第51話 処刑エンド令嬢、絡みゆく前世の罪
※前回の「処刑エンド令嬢」
文化祭ライブを成功させたジェーン・グレイたち。
しかし、その後覚子は何故か三人を避けるようになり、
そして神社の大樹の前で、彼女は語り出すのでした
伊勢崎八幡神社の本殿裏――
巨大な梛の御神木を前に、四人は向き合っていた。
「三人とも、転生して来たんだよね?」
南牧覚子が放ったその言葉はあまりにも唐突で――ジェーン、駒、ジャンヌの思考を一瞬で止めてしまった。
「……な、何を仰いますの、突然」
ジェーンは、引きつった笑みを浮かべながら問い返す。
声の端には、隠しきれない動揺がにじんでいた。
それでも、覚子は、少しおどけたように肩をすくめ、
「薄々、“変だな”とは思ってたんだよね。お互いヘンな名前で呼び合ってるし。三人とも、“急に性格が変わった”って、よく言われてるしさ」
御神木の幹にもたれかけるようにして言う。
その言葉に、三人は内心でぎくりとした。
確かに、思い当たる節しかない。
「で、トドメがさ」
覚子は、わざとらしく両手を広げ、
「ライブで、『処刑エンド令嬢s』なんて名乗るんだもん」
フッ、と冷めた笑みを浮かべる。
「……そりゃあ、確信しちゃうよね」
風が吹き、御神木の葉がさらさらと鳴った。
ジェーンたちは、呆然と立ち尽くすしかなかった。
「アナタは……」
ようやく、ジェーンが声を絞り出す。
「アナタは一体、何者なんですの?」
問いかけに、覚子は一度だけ視線を落とした。
そして顔を上げると、今まで見せたことのないほど真剣な表情になっていた。
「アタシは……」
短く息を吸い込む。
「シャルロット・コルデー。フランスの革命期に、ひとりの政治家を暗殺して……断頭台にかけられた、“暗殺の天使”」
「シャルロット……?」
ジャンヌが、驚きに目を見開く。
「それでは、アナタも――転生者だったんですの!?」
ジェーンも、信じられないといった面持ちで目を剥く。
覚子は――シャルロットは、静かにうなずいた。
「アタシは、去年の春にね。事故で生死の境を彷徨ってた、南牧覚子って少女の体に……転生したんだよ」
「じゃあ、私たちより一年も前から、この時代に生まれ変わってたんですね?」
駒が、ゆっくりと状況を飲み込みながら言う。
「なるほど。だから、ワタシたちよりこの時代に馴染んでいた訳ですね」
ジャンヌも納得したようにうなずいた。
「アナタは……」
ジェーンは、まだ頭の中が整理しきれず、言葉を選び損ねながら続ける。
「シャルロットは、これまでずっと……この令和の時代を、ひとりで生きてらしたのですね……」
転生して最初の登校日。
右も左も分からない日本という国で、心細さを必死に隠していた自分を、ジェーンは思い出していた。
その自分に、いちばん最初に声をかけてくれたのが――南牧覚子だった。
もし、その存在が無かったら。
もし、同じ転生者である駒やジャンヌとも出会えなかったとしたら。
(……ワタクシも、きっと)
想像しただけで、ジェーンは内側から冷たくなるような恐怖を覚えた。
シャルロットは、自嘲するような笑みを浮かべる。
「アタシさ。ナデシコと出会うまで、誰も友達がいなかったんだ」
彼女は、自分の両手を見つめた。
「家族は優しかった。家じゃ、何も不自由しなかった。学校でも、みんなアタシに優しかった」
でも、とシャルロットは言葉を区切る。
「優しくされればされるほど……幸せを感じれば感じるほど、胸が苦しくなっていった」
指先が、わずかに震えていた。
「だって、アタシの手は……血に塗れてるんだもん。人を殺めて、それで国が救えるって妄信して。そんなアタシがさ。友達作って、普通の生活送るなんて……そんな資格、ないんだよ」
そして、薄紫の瞳から涙が、ぽたりと地面に落ちる。
その苦悩の吐露に、三人は何も言えなかった。
風の音と、遠くの車の走行音だけが、やけに響いて聞こえていた。
「だから……」
沈黙を破ったのは、ジェーンだった。
「だから、あんなにもバンドに入るのを拒んでいたんですのね」
問いというより、確認に近い言葉。
シャルロットは、俯いたまま黙っている。否定はしなかった。
「……もう」
ジェーンが、低く呻くように言う。
「いい加減、うんざりですわ」
きょとんとするシャルロットに、ジェーンは一歩踏み出した。
「前世の罪だとか、資格が無いだとか……自戒の念に縛られたまま、やりたいこともできない人生なんて」
真っ直ぐ、シャルロットを見据え、
「死んでいるのと同じではなくて?」
キッパリと言い放つ。
「っ……!」
シャルロットは、ギリっと唇を噛みしめた。
「アナタに――アタシの何が分かるって言うのッ!」
苛立ちと悲しみが混ざった叫びが、境内に響く。
「分かります!」
鋭く返したのは、ジャンヌだった。
シャルロットの視線が、そちらに向く。
「ワタシも、そうでしたから」
ジャンヌは、ゆっくりと一歩前に出た。
「神の啓示に従って、国の為に戦い、その過程で多くの血が流れました」
ジャンヌは、自分の胸に手を当てる。
「それが本当に正しかったのか。今でも、自戒することがあります。ワタシを見捨てた国や同胞を、恨んだこともありました。ですが――」
少しだけ伏し目がちになり、それからグッと顔を上げ、
「ワタシは最後まで、ワタシ自身の信念を貫いて生きました。結果がどうあれ、それだけは揺るぎのない事実です」
ジャンヌは、胸を張って言い切る。
そして、まっすぐに、シャルロットを見据え、
「アナタも、そうなのではありませんか?」
温和な口調で問う。
「アタシは……」
シャルロットの瞳が揺れた。
長く固まっていた氷が、少しずつ溶けていくようだった。
「前世のことで心を痛める気持ちは、私にも分かります」
今度は、駒が一歩前に出る。
「私が処刑されたことで、両親が嘆き悲しんだことを……現世で知りました。自分ではどうにもならないことだったとはいえ……胸が、とても締めつけられる思いでした」
駒は、自分の指をぎゅっと握りしめ、
「でもだからこそ、もう一度やり直せる機会を得られた、この人生を――悔いの無いよう精一杯生きると決めたんです。きっと、両親もそれを願っていると思ったから……」
駒は、涙をこらえながら微笑んだ。
「……駒ちゃん」
シャルロットは、小さな声でそう呟いた。
その心は、確かに揺れていた。
「シャルロット」
ジェーンが、静かに呼びかける。
「アナタは、死に際して――何を願いましたの?」
「え……?」
シャルロットが、目を瞬かせる。
「ワタクシたちは皆、死の直前に『もう一度人生をやり直したい』と願って……こうしてこの令和の日本に、転生することができました」
ジェーンは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「アナタも、何か願ったのではなくて?」
「アタシは……」
シャルロットは、少し空を見上げ、記憶を手繰るように目を細めた。
「ギロチン台に上る直前、処刑執行人に聞かれたの。『友達はいないのか』って」
梛の葉が、ざわりと揺れる。
「アタシは、仲間の居場所を探ろうとしてるんだと思って、『友達なんていない』って答えた。そしたら、その人――すごく悲しそうな顔をしてさ」
シャルロットの声が、少し震える。
「『友達がいたら、違う人生を送っていただろうに』って……そう言ったんだ」
その瞬間の表情が、今も脳裏に焼き付いている。
「だから、最後に願ってみたんだ」
シャルロットは、自分の胸に手を当てる。
「『もしも人生がやり直せるなら……友達を作って、普通の生活を送りたい』って」
その時の心細さと、最後の希望が、言葉の端々に滲んでいた。
「そしたら、頭の中で声が聞こえたの。『その願い、しかと受け賜りました』って」
ジェーンたちは、顔を見合わせる。
そして三人そろって、ゆっくりとうなずいた。
「その声……ワタクシたちも、聞きましたわ」
ジェーンがそう告げると、
「……え?」
シャルロットは、大きく目を見開く。
その姿を見て、ジェーンは柔らかく微笑んだ。
「ワタクシ、最初に学校へ登校した時、本当はとても不安で……心細かったんですのよ」
ジェーンは、そっとシャルロットへ歩み寄る。
「ですが、アナタが――シャルロットが、声を掛けてくださった」
あの日の教室の光景が、鮮やかに蘇る。
「友達になってくださったから、ワタクシはこうして自信を持つことができましたの」
そして、シャルロットの手をそっと握りしめ、
「アナタが手を差し伸べてくださったから、ワタクシはここまで頑張ることが出来たんですのよ」
その手を、自分の頬に当てる。
「アナタの手は、血に塗れてなどいませんわ」
ジェーンは、はっきりと言い切る。
「小さくて、綺麗で……とても温かいですわ」
「ジェーン……」
シャルロットの瞳から、堰を切ったように涙が溢れた。
駒も、ジャンヌも、その姿を静かに見守る。
「ありがとう……」
シャルロットは、しゃくり上げながら言葉を紡ぐ。
「みんな、ありがとう……」
涙は止まらない。
それでも、その声には先ほどまであった自己否定の色は、もう宿っていなかった。
梛の大樹の下で、秘密を共有した四人は静かに向き合うのだった。
処刑エンド令嬢sと、かつて“暗殺の天使”と呼ばれた少女が――
ようやく互いを「仲間」として認め合い、新しい一歩を踏み出そうとした瞬間だった。
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第52話は、
「処刑エンド令嬢、思わぬ再会と茜の空」
をお送りします。
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