6羽 「嫌な予感がする」②
「ヨータは、ハルシーピのために来たって感じだねー」
あっという間に二カ月が過ぎた。いろいろ僕なりに調べたけれど、日本への帰り道はみつかっていない。
あるとき、メス雛部屋をいっしょに清掃しているとき、ルムスがしみじみとした口調でそんなことを言った。僕はちょっとどきっとして「えっ、どうして?」って尋ねた。
「グラの求愛のこともあるけどさー。呪い判定できるし、嫌がらずに清掃できるし、オスのクルのウケもいいじゃん? なんか、ヴェルク=シーヴィへ遣わされた選ばれし判定師って感じだよ」
クルは、ハルシーピの雛のこと。判定師っていうのは、呪いでハルシーピの雌雄を見極める呪術師たちのことだ。腕のいい判定師はかなりの高給取りで、地位も高いらしい。そもそもこうやって雛の世話をする身分じゃないって。じゃあなんで僕はやってるんだ。謎。まあいいんだけど。仕事好きだし。
「……どうかな。僕よりできる人はいっぱいいるけど」
「またまたー、謙遜しちゃってー。判庁に行ったクルの判定結果によっては、めっちゃすごいことになるかもよ?」
「なに? どうなるの?」
僕が手を動かしたまま尋ねると、ルムスは止まって僕を見て、なんだかにやにやした。
「ふっふっふ、そりゃあ、翼公に選ばれるとか、さー!」
「なにそれ?」
「はっ⁉ 翼公を知らない⁉ なんで⁉ この国の精神的支柱じゃん、なんで⁉」
「――バカなこと言ってないで手を動かせよ、ルムス」
「うっわびびったー!」
タルクが音もなくやって来て割って入った。僕もびびった。そのまま「ヨータ、ちょっと来い」と言ってスタスタ長い脚で行ってしまうので、僕は「ちょっと、行ってくる」とルムスに断って走って追いかけた。なんか、いつも深いタルクの眉間のシワが、もっと深くなっているのを目視確認する。
僕が尋ねるより先に、タルクが小声でつぶやいた。
「おじさんの所が、大変なことになった」
「えっ、ハッラさん⁉」
どうしたんだろう。もしかして鳥インフルエンザとか? タルクの深刻な響きの声色に、僕も似たような感じで「どうしたの、なにがあった?」と尋ねた。
「ライラが、カンベツを正確にできるようになった」
「うん、ハッラさんから聞いた。すごいよね」
先日、立ち寄ったときにうれしそうにハッラさんが報告してくれた。完全にわかってやっているって。水を差すのもなんだし、僕は「よかったですねー」って言うに留めた。たぶん、今は勘というか、子どもの細やかな感性で見分けられているんだと思う。きっと大きくなったらわすれてしまう類の感覚じゃないかな。
いちおう、雌雄鑑別って難しい類の技術なんだ。資格取得までみっちり訓練するだけじゃなくて、それから見習い期間だってある。だから、ハッラさんは自分ができるようになるのは諦めたんだから。
「おじさんも気をつけて、オスにいくらかメスを交ぜて出荷していたらしいんだが。……あきらかに以前より雌雄の区別がついているのが、市場にバレた。判庁までウワサが来てる」
「おっとぉ?」
できることが増えて、お父さんもよろこぶことだから、がんばっちゃったんだろうな。ライラちゃん。
「……まずいね」
「相当まずい」
そう。鶏の雌雄鑑別技術は、この世界には存在しないのだ。そしてそれは、僕が今こうしてここに居るように――ハルシーピへ応用できてしまう。
タルクが僕に向き直って、早口で低く言った。
「おまえが、呪ったことにしてくれ」
「もちろん。どうしたらいい?」
僕が即答すると、タルクは「来い」と言って外に向かって歩き出す。僕も小走りで続く。
馬車に乗って、砦の外へ。手綱はタルクが取って、僕に「捕まっとけ、飛ばすぞ」と言った。めっちゃ無茶するじゃん、って感じの運転だった。
するとそのとき――グラがこれまで聞いたことのない鋭い声を空の上であげた。警戒音だって僕でもわかる。思わず僕もタルクも空を見上げる。グラは、猛スピードでどこかを目指して飛んで行った。その先に……他にもハルシーピ?
手綱を僕に押しつけて、タルクが空に向かって指笛を吹く。グラはもう豆粒みたいで、音も届かず視界から消えた。タルクは「――嫌な予感がする」と言った。
言葉もなくハッラさんの養鶏場へ馬車を走らせる。街道に何人かの業者さんっぽい人と、運搬用馬車が数台。ハッラさんが汗をかきかき、その人たちの応対をしていた。
「こんにちはー!」
手綱を引いて馬を減速させつつ、僕は声をあげた。一斉にみんなこちらを見る。えっと、これからどうすればいいんだ?
「――ひよこの判定をしたのは、この判定師だ!」
ふたりで馬車を降りたと同時に、タルクが生け贄みたいに僕を差し出して宣言した。業者さんたちが沸き立って、ハッラさんから僕のところへと勇み足でやって来る。
「判定師? こんな子どもが?」
「でも、たしかにそうじゃなきゃ説明できんわな」
「そうだよ。ほとんどオスだなんて、呪わなきゃムリだ」
「ずるいよなー! なんだよ、いくらでウチでも呪ってくれる?」
僕が詰め寄られてたじろいでいる中、タルクは坂を駆け上がって養鶏場へ向かった。ハッラさんがほっとしているのが見える。僕は「えーと、ハッラさんには個人的にお世話になって、それで」「今はやってないかな、ははは」「たっ、高いですよ!」とか、いろいろがんばって応対した。納得してくれなくて、タルク早く戻ってきてーって百億回心で唱えた。
「――おじさん!」
タルクの声が鋭く響き渡って、みんなで静まり返って土手上を見た。タルクは養鶏場の入口付近からハッラさんを凝視して、そしてもう一度叫んだ。
「ライラは、どこ行った⁉」
「んー? さっき集卵部屋に居たが。家に戻ったかな?」
「いない!」
全身に、鳥肌が立った。
「ライラがいない、どこにも!」






