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飛ばない僕と、空を行く君と  作者: つこさん。
第三章 ヴェルク=ライナ

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53羽 「うひょー」①

 便宜上、男性のことを「ダンさん」と呼ぶことになった。男性だから。いいだろ、わかりやすくて。

 なににつけても金はかかるもので、売り払える動産もなく、重症患者を抱えた僕らは、さっそく困った。まずは金策をしなきゃいけないけれど、ヴェルク=ライナ内では就業できないし、もちろんタルクや僕の身分を明かして用立てるなんてことは以ての外だ。


「俺が、行ってくる」


 いろいろ相談した結果、タルクがグラとともに一度帰国して金銭周りをどうにかしてくることになった。倉庫の部屋を貸してくれている人には「旅行者相手の暴漢に襲われて身ぐるみ剥がれた」ということにして、情に訴えてしばらくの間の居場所を確保。なんかよく言われるんだけど、僕は異国情緒あふれるだけじゃなくいいところのお坊ちゃんに見えるらしくて、わりとすんなり納得を得られた。レイパスたちの食事まで配慮してもらえて。もちろん、タルクが戻ってきたらぜんぶお支払いするけれどね。


「ダンさん……どこか、痛みますか」


 僕が声をかけると、うっすら目を開けて「どこもかしこも痛むから、問題ない」と問題ありなことを言った。まあ、助けてって言われても僕にはどうしようもないんだけれども。

 お医者さんの派遣は、ダンさんが拒否した。今は布を当てているから賤当民のタトゥーが見えないけれど、左腕にしっかり刻まれたそれを見たら、通報されるに決まっているっていうことで。それのお陰で人間不信っぽい振る舞いもしなきゃいけなかったけれど、襲われたばかりならそれも当然って思ってもらえたみたい。

 タルクが戻ってきたのは、2日後。ダンさんの発熱が多少マシになったくらいのとき。お迎えの人員も数人いた。その人たちが倉庫の持ち主にしっかりお礼をしてくれて、めっちゃ機嫌よく送り出してもらえた。


「ひとまず――南ハルナシーヴへ」


 そう耳打ちしてきたのは、テルク=ファルへの出張中に着いてきてくれていた、いわゆるイムロの同僚の翼騎兵隊員さんのひとりだ。なにかあったときのために、ヴェルク=シーヴィ側で待機してくれていたらしい。ありがたいね。

 正直なところ、ダンさんをどうやって国境越えさせようかってめちゃくちゃ悩んでいたんだけれど、あっけなくそこら辺のことは解決した。金こそパワー。ダンさんも、さも「自分、ヴェルク=シーヴィの人間ですが、なにか?」って顔でお世話されていて、怪我ゆえに同情されることはあっても通関で怪しまれはしなかった。


 どうして、ダンさんを連れて行くことを反対されなかったのかは、帰国してからすぐにわかった。


 待ち構えていたのは、僕も見覚えのあるムキムキ感の人だった。


「タルクのところの居候くん改め、鑑別師(トゥンニスタヤ)くん。お元気そうでよかったよ」

「えーと、えーと、おひさしぶりです!」


 僕が名前を把握していないのを察して「ヤーヴだよ。ドルツ・ヤーヴ。好きに呼んでくれ」と言ってくれた。ヴェルミトゥラで、ルムスに荒らされたタルクの家へ警察を呼ぶとき、手を貸してくださった公翼さん。30代後半くらいかな。当時は、彼も公翼だって僕は知らなかったけれど。


「ということで、仮称ダン氏。お疲れのところ申し訳ないが、聴取に応じてくれるかい?」

「わかっている。すべて話そう」


 ダンさんは、ヴェルク=ライナの事情を深く知っていそうな重要参考人ということで、灰翼判庁にて預かりの身分になった。

 僕がうっかり口にしてしまった「亡命」っていう言葉が、現実になったってことだ。なんかたぶん、めちゃくちゃ面倒な手続きとか裏であったんだろうな。とても申し訳ないけど、まあ結果オーライということでどうだろう。

 もちろん、ダンさんは満身創痍で、すぐに灰翼判庁へ出頭できるわけではない。まして、地理的に言うと南ハルナシーヴから灰翼判庁のあるヴェルミトゥラへ行くにはトゥルハッラ連峰を越えなければならない。ムリ。なので、以前通過したホヴァルクという街にて療養することになった。僕も、それにつき添う。もちろんダンさんの予後が気になるのもあるけれど、僕が僕の責任で連れてきたんだからね。身元引受け人は僕なんだ。


「――ハゴン・アジェンデ。……元、ヴェルク=ライナ王の近衛隊長だ」

「うひょー」


 ベッドへ横になったままの聴取に同席して、思わず声が出た。

 想定していなさすぎる大物だった。これはドルツさんも苦笑いだ。イムロは固まっているし、タルクは無表情でじっと彼を見ている。


「なるほどー。これは鑑別師くんのお手柄というか、引きが良すぎるというか……とにかくお疲れさん」

「あ、はい、ありがとうございます」

「では、アジェンデ氏。これからいろいろ情報提供してもらうってことで――いいんだね?」


 ドルツさんがちょっと底の見えない笑顔で確認した。その言葉が、すごく深い意味を持っていることは、聞かなくたってわかる。


「ダンでいい。その名は捨てた」


 ぼんやりと天井のあたりを見ながらつぶやき、そして『ダン』さんははっきりと僕たちへ視線を向け、告げた。


「――俺の知ることは、すべて、伝える」


 その声は、殺風景な部屋の中に重く響き渡って……彼の覚悟を僕たちへ伝えてきた。

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