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飛ばない僕と、空を行く君と  作者: つこさん。
第二章

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28羽 「会わせていただけませんか」①

 ちょっと、昔のことだけど。

 僕は、大学で生命情報工学を専攻していた。


 1年のときはとにかくたのしくて。高校からの友人もけっこう同じところに入ったし、圧倒的に男の数が多い大学だったから、男子校のノリみたいな感じだった。

 サークルは、プログラミングとバスケを掛け持ちした。週3くらいで軽くバスケして、空いた時間で見様見真似のPythonを書いて。夏には友人と、でかいハッカソンに出て、優勝かっさらってやろうぜ! とか言いながら箸にも棒にもかからずに惨敗。笑ったよね。

 実験レポートの提出がとにかく大変だった。他の学科よりずっと多かった。でも、まだなにも考えずにいられた。


 2年は、プログラミングの授業が本格的になっただけじゃなくて、離散数学に生化学、各種生物学。自分がいったい今なにを学んでいるのかわからなくなるくらい、ややこしい授業ばかりになった。実験が増えた。しかも、生き物を扱うやつ。心のどこにも痛みを感じなかったわけではないけれど、それでも必要な過程だと割り切れた。分子生物学に興味が出た。

 1年のときにハッカソンへ出ていたから、そこで知り合った人からインターンに来ないかって言われて、夏休みにおじゃました。本当に邪魔をしに行っただけだったけど、たのしかった。塾講師の募集を見かけて、秋頃に応募したら、すぐ採用。生徒たちに小柄なところをいじられて、コガヨーってあだ名で呼ばれるようになった。みんな生意気でかわいかった。結局そこでは大学卒業まで務めたから、三回も卒業生を見送ったことになる。


 3年のとき。興味があった分子生命工学コースを選択した。ゲノム解析とか数理モデルとか、人生で大学でしか考えないことをたくさん学んだ。日々、実験研究実験研究。サークルはほとんど行けなくなった。研究が興味深すぎて、時間をそっちに割いていたから。夜に学習塾で生意気な子どもたちとやり合うのが息抜き。就職についてしっかり考えなければならない時期だったけれど、学んでいることはたのしくても、拓けた道にはなにか、ピンと来るものがなくて。親父が「好きにすればいい」ってかなり甘いことを言ってくれていたから、いろんな研究室を覗いた。AI創薬とか、未来きてんなって思った。

 初めて酒で失敗したのはこのとき。そして、それと前後して流行病に関するニュースが飛び込んでくる。オンライン授業への移行。このときは、まさかあんなにひどい状況になるなんて、思いもしなかった。


 4年。本来なら、ラボへ入り浸りになっているはずだった。オンラインが基軸になったら、そうもいかない。ウェット実験はなくなった。ひとり暮らしのヤツとメッセージアプリで通話をつなぎながら、ひたすらデータ解析とかした。あと、バイトもオンラインになった。気が滅入っている子が多くて、お互いグチった。

 そして、流行病の第3波で、高齢者施設に入っていたばあちゃんが死んだ。まじかよってなった。ちゃんと葬式出してあげられなかったのは、今でも心残り。しかたないよ、マスクを手作りするくらいだったんだから。対策はしっかりしていたけれど、一家で順繰りに罹患。まじでしんどかったし、ああ、ばあちゃんはこんな苦しい思いをしながら死んじゃったんだなって思った。

 オンラインばっかだし、日々ニュースで死者数は増えて行くし、命についてよく考えた。就職は決まっていなくて、どの道も自分っぽく思えなくて、自分ってなんだろうなって思った。

 そんなとりとめないことを友だちにグチっていたら、なんか「ヨータは、ひよこじゃねえの」と言われた。なにそれ。そいつとは高校は違ったけど、小中といっしょだったから、僕が幼少期に異常にひよこに執着していたことを知っていたんだ。そっかー、ひよこかー。ひよこ鑑定士になるか? とかわいわい言っていたら、親父にその会話を聞かれていた。ちょっとしてから呼ばれて「自分を貫きなさい」と言われた。なにそれ。幸いにも僕が学んでいた分野で新卒の採用控えは起きていなかったけれど、いつまで続くかわからない流行病の影響は、未来に影を落としていた。だから、やってみたいなら、やるべきだって言ってくれた。そこで初めてひよこ鑑定士を検索して、初生雛鑑別師という正式名称を知った。そっか、ひよこを分ける仕事か。……やりたいな。


 院に進んで就職を先延ばしにするっていう手もあった。でも、なんか、試してみたくなったんだよ。幸い、専門学校へ行くお金は、貯めていたバイト代でどうにか捻出できた。

 大学で学んで来たから、初生雛鑑別師が、近い将来になくなる職業だと理解していた。卵の段階で、生まれさせずに雌雄を判別する技術はもうできていたから。それが市場に導入されるまでの、ひととき。僕が鑑別師として最後の世代になる可能性だってある。

 僕は、ひよこが好きだったけれど、生き物が死んでしまう状況には慣れていた。実験と研究に費やした日々があるから。でも、いたずらに命が失われるのはいいことじゃない。実験動物が死んでしまったとき、その結果を記録する冷静な心と謝りたい気持ちがまぜこぜになる。君の死はムダにしないから、と毎回思う。

 だから、専門学校でも、冷静でいられたんだ。僕の技術を研鑽するために、用いられるひよこたちの……多くが、殺処分されることだって。

 ……ムダにしないから。決して。

 結論から言うと、僕にとって初生雛鑑別師は、天職だった。


 そして、考えるんだ。

 僕が、ヴェルク=シーヴィへ……呼ばれたことの意味を。

 なにができるかなんて、やってみなきゃわからない。


 僕は、思い切って言ってみた。


「ハルシーピの医療班に、会わせていただけませんか」

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