53羽 「うひょー」②
ダンさんは、38歳とのことだった。賤当民へ「落とされた」のは2年前。
「ハルに誓って、やましいところはない。しかし、王は俺の忠誠をお疑いになった」
きっかけは、王様のお気に入りの側妃様がダンさんのことを好きになっちゃったこと。ダンさん、ガタイがよくてなんかワイルド系のイケオジだからね。かなり前からいろんな方法でアプローチされていて、全力で逃げ回っていたんだってさ。
その上、王様に側妃様の言動がバレた時期も悪かった。
「賤当民の、一斉蜂起があった。一度に三つの都市を襲う、組織されたものだ。王都ヴェルンライノでの蜂起を制圧したのは、俺の麾下にあった部隊だ。俺自身は王の傍に侍り、警護に当たった。王城が破られることはないだろうとの予測はあったが、もしものときのために王族へは避難を勧めた。その先で……襲撃があった」
そう言って、なにか思い出したくないものを遮るようにダンさんは目を閉じた。そして、しばらくしてから言葉を続ける。
「……無防備な、なにも持たない、たまたまそこに居ただけの賤当民。彼らは、示し合わせて王の行く手を阻んだのではない。本当にたまたまだったのだ。もしかしたら、王都が混乱している内に逃げようとしていた者たちかもしれない。けれど、王の乗った馬車だと彼らが悟ったとき……石を投げた」
口をつぐんでから、ダンさんは「俺は、その者たちを、斬った」と告白した。
ドルツさんが、椅子にゆったりと座り直して、緊張を解すように柔らかい声で「わかるよ。君の立場なら、それが当然だ」と言った。
「……その小さすぎる襲撃は、俺には民の断末魔に思えた。各都市を襲った者たちも、手に持つのはせいぜいそこいらの木切れだったのだ。最初から、成功する見込みのない、命がけの叫び。以前から、賤当民の扱いについては思うところはあった。王に怪我がないことを確認したときに、俺は、言うべきではないことを言った」
「へえ、なんて?」
ドルツさんが促すと、ダンさんはじっと天井をみつめながら、一言一句間違えないようにしているのか、はっきりとした口調で述べた。
「『王よ。これが、ヴェルク=ライナです。苦しみ抜いて石を手に取った者たちが名も知られずに死んでいく。今日のことを御心に収めていただきたい。いずれ、遠くない日にこれらはほころびとなりましょう』」
「立派だね。選んだ言葉でていねいに諫言。忠臣だ」
「王は、そう思われなかった」
ダンさんは口元だけで笑った。僕はなにも言えなかった。あの、船の中の暗がりに居た人たちは、やはり納得していたわけではなかったんだ。でも……諦めて。
イムロは立ったまま話を聞いていたけれど、なんかもぞもぞと何度も軸足を変えていた。タルクは、壁に寄りかかって腕を組んで、じっとダンさんを見ている。その言葉を、少しも聞き逃さないとでも言うように。
「王は同じ馬車に側妃殿下を伴っておいでだった。王妃陛下ではなく。側妃殿下は……俺に賛同した。俺の言葉の意味などわかっていなかっただろうに。もしあのとき、伴っておいでだったのが王妃陛下であったなら、俺はそこで叱責を受けるのみだっただろう。けれど、そうではなかった」
「あー、そこで王様が、側妃さんの恋心を嗅ぎつけちゃったわけね」
「……そういうことだ」
そうして王様は、自分を守ってくれていたダンさんを、証拠もなしに「各地を襲った賤当民を焚きつけた首謀者」として裁いたんだそうだ。
そして、身分を剥奪され賤当民へ。最も過酷だと言われている船への配属になった。でも、海外を外遊する船だと他の国へ逃げてしまうかもしれないからっていうことで、国内で遊覧船のあるヴェラルークへ送られた。
そして、今に至る。
「――シーヴァント・ライナヴェン殿には、本当に世話になった」
タルクが、ちょっと反応した。横文字だからすっごく記憶になかったけれど、きっとタルクのお父さんの名前だろうっていうあたりがついた。前に聞いたような気がするけれど、覚えているわけがない。でも、ヴェラルークに居る、元騎士団長をお世話できる人で、名前があがるくらい偉いってなったらきっとそうだよね。
ダンさんはタルクのことを知ってか知らずか、言葉を続ける。
「ライナヴェン殿は、俺が無実だろうと考えてくれていた。なので、たとえ船の中であっても良い立場になるように便宜を図ってくださった。それに、俺の居る地区への炊き出しも増やしてくれたな。ありがたいと同時に、それが他の賤当民からのやっかみのネタにもなったのだが」
それはそうだよね。同じ立場のはずなのに、優遇されている人がいたら、だれだってそうなっちゃうだろう。
「そうやって、どうにか生き延びた。処刑されなかったのは、王が俺の苦しむ様子を見たかったからだろう」
タルクは、なにも言わなかった。ずっと。
あとで肉炒めとかを作って口につっこんで、言いたいこと言わせてやらなきゃな、と思った。






