5羽 「信じたいんだよ」②
手ぶらでこのヴェルク=シーヴィっていう国に来てしまった僕は、ハッラさんの家から引き揚げるものと言えば、グラからの求愛の印である羽と、着てきた服くらい。着替えや下着までお世話になって、もちろん返さなくていいからって言われて、ちょっと豪華な夕飯でお別れ会みたいにしてくれた。
「ヨータ、どこいくの?」
食事をしながらの朗らかな僕たちの会話をじっと聞いていて、ライラちゃんが声をあげた。
「ヨータはな、りっぱなお仕事をするために、タルクの家に行くんだ」
「なんで?」
「お仕事だよ。おまえも教わっただろう? 雛を分けるんだ。ヨータはりっぱだ」
「なんで?」
その後もずっとなんでって聞いていた。かわいい。ハッラさんも奥さんも、途中で音をあげていた。そして、タルクさんが迎えに来てくれたときに、ライラちゃんはしくしく泣き始めた。
「……ライラ。ヨータは、タルクの家に行くだけだ」
「なんで?」
「お仕事だよ。鶏じゃなくて、ハルシーピを分けるんだ。とてもりっぱな仕事をするんだ」
ハッラさんに抱っこされて、ライラちゃんはしくしくとハッラさんにしがみついた。引っ込み思案な子だから、あんまりいっしょに遊べなかったけれど、こんなに僕に懐いてくれてたんだ、とちょっと感動。僕はライラちゃんに「またね。また来るからね」って言った。ライラちゃんはしくしくしながらうなずいた。
「……おまえ、幼女に好かれやすいのか」
馬車を走らせながら、御者席へいっしょに座っている僕へ、タルクさんが言った。
「なんだよ、その言い方。なんか誤解を招くよ」
「ライラは、俺にだって長いこと人見知りしていたんだ」
その口調がちょっと悔しそうで、笑ってしまった。
タルクさんの家は、灰翼判庁がある絶壁の下だった。ぶっちゃけ、上からなにか落ちて来ないのかな、と心配になる立地。でも石造りの似たような家が点在していて、まあ、こういうものなんだろう、と納得することにした。
タルクさんみたいに、翼騎兵隊に所属している人たちの集まりらしい。けっこうな人数いるんだね。
グラがそわそわと待ち構えていて、僕を見るなり、キュアーーーーー! とひと声鳴いて大きな翼をバタバタした。いやいやいや、夜だから。近所迷惑だから。あ、でもハルシーピに乗る人たちばっかりだから、べつに気にしないかな。
「最近、どうにもグラが元気なかったんだ。番のおまえが来てくれてよかった」
「いやいやいや、ちょっとそれどうすればいいんですか。これお返ししますって。僕人間ですし、そもそもオスですし」
その言葉は黙殺された。え、待って。本気でどうすればいいの。
普通の単身者用の平屋。トイレは外にある。ちなみに、ハッラさんのところもそうだったけれど、汲み取り式。ああ、日本の上下水道設備が恋しい。タルクさんは「さて、どうするかな」と、殺風景な部屋の中に僕を招き入れてランプに火を入れてから、腕を組んだ。
「ヨータ。我が家には、寝台がひとつしかない」
「ですね。見ればわかります」
「俺は、男と同衾したくない」
「それはもう、僕も全力大賛成です」
「ということで、おまえ、床に雑魚寝でいいか?」
「えーっ」
いろいろ抗議したけど、タルクさんのお家だ。だから僕に決定権なんかあるわけがなかった。
でも石造りの家で床寝なんて最悪に寒いし、体に悪いと決まっているから、ありったけの毛布とか布をせしめた。さすがにそれくらいは譲歩してくれた。
僕の生活に必要なもろもろは、明日にでも揃えようって話し合った。さすがにずっと床で寝るわけにはいかないしさ。幸い、部屋自体は広いから、もう一台ベッドを入れても問題なさそう。問題は、プライバシーが保護されないってことかな! あと、寒い。
なんだかいろんな要素が重なって、眠れないで寝返りしまくっていたら、真っ暗な中タルクさんが「ヨータ」と声をかけてきた。
「なんですか」
「おまえ、家族はいないのか」
なんだいきなり。僕はタルクさんのベッドの方向に寝返りして、小声で「いますよ。母と妹」と言った。
タルクさんはちょっと考え込んで、そして「仲はいいのか」って聞いてくる。
「ええ、まあ。たぶんそれなりに。今どうしてるのかなって、思うくらいには」
「おまえがここに居るから?」
「……はい。たぶん、めちゃくちゃ心配してる」
親父が死んで、もう3年。まだ3年。母さんはまだ、夕食を4人分作ってしまう。魚の切り身は4枚セットで売ってるのよ、とか言って。
妹は、髪の毛にハイライトを入れて、眉のメイクをキツめにした。そして、沈黙を嫌がるみたいに多弁になった。
僕まで居なくなった今、あの地球防衛飯塚基地の702号室は、どうなっているんだろう。
ふたりしかいないのに、食卓に4人分のおかずが並んでいるんだろうか。
部屋の中に沈黙が充満して、でもタルクさんが起きている気配はあって、僕は眠れないから次の言葉を待った。
タルクさんがもぞもぞ動いて、僕の方を向いたのがわかった。
「おまえの妹か……似てなきゃいいな」
「うん、すごくかわいいよ」
「即答かよ」
タルクさんが喉の奥で笑った。本当のことだし。ちょっと今は雄鶏よりうるさいくらいで。昔はライラちゃんみたいだったのに。どうしてこうなった。でも、どっちもかわいいよ。
僕は、なんとなく「タルクさんは?」って聞き返した。はっと息を呑む音が聞こえて、ちょっとしてから「――違う街に、父親がいる」って返答があった。
なんか、それ以上は踏み込んではいけないと感じ取って、僕はただ「そうなんだー」と言うに留めた。
なんだかんだうつらうつらしてきたときに、タルクさんがつけ足すみたいにつぶやいた。
「……俺に、さんづけとか、敬語とか、やめろよ」
僕は寝入りばなで、ちょっともうろうとしながら「わかった。タルク」って答えた。




