第50話 処刑エンド令嬢、静かな異変と変わる関係
※前回の「処刑エンド令嬢」
極限の緊張状態に陥ったジェーン・グレイたち。
しかし、ジェーンのとっさの機転により三人は平常心を取り戻し、
ライブは大盛況に終わったのでした
文化祭が終わり、日常が戻る。
あれだけ人の波で埋め尽くされていた廊下は、いつもの足音だけが淡々と響き、色とりどりの装飾は外され、白い壁が妙に広く、寒々しく見える。
祭りの後に残るのは達成感と、それ以上の言いようのない寂しさだった。
清心女学園文化祭「紫苑祭」――
あれほど鮮烈だった一日は、もう過去になりつつある。
それでも、ジェーン、駒、ジャンヌ――「処刑エンド令嬢s」の物語は、まだ終わってはいなかった。
*
紫苑祭の翌週には、聖ヴァレリア女学院の文化祭ステージに、約束通り立った。
今度は「HY=Society」の前座としてだったが、結果は上々だった。
清心とは違う空気、違う観客の中、三人は全力のパフォーマンスを披露した。
会場は大いに盛り上がり、「前座」という言葉が似合わないほどの喝采を浴びた。
姫神薫子も、袖から満足そうに拍手を送っていた。
だが――
そのステージにも、覚子が姿を現すことはなかった。
*
異変に気づいたのは、紫苑祭のライブが終わってからだった。
覚子は、ジェーンたちと顔を合わせなくなったのだ。
まるで、意図的に避けるかのように。
バイト先の「舞姫」にも、神社のスタジオにも現れなくなったのだ。
*
喫茶レストラン「舞姫」――
覚子のいない店内は、どこか空気が沈んでいた。
「……ジェーンさん」
カウンターの奥で、駒が小さく声をかける。
「覚子さんと、何かお話ししましたか?」
ジェーンは、トレーを拭く手を止め、少し考えてから答えた。
「一応……挨拶や、他愛のない会話は、いつもと変わりませんわ。ですが……バイトや、バンドの話になると……『ゴメン』の一点張りで、話を逸らされてしまうんですの」
そして、吐き出されるため息。
ジャンヌが、腕を組みながら言った。
「『紫苑祭』のライブからですよね? 覚子さんが、姿を見せなくなったのは」
ジェーンは、静かにうなずいた。
「……ワタクシ、何か覚子に失礼なことをしてしまったのでしょうか」
いつになく弱々しい口調で、
「もしかしたら、ワタクシが、あまりにもしつこくバンドに誘ったから……? それがイヤで、距離を取っているのでは……?」
自責の言葉を口にする。
「ジェーンさん……」
駒もジャンヌも、それ以上何も言えなかった。
その場に、重苦しい空気が充満する。
その沈黙を破ったのは、天守|セツナだった。
「……いや、それはないと思うよ」
柔らかな京都弁。
しかし、その声に迷いはなかった。
「え……?」
ジェーンが顔を上げる。
「ほんまに嫌がってるんやったら、わざわざ練習に付き合うたり、アドバイスしたりするはずあらへんもん。そうやろ?」
「……」
セツナの言葉に、黙ってうなずく三人。
ジェーンたちも、覚子がそんな理由で避けているとは本気で考えてはいない。しかし、どうしても本当の理由が分からず、不安に駆られてしまっているのだ。
「覚子ちゃん……ホンマは、バンドがやりたくて仕方ないんちゃうかなぁ」
セツナが漏らした意外なその言葉に、三人の視線が一斉に集まる。
「あのコ、いつもこのバンドのこと一番に考えとったさかい。ホンマに好きなんやと思う。バンドも、音楽も」
「ですが……でしたら、なぜ覚子は、あそこまで頑なにバンド勧誘を断るんですの?」
ジェーンの問いは、全員が抱えていた疑問だった。
セツナは、少しだけ考え込んでから、静かに言った。
「たぶん……気持ちに蓋をしてるんやと思う」
「蓋……?」
「理由は分からへんけどな。やりたいことを我慢せなあかんほど、強い思いがあるんちゃうかな」
そう言って、セツナは、視線を落とす。
その言葉が、重く胸に落ちた。
「……覚子……」
ジェーンは、苦悶の表情で俯く。
「どうするんですか、ジェーンさん?」
ジャンヌの問いに、ジェーンは顔を上げた。
「……決まってますわ」
大きく息を吸い込む。
「本人の気持ちを、確かめてみますわ!」
その決意に、駒とジャンヌは、ほっとしたように息を吐いた。
*
翌日。
教室に入るなり、ジェーンは覚子の前に仁王立ちする。
「覚子。大事なお話しがありますの」
教室の空気が、ぴんと張り詰める。
「放課後、神社のスタジオに来てくださらない?」
覚子は、目を見開き――そして、困ったように視線を逸らした。
「……ゴメン。行けない」
小さく、掠れた声。
「なぜですの?」
ジェーンの声に、わずかに熱がこもる。
「ワタクシたちのことが……キライになったんですの?」
「そんなこと、ない」
覚子は、かぶりを振った。
「では、なぜワタクシたちを避けるんですの?」
重ねて問うジェーン。
覚子は、唇を噛みしめ――
苦悶の表情を浮かべて、絞り出すように言った。
「アタシは……みんなとは、違うの」
そして、その場から、駆け出した。
「覚子!」
去っていく背中に向けて、ジェーンは叫ぶ。
「ワタクシたち……待ってますから!!」
*
その日の放課後。
神社のスタジオに、ジェーン、駒、ジャンヌの三人が集まっていた。
楽器は用意してある。
だが、誰一人、まともに音を鳴らそうとはしない。
「……覚子さん、来てくれますかね」
駒が、ぽつりと呟く。
「もし……このまま、二度と来なくなったら……」
ジャンヌの声も、不安に滲んでいた。
ジェーンは、何も答えなかった。
ただ、床を見つめ続ける。
重い沈黙が、スタジオを満たした。
――ガチャリ。
その時、重い扉が、ゆっくりと開かれる。
「覚子!」
「覚子さん!!」
三人が、同時に声を上げた。
そこに立っていたのは、覚子だった。
弱々しい笑みを浮かべ、
「……少し、外で話さない?」
彼女はそう言うのだった。
*
覚子を先頭に、四人は神社の敷地を歩いた。
伊勢崎八幡神社は、思っていた以上に広い。
まだ、足を踏み入れていない場所が、いくつもあった。
本殿の裏手。
そこに現れたのは――巨大な梛の木。
樹齢千年は優に超えていそうな大樹には、注連縄が巡らされ、
この神社の御神木であることを、静かに、しかし圧倒的に主張していた。
「……こんな立派な御神木、あったんだ」
覚子は、そっと幹に手を触れる。
「……覚子」
少し離れた場所から、ジェーンが問う。
「一体、何がありましたの?」
だが、彼女は振り返らない。
沈黙がしばらく続き、そして、ぽつりと――
「……『処刑エンド令嬢s』」
まるで、呪文のように呟く。
三人は、首をかしげる。
「……面白い名前だよね」
覚子は、ふっと息を漏らし、振り返った。
そよぐ風になびく髪を掻き上げ、彼女は涼し気な面持ちを向ける。
そして――
ジェーンを指差し、
「ジェーン・グレイ」
駒を指差し、
「最上駒」
ジャンヌを指差し、
「ジャンヌ・ダルク」
順番に、それぞれが持つ本当の名を――前世での名を呼ぶ。
「覚子、アナタ……一体――」
言いかけたジェーンを、覚子は手で制した。
「アタシ、気づいちゃったんだ」
そして、まっすぐ三人を見据える。
「三人とも……転生して来たんだよね?」
その一言が。
静かな境内に、重く、深く、落ちていくのだった。
処刑エンド令嬢s・灰島ナデシコ――
笑顔の裏に隠されていた真実が、ついに言葉となって溢れ出ようとしている瞬間だった。
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第51話は、
「処刑エンド令嬢、絡みゆく前世の罪」
をお送りします。
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