第45話 処刑エンド令嬢、時間の重みを知る
※前回の「処刑エンド令嬢」
バンドのレベルの違いに打ちのめされたジェーン・グレイたち。
完全に意気消沈してしまったメンバーを見て、
覚子は立ち上がるのでした
放課後――
市内にある音楽スタジオの一角。
重たい防音扉の前で、ジェーンたちは足を止めていた。
「……ここ、ですわね」
ガラス越しに見える室内。
その向こうから、凄まじい音圧が漏れ聞こえてくる。
(HY=Society……)
スタジオの中では、姫神薫子が、マイクを握っていた。
華やかな印象とは裏腹に、その表情は真剣そのものだ。
それは、薫子だけではない。
ギターも、ベースも、キーボードも、ドラムも。
重厚な扉に遮られているため、音はほぼ聞こえないが、誰一人、手を抜いていないのが分かる。
まるで何かに取り憑かれているかのように、必死の形相で、音に食らいついているのだ。
「……」
ジェーンは、思わず息を飲んだ。
「お嬢さま学校だから……もっと、優雅なものかと思ってましたが……」
駒が、かすれた声で呟く。
「鬼気迫る、という表現が相応しいですね」
ジャンヌが、目を細めて言う。
「……」
ジェーンは、食い入るように演奏を見つめながら、
「あれほどの技量を持ちながら……練習で、一切手を抜かないんですわね……」
ぽつりと呟く。
尊敬と、畏怖と、そして――
胸の奥に、じくじくとした何かが広がっていく。
やがて――演奏が終わる。
HY=Societyの面々が、息を整え、一息つく。
――ふと。
薫子が、こちらに目を向ける。
「……っ!」
一瞬、目が合う。
「バ、バレましたわ!!」
扉から顔を離し、ジェーンは反射的に叫んだ。
「逃げますわよ!!」
慌てて踵を返した、その瞬間――
「きゃっ」
「わっ」
「ちょ、待っ――」
駒、ジャンヌ、覚子と絡まり合い、四人は見事にその場に倒れ込んだ。
――がちゃり。
防音扉がゆっくりと、開く。
「盗み見とは……ご立派なご趣味ですわね。灰島ナデシコさん?」
見下ろしながら、薫子が言う。
ジェーンは、すぐに立ち上がり、スカートの埃を払いながら言った。
「盗み見とは、人聞きが悪いですわね」
ずいっ、と胸を張り、
「ワタクシたちは、たまたまこちらに立ち寄って、たまたまここを通りかかっただけですわ。姫神薫子さん」
あくまでそう主張する。
「まあ」
薫子は、くすりと笑った。
「楽器も持たずに、スタジオに立ち寄ったんですの?」
「……っ」
これには、ぐうの音も出ない。
不機嫌そうに口を尖らせるジェーンを見て、薫子は一歩下がり、
「せっかくですから、中でご覧になってくださいませんこと?」
穏やかな声音で、ジェーンたちを誘う。
四人は顔を見合わせ、コクリとうなずく。
「さあ、どうぞ」
薫子が先に部屋へ入り、その後にジェーンたちは続く。
「清心の皆さまがお見えですわ」
そう紹介されると、
「わあ、カワイイ!」
「ようおいでたなもし」
さっきまでの気迫が嘘のように、HY=Societyの面々は和気藹々と歓迎するのだった。
*
そして、改めて演奏が始まる。
ギターのリフは、雷鳴のように鋭く唸り、
ベースの低音は、衝撃波のように内臓に響き、
キーボードは音の隙間を様式美で彩り、
ドラムの絶え間ない連打は、地鳴りとなってスタジオ全体を震わせ、
そして、要となるボーカルはその暴力的な旋律を背に、叙情的でメランコリックな世界観を歌声だけで表現するのだった。
シンフォニックメタルと称されるジャンルの曲であり、その完成度は、圧倒的だった。
音の粒が揃い、
動きが洗練され、
一音一音に圧がある。
だが――
それでも、彼女たちは満足していない様子だった。
「……それだけの技量をお持ちで、なお高みを目指す」
ジェーンは、正直に言った。
「とても、ワタクシの及ぶところではありませんわ」
「そう見えまして?」
薫子は、肩をすくめる。
「ええ。精錬されておりますもの」
「でしたら、誤解ですわ」
薫子は、静かに言う。
「この生徒会バンド『HY=Society』は、我が校で代々続く伝統です」
そう前置きし、
「毎年、文化祭のステージに立ち、“一定の結果”を出すことを求められる」
逃げ場はありません、と断言する。
「出来が悪ければ、“今年は落ちた”と評価される。それが、伝統の重さですわ」
「……」
「ですから、手を抜く、という選択肢は最初から存在しません」
ジェーンは、息を呑んだ。
「薫子さんは……逃げたい、と思われたことは?」
「それはもう、しょっちゅうですわ」
即答だった。
「偉大な先輩方の幻影を背負わされ、終わりの見えない修練を続けなければならない。ですが……それでも」
そう言って薫子は、少しだけ微笑んだ。
「スポットライトの中で拍手喝采を浴びる瞬間を思えば、苦しみも、辛さも、全部吹き飛びますわ」
その言葉に、ジェーンは胸の奥を射抜かれた気がした。
(……同じですわ)
目立ちたい。
認められたい。
負けたくない。
その欲求の形が違うだけで、薫子は自分と同類だった。
「せっかくですから」
薫子は、ふっと表情を和らげる。
「みなさんの演奏も、聞かせていただけませんこと?」
そして――
ジェーンたちは、『HY=Society』のメンバーから楽器を借りて『神籬』を演奏した。
「『Medium』の『神籬』ですわね。素晴らしいですわ!」
拍手が起こる。
だが、ジェーンは俯く。
「とはいえ……始めて二か月ほどの素人ですわ。皆さまに比べれば……」
「……二か月?」
薫子の声が、変わった。
「今、二か月と仰いました?」
「ええ」
スタジオ内がざわつく。
「……分かりませんの?」
薫子は、語気を強める。
「貴女方の演奏、とても二か月とは思えませんわ」
「どういうことですか?」
駒が訊ねる。
「つまり」
その時、一人の少女が前に出た。
ショートヘアの、クールな表情。
以前、清心女学園生徒会への挨拶に同行していた、菊池だった。
「薫子お嬢さまは、あなたたちの才能が羨ましい、とおっしゃってるんです」
彼女は、淡々とした口調で代弁する。
「……羨ましい?」
ジェーンは、素で聞き返した。
「私たちは、ここまで来るのに一年以上かかりました」
菊池は続ける。
「基礎練習でもまったく音が合わず、ステージ上で何度も失敗して、失望され……。それでも、ようやくここまで“形”になりました」
ちらりと薫子を見る。
「それを……二か月でここまで音を完成させている人を見て、羨ましく思わない方がおかしいです」
その言葉に、他の『HY=Society』メンバーも同調してうなずく。
ジェーンは、思わず立ち上がり、
「羨ましいのは……ワタクシたちの方ですわ! 堂々として、流麗で、完成されていて……悔しいですが、敵わないと、思い知らされましたわ!」」
まるで駄々っ子のような口調で言う。
「悔しい? 敵わない?」
不意に、薫子が鋭く言い返し、
「それこそ、思い上がりですわ!」
そして、強い口調ではっきりと断じる。
「……!」
ジェーンは驚いたが、すぐに唇を噛みしめ、
「ワタクシの、一体どこが思い上がっていると言うんですの!?」
猛然と食って掛かる。
当然、それで怯む薫子ではない。
「一年以上の研鑽を積んだ者と、二か月の貴女方が同じ土俵で、『悔しい』だの、『敵わない』などと仰る。これが思い上がりでなくて、一体なんだと仰いますの?」
そう言って、ビッと人差し指を突き立て、
「費やした時間を知らずに“敵わない”と結論づけるのは、貴女方以上の時間をかけて努力してきた人間にも、未来の自分にも、失礼ですわ!!」
きっぱりと言い放つのだった。
「……」
ジェーンは、言葉を失った。
確かにジェーンは、テクニックや完成度など目先のものばかりに囚われ、それに費やした時間の重さを見ていなかったのだ。
「……確かに」
ようやくそれに気づいたジェーンは小さく、呟く。
「ワタクシが不遜でしたわ」
薫子は、ふっと息を吐き、
「貴女方に足りないのは、経験だけですわ。どうにもならないことを悩むより、今ある輝きを磨き続けなさいませ」
柔らかい声で言う。
「ありがとうございました!」
バンドの先輩から訓示を受けたジェーンたちは、揃って頭を下げ、礼を述べる。
もう、彼女たちの顔から以前のような陰鬱さは霧散していた。
「それで」
薫子は、にやりと笑い、
「そちらの文化祭ステージに、参加させていただけますかしら?」
以前申し込んだ提案について問う。
「ええ、喜んで」
ジェーンも笑みで返し、
「よろしければ……ワタクシたちも、そちらの文化祭に参加してあげてもよろしくてよ?」
いつも通りの強気な口調で言う。
「ええ、ぜひともお願い致しますわ」
薫子も即答する。
そして、お互い手を取り、握手を交わすのだった。
スタジオを出ると、ジェーンは振り返った。
「駒! ジャンヌ! 覚子!」
仲間の名前を呼び、
「すぐに練習に向かいますわよ!」
迷いのない笑顔で言う。
「はい!!」
その声には、もう迷いはなかった。
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ――
焦りから脱却し、同じ舞台に立つ“先達”と真正面から向き合った瞬間だった。
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第46話は、
「処刑エンド令嬢、続・バンド名が決まらない」
をお送りします。
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