い店内の灯りを点けに行く。暖かい色味のある照明が、落ち着いた空間を演出する。


 店内は、そこまで広くはない。四角いテーブルが8つほど並び、赤いチェック柄のテーブルクロスが掛けてある。その上には、塩とコショウ、そしてナプキンが置かれている。

 白い壁には、メニューが書かれた小さな黒板が貼られており、他にも風景が描かれた絵が飾ってある。


 オープンに向けて、私は最近入ってきた新人アルバイトの亜紀ちゃんと一緒に準備を始めた。


 11時のオープン時間になると、私は表に出て、入口に掛けてある木の看板を『CLOSED』から『OPEN』にひっくり返す。


 店の前には、既に行列ができていた。


 老舗の洋食レストラン。懐かしさを感じる雰囲気と昔ながらの味を守ってきた料理は、飲食店の口コミサイトでも高評価を得ていて、ランチとディナーともに人気だった。


 大忙しのランチを終えて、私たちも昼食をとった。みんなでまかないを食べ、それから休憩時間に入る。


 私は、スマホを開くと彼からラインが来ていることに気づいた。


『今度の火曜日に会いたい』


 火曜日……?

 ああ、そうか。美容院はだいたい火曜日が休みだ。そして、この店の定休日でもあった。


「彼氏ですか?」


 後ろから、亜紀ちゃんがニヤニヤしながら訊ねる。

 背が低くて、猫のような大きな目をしている彼女は愛らしく、誰とでも親しく話ができる子だった。


「違うよ」


 私はスマホをサッと隠して、否定する。

 まるで、悪いことをしているみたいになってしまった。


「佐藤さん、アイドル卒業したんですよね? 恋愛解禁になったから、いいじゃないですか」


 亜紀ちゃんは笑顔で、私の肩を軽く叩く。


 そうだ、私はもう自由に恋愛していいのだ。


 アイドル時代は恋愛ソングがほとんどで、気持ちを込めて歌っているつもりだったけれど、実際は全て想像でしかなかった。それは自分でも分かっていた。


 今まで誰かに恋愛感情を抱くことはなかった。

 それどこじゃなかったし、素敵だなと思う男性がいても、恋愛に発展することはなかった。

 私は誰かを好きになるということが、どういうことか分からないし、分かりたくない、分からない方が良かった。

 

 だけど、今は違う。


 もう一度、ラインを見る。短くて端的な文章。

 アイドル時代、グループの仲間とラインする時、私はついつい文章が長くなってしまい、よく「おばさんみたい」と言われていたっけ。


 私は、どうしようか悩んだ。


 先日、彼の前で泣いてしまった時のことを思い出していた。


 あの時、彼はどうして急に態度が変わったのだろう?

 私が突然泣き出してしまったからだけど、そのことに少し恐れを感じていた。

 ただ、彼の言葉は正直嬉しかった。


 また、会ってみようかな……?


 でも、彼は男性だし、グループの仲間ではない。ああ、ずっとグループの仲間以外の人と接してこなかったので、人間関係の付き合い方が分からない。


 本当に、私は社会的に何もできないと、また自分を否定する。


 新人の亜紀ちゃんの指導は、グループの後輩メンバーの指導係を担っていた経験があったので、


「佐藤さんが先輩で良かったです。指示がとても的確で分かりやすいです」


 と、言ってもらえた。


 店に来るお客さんにも、笑顔で接客ができているし、てきぱきと仕事もこなせている。


 私はこの仕事があって、幸運だった。

 そうじゃなかったら、今から一般企業に勤めることも難しかっただろう。私は履歴書の書き方すら分からない。


 スマホを閉じる。

 彼への連絡は仕事が終わってからでいい。

 すぐに返信できない癖は昔から変わっていないけれど、少し考える時間が欲しかった。


 そして、結局私は「いいよ」という短い文章を送った。


 いろいろ考えたけれど、シンプルに会いたいか会いたくないかだと思った。

 あんなに大泣きしてしまったけれど、そんな風に人前で泣いたのは初めてだったし、もう変に気を遣うこともない。


 恋愛解禁。


 私は、彼に好意を持っている訳ではないけれど、男性と接しても、もう誰にも何も言われない。そんな風に都合良く考えた。


 彼からの返信はすぐに来た。

 そこには時間と場所、店の名前が書かれおり、『Cafe』と表記されている。


 また、カフェ……?


 彼は、カフェ巡りが趣味だと言っていた。

 確かにコーヒーは美味しかったけれど、一人でカフェを巡って楽しいのだろうか?


 しかし、私はすぐに考えを改めた。

 確かに、ぼーっとする時間が必要なのは分かる。家でも職場でもない場所で、何かを考えているような考えていないような、心地良い空間……。


 あの美容院で待つ時間が、私にとってそうだった。そして、視線の先にはいつも彼がいた。

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