4羽 「おまえの輝ける場所だよ」①
で。
そんなことがあってから、10日経った。
僕は、正式に身元不明人のリストに載せられたらしい。だって、本当にここがどこかわからないし、僕が書いて提出した住所や氏名等の個人情報は、そもそも解読できる人はどこにも居なかった。
この一週間ちょっとでわかったことは、ここはやっぱり日本じゃなくて、たぶん僕の知らない世界なんだってこと。
なんでか、僕はここの言語を読み書きし、会話もできて、でっかい鳥にプロポーズもされてしまったこと。
でっかい鳥は『神鳥』とか呼ばれているハルシーピという種で、その鳥に愛されているんなら悪いヤツではないんだろうと認定されたこと。
そして、初生雛雌雄鑑別師としての僕のスキル――ひよこのオス・メスを鑑別する能力――は、この地域ではとんでもなく、貴重なんだってこと。
「ヨータ、こっちも頼む!」
「はーい!」
僕の身柄は、おじさん、ならぬクルヴァ・ハッラさんの預かりになった。これは、ハッラさんたっての請願によって、そういうことになった。
毎朝、お世話になっているハッラさんの家から歩いて養鶏場へ出勤。ハルシーピに乗れとか言われなくて助かった。まずは集卵して、生まれたひよこを鑑別して、清掃。その繰り返し。ときどきバイトを雇うみたいだけれど、わりと小さい鶏舎とはいえ、これをハッラさんはひとりでやってたんだよなー。すごいよ。
何度かハッラさんには鑑別のやり方を見てもらっているんだけれど、なかなか感覚がつかめないようだった。死んでしまったひよこを使って、仕事の合間に練習しているみたい。生きているひよこだと、力加減を間違えたら怪我をしてしまうからね。
ハッラさんはタルクさんのお父さんの従兄弟なんだそうだ。突然増えた厄介者の僕にもやさしい、身重の奥さんのムルナさんと、4歳のライラちゃんというかわいい娘さんがいらっしゃる。
ライラちゃんは、純血日本人まっしぐらな容姿の僕が珍しいらしくて、おっかなびっくり物陰から僕を見ていることが多い。休憩のときにお母さんといっしょに食事を持ってきてくれるから、声をかけるとおずおずと寄って来る。妹の小さいころを思い出すよなあ。ほんと、このくらいのときが一番かわいいんだ……。
お家が近いから、ときどきひとりで鶏舎までやってくることもある。おとなしくじっと僕たちの作業を見ていて、邪魔をしたりしないいい子だ。
なんだかんだ忙しくしているからか、なぜここに来てしまったんだとか、日本じゃ僕がいなくなって捜索願が出ているんじゃないかなとか、そういうことを考えずにすんでいる。……いや、考えるけどさ。
「……ヨータ。俺に、カンベツはムリだ」
持ってきてもらった昼食を、休憩室にてふたりで食べていたとき。ハッラさんがすごく落ち込んだ声色で言った。
「まだ、判断は早いんじゃないですかね」
「そう思いたかったが、本当に、わからん。俺の目じゃ」
雌雄鑑別は、視力が確実に物を言う。ひよこは繊細な生き物なので、ずっと手に持っているだけでぐったりしてしまう。だから手早く見極める必要があるんだよ。
ハッラさんは時間をかけても、ひよこのおしりの突起がわからないらしい。これは慣れもあるから、場数を踏むしかないと思うんだよなあ。
僕が最初に鑑別したひよこたちは、別々の囲いに入れて成長を待っている状態だ。なので、実を言うとまだ僕の鑑別が合っていると証明できていない。
なので、なぜこうして見ず知らずの「カンベツシ」を名乗る男のことを信じてくれるのかわからないな。僕は、思ったまま聞いた。
「ハッラさん、どうして僕のことを信じてくれるんですか?」
ハッラさんは、ライラちゃんとそっくりなヘーゼルの瞳を真ん丸にした。それからニヤッと笑う。
「年の功ってヤツだよ。おまえが悪い人間じゃないのは、わかってる」
26歳だってことは信じてくれないけれど、仕事のしかたを見て、僕が成人だってことは納得してくれていた。だから、その点で信用してもらえたのはわかっている。
でもさ。
「僕が、不正確なことを言ってる可能性だってあるじゃないですか。それなのに、信じるんですか? 僕の鑑別技術を」
「そりゃ、今分けてある雛の結果が出るまでは、雌雄別で出荷しようとは思ってない」
ハッラさんは腕を組んで、そして僕をまっすぐに見て、言った。
「おまえ、仕事ができるだけじゃなくて、鶏が好きだろ?」
「はい」
即答する。なんで酉年に生まれなかったんだろうって思うくらいには、ひよこの親である鶏が好きだ。
でも、初生雛雌雄鑑別師は、好きだからできる仕事ではない。
僕みたいに、ひよこが好きだからっていう理由で鑑別師の専門学校で同級になった人は、資格取得前にやめて行ったな。
「死んだ鶏や雛にまで敬意を持って接するヤツなんか、この業界にはいないんだよ。何百羽、何千羽と扱っていりゃな。おまえは、違うだろ。ちゃんと一羽一羽、悼んでる。俺にはわかる」
バカみたいだなって自分でも思う。その通りなんだ。
毎日毎日、毎時間。必ず死んだひよこに出会う。
僕はそのたびにちょっと心を傷めて、廃棄トレイへその子を乗せる。
「――そんなヤツが、デマカセを言うもんかよ。俺はおまえのそういう所、いいと思うぞ」
なんとなく、ぐっときた。だから「ありがとうございます」って頭を下げた。
お昼を食べ終わって、二階から作業場へ降りて行ったとき。
なんだか、赤髪のでっかい体がこちらに背を向けてひよこの囲いの前にしゃがんでいた。




