30羽 「て、いうことはさ」②
タルクがはっと息を呑んだのがわかった。
しばらく、互いになにも言わない時間が過ぎた。僕は丸いサンドイッチをふたつ食べた。タルクはぜんぜん食べない。グラみたいに口元まで運んでやらなきゃダメかな。そんなことを考えてやってみるか悩んでいたとき、おもむろにタルクはつぶやいた。
「おまえ、引かないか」
「なにを」
「これから俺が言うことに」
わりと思い詰めたような表情をしたタルクへ、僕は大真面目に「4日おきにしか体を洗わない時点でタルクには引いてるからだいじょうぶだよ」と即答した。
「や、なんだよそれ。まてよ。ほぼ毎日のおまえが異常なんだよ」
「ばっちくてもイケメンだから許されるの世間のバグだよなあ……」
たしかにこっちは夏でもそこまで暑くならないから、そんなに汗はかかないけどさ。磨いたところでイケメンにはならない自分にため息が出ちゃうよ。
タルクは、僕が本気で言っているのを理解したらしい。ちょっとなにかを言いかけた感じで止まって、それから「……おまえには敵わねえよ」と笑う。
「……俺の父親は、ヴェルク=ライナにいる」
「うん」
「そこで、なんかいろいろやってる」
「ざっくりだな」
視線をさまよわせて、どこかを見ながらタルクは言葉を探していた。そんなにしゃべるのが得意じゃないのは知っているから、食って脳に栄養与えろよ、と思って丸サンドイッチのお皿をぐっとタルク側へ押した。二個重ねて取って、口へ突っ込んでいた。
そしてもぐもぐが終わったあたりで、意を決したように僕を見る。
「父親の名前は、シーヴァント・ライナヴェン」
「へー」
僕がまた横文字だなー、いやだなーと思いながらあいづちを打つと、タルクは苦笑いで「普通は、ここで驚くもんなんだよ」と言う。僕は「知らないもん。驚けないよ」と返した。
「……なんか、悩んでた俺がバカみたいだな」
「おっ、気づいた? いまさら?」
「なんかムカつく」
「はいはい、続けて。お父さん、偉い人ってこと?」
促すと、うなずきながら「いや」と言う。どっちだよ。ちょっと考えてから、タルクは「かつて、偉い人だった。……今は王籍を抜けて名誉職に就いている」と言う。
「おお、王籍。すげー。世が世なら王子様ってこと? タルクは?」
「……そういうことだ」
「じゃあせめて一日おきに体洗おうよ。世の中の夢を壊しちゃだめだよ」
「それ王籍関係あるか?」
笑って、タルクはソファの背もたれにぐったりと沈んだ。そしてもう一度「悩んでた俺がバカみたいだな」と言った。
「……俺のことを知ったら、おまえが離れて行くと思っていた」
「うん、知ってた」
「そんなことは、なかった」
「それはそう」
沈み込んだまま復帰しないタルクへ、さっき撒いてきたクラヴェル王子のこととか考えながら、僕は尋ねた。
「じゃあさ、確認だけど。タルクは王位継承権何位?」
「……父親は、王籍抜けたって言っただろ」
「でも、その子にはあるってことだろ? クラヴェル王子よりは高いってことだよね?」
タルクは沈み込んだ姿勢のまま考え込んで、ちょっとしてから「どうして、そう思う?」と聞いてきた。僕は「んー、だって」と思考を巡らせつつ答える。
「ただ、相手が気に入らないからってことだけで、タルクが右手を胸に当てないってこと、あるかなって。同程度か、むしろ相手が格下だから、しちゃいけない立場なのかなって」
「おまえ本当に頭いいよな」
おかげさまで。理系脳の父親と不思議ちゃんの母親の元に生まれましたもので。だいたいの不思議には対応できるかと存じます。
タルクは起き上がって、ふーっとひとつ、大きな息をついた。そして僕へ向き直って「俺は、6位だ」と言った。ということは、クラヴェル王子もそのくらいなのかね?
「なんで、ヴェルク=シーヴィで公翼してるの?」
核心のところをはっきり聞いた。言葉が不自由なタルクに、遠回しに聞いたってしかたないからさ。タルクはちょっと覚悟のある表情で僕を見たまま「逃げて来た」と言った。
「やっぱ継承権のことで?」
「そうだ」
「お父さんみたく、放棄はできなかったの?」
「……特殊な時代だった。正式な手続きを踏む前に、殺される可能性があった。だから、とりあえず逃げたんだ」
「よくぞご無事で」
たぶん、タルクが小さいころの話だろうしなあ。たいへんだったんだろう。
お母さんの話題が出てこないから死んじゃったのかな、とか、もしかしてハッラさん一家もすごいのかなとか考えてから、僕ははっと気づいた。
「えっ、ちょっとまって。じゃあ、タルク、ふつーにまだ王子様じゃん」
「……そうだ」
「うははははははは! うける!」
さすがに笑う。ちょっとくらい王子様っぽくしろよ。クラヴェル王子を見習え。そっかー、ときどき出るタルクの偉そうムーブ、王子様由来かー。なるほどなー。
タルクはちょっとあきれたような顔をした。そして「おまえは、だいじょうぶなんだな」と勝手になにかを納得する。なにそれ。
「いやー、だって。ラノベとかでよくありそうな流れだし」
「ラノベってなんだ」
「それを知ったらさー。ちょっと僕、お兄さんとしてしっかり助言したいんだけど」
僕がそうやって話を振ると、タルクは驚いた表情で姿勢を正して「なんだ?」と言う。
「あのさ。現役王子様なら、毎日風呂に入ろう? 公翼でもあるし、どう考えても偶像化される立場なんだからさ。あと、着替えも毎日しよう。今着てるの、一昨日からずっとてことは下着も替えてないだろ? ばっちいよ、タルク」






