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飛ばない僕と、空を行く君と  作者: つこさん。
第二章

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28羽 「会わせていただけませんか」②

 静まり返って、最初に反応したのはブロムだった。


「ありがとう、ヨータくん」


 その声色と視線は、これまでのどのときよりも本当っぽかった。


 とりあえず、空を移動できない僕が現地へ赴くには、時間がかかりすぎる。陸路だと、熟練の陸用ハルシーピを乗り継いでも13日はかかるってさ。だから、現地で対応に当たっている獣医師にこちらへ来てもらうことになった。それだと明後日には会えるとのことだから。


 僕は、国防おじさんから借りた書類を持って、でっかい黒板がある部屋へ移動させてもらった。紙は書き損じたら怖いからね。学会発表とかで使う場所らしい。

 発生場所とか件数とか、黒板へ書き出して、表にして。それに、僕はこれまで日本で学んできた……大学で、それに就職してからの知識を総動員して、思いつくだけ鶏や鳥に関する病気を列挙して行った。そして、あきらかに症例とはかけ離れているものは消して行く。

 なにせ、スマホもパソコンもない。頼れるのは自分の記憶だけ。鶏に関する仕事はしているけれど、鳥の専門じゃないし、飼ったこともない。だから正直、怖い気持ちはある。だってさ、口出しして、もし間違っていたら……僕はどう責任を取れるだろう。

 僕がしている作業を、タルクとブロムだけでなく、おじさんたちも見ていた。声をかけずにじっと。いろいろ考えているから、その方がありがたい。クラヴェル王子は帰ったのかな。

 ちょっと、書いては消して、を繰り返して。熟考。そして、表の右側にふたつだけ残った文字列に、丸をしてチョークを置いた。

 正直、鳥飼いさんならすぐこの結論に至ると思う。結局、大学で得た知識がキーになったんじゃなくて、僕の職場での経験から、このふたつ。


 思ったより真剣になっていたみたいで、喉がからからになっていた。用意されていた水差しからコップに水を注いでいたとき、タルクがおもむろに「ヨータ」と声をかけてきた。


「ん? なに?」

「左のは、わかる。初めて見るまとめ方だが、わかりやすい。でも、右の、その、ぐるっとしたやつ、なんだ」

「あ、そっか」


 表はこっちの言葉で書いたけど、右側は日本語で書いてるしね。僕は水を飲み干してから、言った。


「思い出せる限りで、鳥の病気を書き出してみた。それで、今陸用ハルシーピのメスに起こっている症例に一番近いなって思えるのを、残した」

「なんだ、教えてくれ」


 ん? 英語のがいいんだろうか? クロニック・エッグ・レイイング……? よくわかんなかったので、とりあえず黒板に書いたままの、日本語を読み上げた。


「『慢性過剰産卵症候群』と『卵巣嚢胞変性』。どちらも、メスの鳥に生じる病気。いろいろ考えたけど、このふたつかなって。鳥を飼ったことがある人なら、身近に聞く病気だと思う」

「どう違うんだ?」

「たくさん卵を産んじゃうのと産めなくなるのとで、目に見える症状は真反対。でも報告を見る限り、どっちの症状も出ている気がするんだ。ハルシーピにこの知識がそのまま役立つかわからないけれど。お医者さんに、そこを聞きたい」


 僕がちょっと塾講っぽく黒板をノックしてそう言うと、タルクが「……おまえ、まじでたくさん勉強してきたんだな」と言う。そうだね、めっちゃした。でも出た結論は、正直なところ就職してから個人的に調べて学んだ知識だな。鶏にも生じるからさ。いざというときのために知っておきたくて。実際、僕の職場関連の養鶏場で、同じ症状を何度も見たことがある。鶏は繊細だからね。とりあえず「おかげさまで」と言っておいた。僕がどこで学んだかとか、どうでもいい話だし。


 僕は、そのふたつが組み合わさった場合のメカニズムについて考えた。そういうのが専攻だから、妄想をふくらませるのはわけもない。仮説を立てて。でも、やっぱ実際のハルシーピを診断した人に聞かなきゃ、判断できないな。

 ふっと気づいたら、ぶつぶつ独り言を口にしながらまた黒板に書きつけていた。あー、やっちまった。振り返ったら、なんかみんな居心地悪そうにもぞもぞしている。ごめんなさい。


「すみません、考え入ってしまいました」

「お疲れ様です。真剣に応じてくださって、うれしいかぎりです」


 ブロムがそう言ったら、おじさんたちが口々に賛同した。どうも。

 とりあえず、解散。僕とタルクは、ブロムに連れられて宿泊施設へ。もちろんいっしょに来た翼騎兵隊の護衛もいっしょにだから、けっこう目立つ。馬車の窓から、交通整備してくれているおまわりさんの姿が見えた。ありがとうございます。

 タルクもブロムも、しばらく考えごとをしているような表情で虚空を見ていた。そして、ふっと僕を見てブロムが言う。


「ヨータくん。提案があります」

「え、なんかやだ」

「なんで聞かないうちに断るんですかあ?」


 眉尻を思いっきり下げてブロムが食い下がって来たので、僕は「なんとなく?」と言った。ぶちぶちと「ヨータくんは、エルシ公翼から毒され過ぎですよお。もっと私にやさしくてもいいと思います!」とつぶやく。それはそうかも、と思うので、いちおう「できることなら、しますけど」って言った。


「……明日は、前に言っていた通り、観光しませんか」

「なんだ、普通の提案だった!」

「なんか、私に対する偏見、ひどくありません?」


 ブロムなりに気を遣ってくれているんだろう。僕は「たのしみー」と言って、その場をごまかした。

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