11羽 「僕が行くしかないでしょ」①
「僕の首に捕まって。おんぶして、僕が穴の中を進むね。狭いから、僕にぴったりくっついてなきゃいけない。いい?」
ライラちゃんがうなずいたので、さっそく僕の背中に回ってもらって、僕は来たときよりもずっと地べたを舐めるように匍匐前進をした。ふくらはぎが何回かつって、悶絶した。痛い。
ライラちゃんを背負っての移動は、正直大変だった。まず、息がしんどい。怪我をさせたくないからあんまり起き上がれないので。だからかなりゆっくり。分速50センチくらい。それに、這うため腕とつま先を駆使する感じ。しんどい。なんか股関節周りが鍛えられている感。でも、ライラちゃんのがずっとしんどい思いをしたんだ。4歳だよ。どれだけ怖かったことか。
さっきよりはずっといいけど、しくしく泣いているライラちゃんを励ますため、童謡を歌った。明るいのがいいなって思ったから、うさぎのダンス。そしたらライラちゃんも乗ってくれて、僕に合わせて「たらったら」って歌ってくれる。
会話で励ますより、ずっとよかったみたいだ。僕が居なくなったりしないって安心できたのもあるかもしれないけど、真っ暗な中でもライラちゃんの気持ちが、ちょっと持ち直したのがわかった。
そして、僕たちの歌声が聞こえたのかもしれない。
「――ライラ! ヨータ!」
進行方向から、はっきりとしたタルクの声が響いて聞こえてきた。ライラちゃんはびくっとして、思い出したみたいにしゃくりあげる。
「もうちょっとだ。がんばろう、ライラちゃん」
僕の首にぎゅっと捕まって、ライラちゃんは何回もうなずいた。ちょっと苦しい。僕はタルクへ「戻った! ライラちゃんは、無事だ!」って叫んだ。タルクからは「でかした!」と返ってきた。
出口のあたりで、火の光が見えてきた。明るくて目がやられそう。がんばって這って、あとは最後の2メートル。もうここまで来たら、ライラちゃんの足でいける。僕は「タルク! ライラちゃんを引き出してくれ!」と言って、おぶったライラちゃんの脚をぽんぽんと叩いた。
「わかった! ――ライラ、おいで!」
「さあ、ライラちゃん、タルクのところへ」
差し伸べられた長い両腕に、ライラちゃんが捕まった。ものすごい勢いで連れて行かれる。タルクの「ライラ! ライラ! よかった、よかった!」という涙声と、ライラちゃんがあらためて泣き出す声を聞きながら、僕はべしょっとその場に倒れたまま「あー。しんどかった」と言った。
で、あらためて。
ライラちゃんの体力を考えて、とりあえず一晩を森で過ごすことになった。タルクたちは山小屋みたいのをしっかり把握していたんだよね。抜かりないね。もうひとりのハルシーピ乗りさんが、ライラちゃんの無事を伝えに行ってくれた。ハルシーピって、夜も乗って飛べるんだね。
ライラちゃんは、僕へべったりになった。タルクがすねていた。
暗いのが怖いみたいで、ランプの火を消すのを嫌がった。ずっと僕が抱っこしたり、あぐらの上に座ったりしていた。うとうとしてもびくっと目が覚めて、僕がそこにいるのを確認する感じ。寝ていいよって言っても、首を振る。
僕の声が聞こえていたら安心するみたいだったから、僕はタルクとまったり会話しながら夜を過ごすことにした。
「で。犯人って、どうなったの」
「……逃げられた」
「だっせえ」
「うるせー」
ライラちゃん救出にあと数日かかるかもしれないって目算だったらしい。最悪樹を切り崩さなきゃいけないから。それじゃあ、幼いライラちゃんの体力では保たないだろうっていろいろ探して、あの穴をみつけて、すぐに僕を連れに戻ったと。体格の問題もあるけど、ライラちゃんが警戒しない大人って考えたら、僕が適任だった。それはそう。
ライラちゃんには、まだ犯人のこととか、聞いていない。ちゃんと、お家に帰って、安心できるようになってからでいい。それでなくても暗闇におびえているんだから。
「……目星はついているの?」
ライラちゃんは、僕の左手の親指をぎゅっと握ったまま寝息をたて始めた。起こさないように脚を崩して、僕はタルクへそう尋ねる。
「……まず。灰翼判庁のハルシーピは、全頭そろっている。グラが交戦したようで、ライラはそのときに落ちたか、意図的にあの樹の中に隠された。――どうなってた? 樹の中は?」
「……うーんと。明かりがなかったから、はっきりとはわからないけれど。けっこう広い空間があった。ちょっとだけ月光が差し込んでいたから、すごく上の方に隙間があるかも。あっ、そう言えば、穴がふさがれていたっていうか。なんか、ふたっぽくはまっていて。それを除けたら入れた」
「――やっぱりか」
なにがやっぱりかわからんけど、陰謀論を語るような気持ちで、僕は言ってみた。
「……人工的?」
「おそらく」
「やばあ……」
タルクが大真面目に言ってるのはわかる。それに、ライラちゃんが拐われたのは、れっきとした事実だ。僕は聞いていいのかわからないながらも、いちおう僕も巻き込まれているんだからってことで、尋ねた。
「で……だれが?」
「――ヴェルク=ライナ」
重々しいその声を聞いて――僕は息を呑んで……タルクを見た。
「――なに、それ」
「さもわかってそうな反応してそれかよ」
「ここは確定演出かなーって」
「なんだよそれ。おまえなんか余裕だな?」
でもまあ、その響きからまったく想定できないってわけじゃない。僕が今いるのは、ヴェルク=シーヴィ。おんなじヴェルクってつくから、隣の国とか、そんな感じだろうと思う。
「かつて、ヴェルク=シーヴィの宗主国だったところだ。今はわりといがみ合ってる。あっちは、大昔みたいにこっちを併合したいんだ」
「おお、だいたい合ってた」
「なにが」
タルクが燻製肉をくれた。グラの食事を調達したときにいくらか人間の食料も持ってきたらしい。美味いけど塩辛い。水くれ、水と思ったら、瓶の酒を開けてぐいーっと飲んだあとに僕へくれた。えー、回し飲みかよ……まあいいか、この際。
辛口のスピリッツ。ソーダで割ってほしい。あとレモン一切れくれ。疲れ切った体は、けっこう酒の回りが早かった。ライラちゃんをお腹に乗せている感じで、僕は親指をつかまれたまま脚を投げ出して横になった。
「ちょっと……寝る」
「おう。……ありがとな」
ライラちゃんの体温があったかい。すっと寝入って……叩き起こされた。




