第48話 処刑エンド令嬢、迫りくる逃げ場のない舞台
※前回の「処刑エンド令嬢」
ついに文化祭当日を迎えたジェーン・グレイ。
彼女のクラスはメイド喫茶を催し大盛況。
両親も訪れて喜びに浸る中、いよいよライブの時間が近づいて来るのでした
講堂から離れた校舎裏の渡り廊下で、ジェーンとジャンヌ、覚子の三人は足を止めていた。
遠くから、小走りの足音。
「すみません、遅れました!」
息を弾ませて現れたのは、中等部の駒だった。
制服姿のまま、肩からスティックケースを提げている。
「お疲れ様ですわ、駒」
「みなさんも、お疲れ様です!」
四人が揃った瞬間、どこか欠けていた歯車が、かちりと噛み合った感覚があった。
「それでは、参りましょうか」
ジェーンの一言で、四人は並んで校内へと足を踏み出す。
*
校内は、まさに人の海だった。
廊下は一方通行が敷かれ、天井から吊るされた色紙と紙花が揺れる。
「焼きそばいかがですかー!」
「三年一組、脱出ゲーム、残り二枠でーす!」
「写真部展示はこちらでーす!」
教室の扉という扉からは、甘い匂い、油の匂い、香辛料の刺激が溢れ出し、呼び込みの声、笑い声、拍手が幾層にも重なって、耳が追いつかない。
「文化祭って、スゴイ熱気だよね。まるでライブ会場みたい」
覚子が人波を避けながら言う。
「騒がしいのはあまり得意じゃありませんが、でも……こういう雰囲気、嫌いじゃないです」
駒は、目を輝かせてあたりを見回していた。
途中、クラスメイトに呼び止められたり、 「ライブ頑張って!」と声を掛けられたり、知らない生徒からも「後で観に行きます!」と言われたり。
そのたびに、ジェーンは胸の奥で、小さく息を吸う。
(……もう、後戻りは出来ませんわね)
一通り校内を巡った四人は、最後に講堂前にたどり着く。
重厚な扉の向こうから、マイクを通した声が漏れ聞こえてきた。
講堂ステージでは、文化系部活の発表、吹奏楽部のアンサンブル、演劇部の短編劇、営業で呼ばれた若手お笑い芸人のトークライブなどが行われる。
貼り出されているタイムテーブルに目を向ける。
この後、『HY=Society』のライブ。
そして、最後に――
ジェーンたち、『舞姫二号店(仮)』のライブという流れだ。
出演者控え場となっているバックステージ。
そこに足を踏み入れた瞬間、空気の密度が変わった。
すでに『HY=Society』のメンバーは、全員がスタンバイしていた。
ゴシックロリータのステージ衣装。
黒を基調に、紫と銀の刺繍が施され、フリルの隙間から鍛え上げられた腕が覗く。
ステージの方向を見つめていた、姫神薫子がこちらに気づくと、静かに歩み寄る。
「……わたくしたち、ただの前座で終わらせるつもりは、ありませんわよ?」
挑むような視線。
ジェーンは、わずかに顎を上げる。
「ええ。望むところですわ」
短い言葉の応酬。
だが、その裏には、互いへの敬意と覚悟があった。
*
「『HY=Society』のみなさん、ステージへお願いします!」
スタッフの声。
メンバーたちは楽器を手に、堂々とステージへ向かう。
――瞬間。
講堂が、大きく揺れた。
歓声。
拍手。
立ち上がる観客。
客席はすでに立ち見が出るほどの満員で、その視線のすべてが『HY=Society』に注がれていた。
機材をセッティングし、
ドラムが、ツーバスで高速の連打を刻む。
正確無比なダブルキックが、床を震わせる。
ベースは、スラップとフィンガーを切り替えながら、リズムと旋律を同時に支配する低音を叩き込む。
キーボードは、ストリングスパッドで空間を満たし、教会音楽を思わせる荘厳なコードを重ねる。
ギターは、タッピング、スイープ、レガートを織り交ぜた速弾き。
音が、刃物のように空気を裂く。
「……音出しだけで、もう……」
「やっぱり違いますね」
ジャンヌと駒が、ゴクリと息を呑む。
サウンドチェックを終えると、マイクを手にした薫子がステージの前へ出る。
『みなさま、本日は”紫苑祭”にご来場いただき、ありがとうございます!』
澄み切った声が、講堂を満たす。
その一言だけで、会場内から大歓声が沸き起こる。
『文化祭、楽しんでおりますか?』
「はーい!!」
一糸乱れぬレスポンス。
『まあ……元気なお客様ばかりで、素晴らしいですわ』
どっ、と笑いが起こる。
『わたくしたち”HY=Society”は、この”紫苑祭”にお招きいただき、演奏させていただくことになりました。短い時間ではありますが――どうか、楽しんでくださいませ』
そして、一礼。
その瞬間、大歓声が渦の様に会場を飲み込む。
場を完全に支配する所作。
それは、経験に裏打ちされた、揺るぎない自信の表れだった。
*
一瞬の静寂の後、キーボードのプレリュードが、静かに流れ出す。
荘厳で、様式美に満ちた旋律。
それがふっと途切れた瞬間――
ギターが唸り、
ベースが唸り、
ドラムが爆発する。
静から動へ。
一気に、高速メタルサウンドへと雪崩れ込む。
リフが畳みかけ、
ツーバスが心拍を支配し、
シンフォニックな旋律が暴力的な音圧に飲み込まれないよう、空間を束ねる。
そして、薫子の歌声。
清らかで、強く、蠱惑的。
重厚なサウンドをバックに、確かな“旋律”として君臨していた。
観客のボルテージは、最高潮に達し、その完成された芸術に酔いしれる。
ジェーンたちも、息をするのも忘れ、完全に聴き入ってしまうのだった。
*
そして、終演――
万雷の拍手。
割れんばかりの歓声。
『ありがとうございました!』
薫子は、マイク越しに告げる。
『この後、わたくしの大好きなバンドが演奏いたします。どうか、最後まで楽しんで行ってくださいませ!!』
最後に一礼し、メンバーはステージを後にする。
会場では、終わりを惜しむ歓声が鳴り止まない。
メンバーがバックステージへ戻ってくる。
すれ違いざま、薫子は、ジェーンの横で低く囁いた。
「……今度は、貴女方の番ですわよ」
そう言い残し、去っていく。
――次は、自分たち。
分かっている。
分かっているのに。
ジェーンの膝が、微かに震えた。
駒は、スティックを握る手に力を込める。
ジャンヌは、ギュっと唇を噛み締める。
覚子は、黙って三人の背中を見つめていた。
圧倒的な演奏が、まだ耳の奥で鳴り響いている。
――それでも。
この後に音を鳴らすのは、自分たちだった。
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ――
逃げ場のない舞台が、前世のトラウマを呼び覚まそうとする瞬間だった。
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第49話は、
「処刑エンド令嬢、処刑台と栄光の舞台との間で」
をお送りします。
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