51羽 「僕自身の意思で来ています」②
まず、名乗らされた。それはそう。僕も焦って、あいさつもそこそこに本題に入ってしまっていた。
僕の名前があまり聞き慣れない響きだったからだろうか。それとまあ、顔の作りも残念ながら浅いし。男性は「どこの出身だ? 本当にヴェルク=シーヴィからか?」と尋ねてきた。
「出身自体は、日本というとても遠い国です。今はヴェルク=シーヴィに身を寄せています」
「……もしかして、解放民か」
僕はその単語の意味を受け取り損ねて、とっさに返事ができなかった。その無言を肯定ととらえたみたいで、男性は「話が、見えた。なるほど、それで賤当民と友人などと、臭う話をするわけか」と言った。
「その『友人』を助けたいなどと言っていたな」
「はい、そのためにも情報が必要なのです」
「見返りは」
男性は、腕を組んで僕を見下ろしていた。僕が「あなたにとって、なにが見返りとなり得ますか」と述べると、男性は「誘導尋問か? 俺はまだおまえたちを信用していない。自分で俺になにを示せるのか言え」とか言ってきた。なにそれ。
「……うーんと、お金は……正直あんまり持ってきていないです」
「ふん。で?」
促されても、どう答えればいいのか。いろいろ考えて、昼間に見た衝撃的な船の暗がりが思い浮かぶ。できることなら全員に手を差し伸べたいけれど、僕の腕は短い。それでも。
ふと思いついたことを口にした。
「……ヴェルク=シーヴィへ。亡命のお手伝いをできます」
背後で、タルクたちが少し動いたのを感じた。さすがに僕がそんなこと言い出すとは思わなかったよね。わかる。自分でも今びびってるもん。なんか規模がめっちゃでかいこと言っちゃった。後悔が追いついて来るちょっと前に、男性はするりと僕の懐へ「その言葉、わすれるなよ」という声を差し込んだ。
「で――なにが聞きたい」
壁に背を預けて、男性は言った。ほっとして「認識票の数字について調べています。出身階層が97とは、みなさんを示すのでしょうか」と早口で述べると、男性は少し考え込んだ。
「……あり得ないが。そんな数字は存在しないが、もしあるとするならば、俺たち賤当民のことだろう」
「なぜ、あり得ないのでしょう?」
「俺たちには、そもそも数字すら割り当てられていない」
まじかよ。やるせない怒りが湧き上がってきたけれど、僕はそれを抑え込んで「では、80という制限は」と正座を少し崩して言った。足しびれてきた。
「80……これも聞いたことがないが。なんらかの監視の元にあるのではないか。認識票の意味がないくらいに」
「……じゃあ、末尾が27、は」
「本当にそんな番号を持つ人間がいるのか? 意味がわからないな。第4階層の最高位の人間が就く職を得られる。軍隊の、将軍並みだ」
三人で想定した内容と合致する。僕はさらに「彼は、この番号を持って、なにをしていたと思いますか」と聞いてみた。
「……ヴェルク=シーヴィに居る人間か」
「はい、そうです」
「であれば、訓練された諜報員だろう」
男性が告げた言葉に、僕は目を閉じて深く息をついた。
そして、もうひとつ尋ねる。
「その人は、自分の意志で諜報をしていると思われますか」
「それだけギチギチに縛られた状態で、自分の意志などあったものか。監視下で命令を遂行する捨て駒かなにかだ」
「その、命令を下せるのは」
男性は少し首を傾げて言った。
「第3階層以上の人間だ。王族か、それに近しい。そんなめちゃくちゃな番号の認識票を発行する理由はわからん」
王族、そしてその近親。
やっぱり、タルクのお父さんなんだろうか。
「……そこの、右側の男。来い」
男性が、僕を通り越して入口の外から中を伺っているイムロへ声をかけた。その呼び掛けに応じたイムロは、足がしびれきって動くことができない僕の隣まで歩いてくる。男性は右腕を上げてイムロに言った。
「折れ」
「は。どゆこと」
さすがにイムロも声をあげる。男性は「俺を連れて行くんだろう。ならば、まず俺はここで使い物にならなくなる必要がある」と言う。それで、腕を折れと。ちょっと大胆に過ぎないですか、お兄さん。
「……無抵抗の人間をどうこうするとか、ちょっと考えられないんですけれど」
「さすが噂に聞く翼騎兵団だな。お考えが高尚だ」
イムロと背後のタルクの空気がいっしゅんで警戒度マックスに変わった。僕もびっくりしている。なんでわかったの、イムロが翼騎兵団の人員だって。肩当て、してないのに。
「ヨータと言ったな。おまえ以外の二人は、訓練されている軍人だ。歩き方でわかる」
「……あんたも軍人っぽいですよねえ」
「ただの賤当民だ」
たしかに、人権無視されている階層の人が、こんなに認識票のこと詳しいのおかしいな? 持てないのに。今ごろ僕は気づいた。
イムロは男性に近づいて腕を取り、ためらいながらも「……上腕にしときますか」と聞いた。男性は「かまわん、どこでも」と、なんでもないことのように言う。
数拍のちに、ゴキッって本当に痛そうな音がして、さすがに男性も息をのんだ。そっとイムロが手を放すと、だらんと右腕が垂れ下がる。
「……明日の昼ふたつ目。ィヤルヴェン城の南門へ迎えに来い」
「わかった」
「消えろ。道を歩くときに声を出すな。早々に賤当窟を抜けろ」
「はいはーい。俺たちも、そんな留まりたくはないっすよ」
イムロが軽い口調で述べる。僕は足がしびれて立てない。タルクが、入口から小声で、けれど鋭く男性へ向けてつぶやいた。
「――名前は」
男性は、脂汗を浮かべながら、それでも涼しい表情で言った。
「言っただろう。おまえたちを信用していない。安全を確認できるまで、俺が名乗ることはない」
ちょっと今後の展開でどうにも気に食わない部分があるので、調整のためにお時間いただけませんか
次回更新は5月20日(水)7:00~でお願いいたします
すみません






