14羽 「俺の目はごまかせんぞ」②
それから、2週間くらい。
ヤーヴァちゃんは、ほぼ毎日っていうくらい、パンを届けてくれるようになった。たいへんだからいいよって言うんだけど、ついでだからって。美味しいから甘えちゃってる。
グラが、日々とても丸っこくなっていく。食べて動かないからそれはそう。冬毛じゃないのにもふもふ感もすごい。近所の子どもたちが遊びに来て、グラを中心におにごっこみたいのをしている情景も見慣れた。あと、乗ったり寄っかかってみんなで昼寝してたり。完全に公園のオブジェ扱い。ちょっと笑う。
「グラ、調子はどう?」
仕事終わりに立ち寄って食事をさせるルーティーンも、すっかり板についた。最近は僕が来るタイミングでグラへのお供えを持ってきてくれる人もいる。グラはいつも通り甘えたきゅるるるーという声を出して、僕の横腹に頭を擦りつける。
お供えの裸鶏を持ってきてくださったおばあちゃんにお礼を言って受け取って、そのままグラの口元へ持って行っていたときに、低空飛行でハルシーピが来た。食べる前にグラがクェーとひと言鳴いたから、タルクだろう。
「来週の頭に、ここを出発するぞ」
ハルシーピを降りてこちらに歩きながら、タルクが言った。僕は思わず「えっ、ムリでしょ」と返す。
タルクはにこにこしながら「ムリじゃねえよなあ? おい、グラ」とグラのくちばしを叩く。
僕の目にも明らかに、グラがギクッとした。
「さあ、立て。丸々肥って子どもの遊具になるのはもうお終いだ、グラ。それ以上体積と体重が増えたら、もう運べんぞ。そうなったら、ヨータだけ連れて帰るからな」
キュアアーーーーー!
叫んで、グラが立った。
立てるんじゃん……。
グラが明らかに「しまった」という顔をした。
「ヨータが甲斐甲斐しく世話焼いてくれるから、途中から仮病だっただろ、おまえ。ヨータや他の人間は騙せても、主の俺の目はごまかせんぞ」
グラがうなだれて、きゅるるるー、るるーと言う。謝ってるっぽい。たぶん。
さっきお供えをくれたおばあちゃんが、うなずきながら「えがった、えがった」と言っている。うん、そうだね……。
で、さすがに飛ぶのはヴェルミトゥラへ戻ってリハビリをしてから、ということになった。だって、内臓まで達する刃物傷だったんだからね。でも歩く練習……というか、ちょっとでも歩いてダイエットしなきゃねということで、僕が借りている家の敷地に移動しようか、と。
「タルク、鍵渡すから、先に行っててよ」
「どうした?」
「ずっとヤーヴァちゃんのお家の畑を占領しちゃっていたからさ。動きますってお礼言ってくる」
「……おお」
タルクは、なんだかおもしろそうな顔をしてから、妙にキリッとした表情で「そうか、それなら俺も行く。俺の愛鳥が世話になったんだからな。俺も礼を言わねばな!」と言った。それはそう。でもなんか確実に下心がある。なに考えてるんだよ……。
ハルシーピ二頭が農道を歩くのはさすがに迷惑なので、先にごあいさつへ。ノックに応じてくれたのはヤーヴァちゃんのお母さん。僕の姿を見て「あらあら、まあ。うふふ、いらっしゃい」と中へ招き入れようとしてくれる。
「ヤーヴァ! ヨータくんが来たわよ!」
「えー⁉」
ガシャガシャン、と、なにか落ちた音がする。僕は玄関先で「あの、ごあいさつに伺いました」と奥さんへ言った。
「まあ、ごあいさつ? ちょっと早いけど、まあいいわよ! あの子の気持ちが一番だから! うふふふ」
「えっと、そうですね。グラも早く帰りたいと思います。歩けるようになったので、お暇することになりました」
「えっ」
「えっ」
バタバタとあわてて奥から出てきたヤーヴァちゃんと、奥さんの声が重なった。やっぱ親子だね、驚いた顔がそっくり。僕は背後で空気になっていたタルクを引っ張って「こいつが、グラの主人です。本当にお世話になりました。これからあの畑からも移動します」と言った。タルクはなんか凛々しい表情を作って「俺のイクナが大変お世話になりました。畑が収穫できなかった件については、灰翼判庁からの補償があります。後日詳細をお知らせいたしますので」と言った。奥さんがちょっとぽーっとした。まあそうだよね。イケメンだからね。
「……うそ」
ヤーヴァちゃんがそのやり取りを見てつぶやいた。僕は笑って「ヤーヴァちゃん、本当にいろいろ良くしてくれて、ありがとう。お陰様で本当にたのしく過ごせたよ。感謝してる」と言った。ヤーヴァちゃんはびっくりした顔をして、なにかを言おうとして、でもなにも言わないで奥へ戻ってしまった。
その姿を見て大きなため息をついて、奥さんは僕に向き直った。
「……そうなのねえ。すごく残念。ヴェルミトゥラの人だものねえ。こんな田舎に、残るなんて、ないわよねえ」
「田舎なんて思ってませんよ! すごく充実して、すごくたのしかったです! みんないい人ばかりで」
「じゃあ、グラちゃんといっしょに、ここの人になっちゃいなさいよ!」
「うーん、そういうわけにも行かないんです。……帰らなきゃ」
僕が帰るって言うのが、ヴェルミトゥラでいいのか、わからないけれど。
グラを連れて、農道を歩いた。タルクが連れて来たハルシーピは、賢いから説明したら飛んで僕の家まで先に行った。夕日が長く沈む中、ここともお別れなんだなーと思いながら無言で歩いていると、タルクがおもむろに言った。
「……ライラといい、あの子といい。おまえは、若い女にモテるな」
「なんだそれ、その言い方! まあ、妹がいるからね。たぶん、お兄ちゃんって感じで懐いてくれるんだと思う」
「お兄ちゃんねえ……」
ヤーヴァちゃんからパンのお届けがなくなった。それはちょっと、さみしかったかな。なんか本当に、このラィード畑の広がるムルナヴェンとさよならなんだなって、あらためて実感して。だいたい一カ月半くらいの滞在だけれど、それなりに愛着ができた土地。でも、部屋を片づけたりお世話になった方たちへのあいさつとかで、ぼーっとしているヒマはなかったよ。
あっという間に、移動日になった。






