56羽 「ねえ」①
僕は、ルムスへなにを尋ねるべきなんだろう。もっと考えをまとめてからくればよかったと後悔したけれど、これまで時間はたくさんあったのにそうしなかったのは、考えたってわからないからだ。
友人が死刑になる見込みで、それを回避するために証拠を集めるって、なにをすればいいのさ? なんでもできることはすべきだと思ってやって来たけれど、今ここに来て手詰まりになった。ルムスのあり方は、受動的な自死だと思う。僕は、彼が生きようと願いを持つように、仕向けないといけない。彼自身が希望を持とうとしていないのに? あるいは、死をよりどころにしているようにさえ思えるのに?
踏み込んで聞く。それしかできないし思いつかない。言葉のヘタなタルクから聞き出した少しのことを思い出す。
「ご家族は――昔、いっしょにヴェルミトゥラで住んでいた、ご家族はどうされたの?」
ルムスはきょとんとした。それから数拍後に笑った。そして「ああ、タルクが、そんなこと覚えてたのか。なつかしいなあ。あれ、家族じゃないよ」と言った。
「そもそもさ、ヴェルク=ライナの賤当民の俺が、ヴェルミトゥラの灰巣で働いていたのがおかしいでしょ? 俺は、子どものころからここに住んで、訓練されていた。俺がある程度大きくなるまで、一般家庭を装って教育係がついていただけ。俺が独り立ちするのと同時に家族は故郷に帰ったって設定だよ。今は違う監視がついてる」
そう言われて、僕は背筋が伸びた。今。こうして、収監されている、今も。
「翼騎兵隊がすごくすばやく俺のこと確保してさ、ここに入れたから。まだ口封じされてないだけ。ここを出たら、注意してね。ヨータも狙われるよ」
「……面会を断っていたのは、巻き込まないため?」
「それもある。あと、どうせ死ぬなら死刑のがかっこいいじゃん?」
ルムスにとって、死はもう既定路線なのだと、そう思っているのだと、わかった。
「ルムス……諜報員として働いていた、理由はあるの? ただ、命令に従っていただけ? ぜんぶに従っていたの?」
聞けば聞くほど、ルムスの命を縮めているような気がしてきた。でも、違和感があって。子どものころからの英才教育を受けてきた諜報員なのだとしたら、彼が行った泥棒に見せかけたタルクの家の物色は、あまりにも拙いものじゃないだろうか。だって、13歳のころには既にヴェルミトゥラに居て、もう十数年の大ベテランの諜報員。灰巣で働いていてもだれも、タルクでさえも怪しまない上に友人ですらあった凄腕の。それなのに、足がつくような。
「理由……まあ、ないことはなかったけど。もういいかな。そういう気分になったんだよ。平たく言えば、疲れたんだね」
柔らかな、穏やかな笑顔のまま、ルムスは言った。僕と同い年で、緩慢な死を選ぶほどに疲れ切ってしまうだなんて。聞いている彼の本音が痛くて、僕は「理由を、教えて」と懇願するような気持ちで尋ねた。
「んー。ありきたりだよ。すごくどこにでもある話。俺が諜報員になることで、俺にも、俺の本当の家族にも、認識票が発行された。それだけ」
そうか、人質が――僕は、絶望的な気持ちになる。
ルムスは、もういいかな、って言ったんだ。
「ルムス……ルムス、ねえ」
「そんな、泣きそうな顔しないでよ、ヨータ。もう、十五年も会っていない人たちだ。折り合いはついてる」
……ルムスが、諜報員として失敗した時点で、きっと、もう。
辛くて、本当に辛くて、言葉を探しながら、僕はルムスと僕の間を遮るように存在するテーブルの上を見る。なにもなくて。ただ、そこに僕とルムスを分断して。疎ましく感じるのに、ありがたくも思えた。
黙ってしまった僕へ、ルムスは言った。
「たのしかったねえ、灰巣でさ」
それは、心からの言葉だった。
「毎日、クルと格闘してさ。バカな話で笑って。あー、なんかいいなって思ったよ。ああいうのさ。もし俺が、ヴェルク=シーヴィに生まれていたら、あんな生活も普通だったのかなって」
顔を上げてルムスを見た。ルムスは、はっきりと僕を見ていた。僕はその目を見返して、聞いていいのかもわからずに、でも確定的な言葉がほしくて、聞いた。
「……僕が来たから、諜報をやめようとしたの?」
ルムスの、杜撰な家捜しは、もしかして。ルムスは「そういう、恥ずかしいこと聞くなよなー」と笑った。
「……ヨータのこと、調べろって言われてさ。しばらくは、異国の呪い師だからよくわかんねえってことでごまかせてた。女の子を誘拐したのは、俺の監視員。ヴェルク=ライナじゃ、子どもを訓練して使うのは基本だし。あっちも無能じゃないから、情報つかんでたんだろうね。まさかタルクの親族に手を出すとは思わなかったんだ。ごめんね、あのときはしんどい思いさせた。タルクにも、謝っておいて」
やっぱり、ヴェルク=ライナの手の者だった。最初からタルクはそう言っていた。じゃあムルナヴェンの近隣の森にあって、燃やされた人工的な樹の建物は、諜報員たちが用いていたものなんだ。
「……タルクの家を荒らしたのは、僕たちへの警告のため?」
ルムスは答えなかった。ただ、かわりにすごくやさしい笑顔で「ちょっとの間だったけど。いっしょに働けて、よかったよ、ヨータ」と言った。
僕は天井を見上げた。シミひとつない白い天井だったけど、ぼやけて見えた。ねえ、僕はこの人を助けたい。どうしたらいい? どうしたらいい?
「俺なんかのために、泣いてくれてありがとう。そして、これでさよならだ。ヨータ」
手段が、見つからなくて。






