第44話 処刑エンド令嬢、敵を知り、己を知れば
※前回の「処刑エンド令嬢」
文化祭の準備に追われるジェーン・グレイ。
そんな彼女の元に聖ヴァレリアの薫子からメールが届き、
それが小さな波乱を呼び起こすことになるのでした
翌日――。
喫茶レストラン「舞姫」は、客足の落ち着いた時間帯を迎えていた。
カウンターの中で、天守セツナは、いつも通り手際よくグラスを磨いてる。
だが、その視線の先――ホールでは、明らかに“異変”が起きていた。
ジェーン、駒、ジャンヌ。
三人とも接客はこなしているものの、目が完全に死んでいる。
覇気がない。
動きが重い。
笑顔が、ぎこちない。
「……はぁ、そないなことがあったんかいな」
セツナは、コーヒーカップを置きながら、ぽつりと呟いた。
「そら……魂、抜けてもしゃあないわなぁ」
三人はまるで心ここにあらず、といった感じで、深い沼の底に沈んでいるかのように見えた。
その様子を見ていた覚子が、耐えきれなくなったように口を開く。
「あたしが、余計なことしたせいで……みんなのやる気を削いじゃって……」
その声は小さく震えており、視線を落としたまま、ぎゅっとエプロンの裾を握っている。
それを聞いたセツナは、ふっと小さく息を吐き、覚子の側に歩み寄った。
「……覚子ちゃんはな」
ぽん、と軽く頭に手を置く。
「ほんま、友達想いのええ子や思うで」
「ちょ、ちょっと……!」
いきなり頭を撫でられて、覚子は顔を赤くする。
「な、なに言ってるんですか……」
「いやいや」
セツナは、からかうでもなく、穏やかな声で続けた。
「でもな。実力差を感じてショック受けるんは、別に悪いことやないと思うよ」
「……え?」
覚子は、思わず顔を上げた。
「ショック感じるっちゅうことはな」
セツナは、再びグラスを磨きながら、淡々と言う。
「それだけ真剣に、音楽に――バンドに向き合ってたっちゅう証拠や。それだけ本気やったってことや」
「……」
「どうでもええ相手やったら、『へぇ、すごいね』で終わりやろ?」
カウンター越しに、死んだ目の三人を見る。
「せやけど、あの子らは違う。ちゃんと悔しがって、ちゃんと落ち込んどる」
覚子は、はっとしたように息を呑む。
「……そう、ですね」
小さく、うなずいた。
「ただなぁ」
セツナは、少しだけ声を落とす。
「こればっかりは、本人がやる気取り戻さな、どうにもならへんのも事実や」
「……はい」
覚子は、分かっているからこそ、苦しそうにうなずいた。
「せやけど」
一拍置いて、セツナはにやりと笑う。
「――あえて、敵の懐に潜り込んでみる、っちゅうのも手かもしれへんな」
「敵の……懐?」
「そうや」
セツナは、意味ありげに言葉を続け、
「動画や噂だけやと、相手が化け物みたいに思えてしまうやろ? せやけど、生身でぶつかり合ってみたら、案外『同じ人間』やった、って思えることもあるもんやで」
そう言って肩をすくめる。
「……」
覚子は、黙り込み、しばらく考え込んだ。
床を見つめ、
指先を組み、
何度か小さく息を吐く。
そして――
「……」
顔を上げ、ゆっくりとうなずいた。
「……分かりました」
その目には、さっきまでの迷いとは違う光が宿っていた。
何かを、
はっきりと決めた顔だった。
*
翌日――。
放課後の教室。
すでに下校した生徒も多く、窓から差し込む西日が、机と椅子の影を長く伸ばしていた。
ジェーンは、自分の席で鞄を整えながら、どこか上の空だった。
そこへ、覚子が近づく。
「ねえ、ナデシコ」
「……なんですの?」
返事はするが、目は合わせない。
「HY=Societyさ、今日の放課後、市内のスタジオで練習するらしいよ」
ぴくり、と。
ほんの一瞬だけ、ジェーンの指が止まった。
だが、すぐに何事もなかったかのように動かし直す。
「そう……ですの」
「それだけ?」
「ええ。それだけですわ」
鞄のファスナーを閉め、顔を上げる。
「別に……ワタクシには、関係ありませんわ」
「……ホントに?」
覚子は、一歩踏み込む。
「ホントに、そう思ってる?」
「……」
ジェーンは、答えなかった。
視線を、すっと窓の外へ逸らす。
沈黙。
その仕草だけで、十分すぎるほどだった。
「……行ってみようよ」
覚子は、静かに言う。
「行って、見てこよう」
「……嫌ですわ」
即答だった。
「どうして?」
「どうしても、ですわ」
声は強気だが、どこか脆い。
「敵を知るのも、大事なことだと思うよ」
覚子は、畳みかけるように続ける。
「HY=Societyが、どんな練習してるのか。どんな顔で、どんな空気で、どんな風に話して、どんな風に音を合わせてるのか」
一つずつ、丁寧に言葉を置く。
「動画だけじゃなくて、この目でさ。ちゃんと、向き合ってみようよ」
「……」
ジェーンの唇が、わずかに震えた。
「……行きたく、ありませんわ」
小さく、弱々しい声。
「ワタクシは……」
その先が、続かない。
「このまま逃げて……文化祭のステージも、ほっぽり出して」
覚子の声が、少しだけ厳しくなる。
「それで……ナデシコの中に、何が残るの?」
――その瞬間。
ジェーンの視界が、白く弾けた。
冷たい石床。
縛られた手。
群衆のざわめき。
刃が、振り下ろされる直前の――あの静寂。
(……っ)
思わず、息を呑む。
「見栄だとか、外聞だとかさ。この際、全部捨てちゃおうよ」
覚子は、ジェーンを、まっすぐに見つめる。
「ひとりが怖いなら、三人で行けばいい」
一瞬、柔らかく笑って、
「アタシだって、一緒に行くよ」
「……」
長い沈黙。
やがて――
ジェーンは、ふうっと息を吐いた。
「……仕方ありませんわね」
肩の力が、すっと抜ける。
「そこまで言うのなら……」
少しだけ、顔を上げる。
「ほんの少しだけ、顔を覗かせてあげてもよろしくてよ」
強がり半分。
本音半分。
「……ホント、素直じゃないんだから」
覚子は、そう言いながらも、どこか安堵した表情で笑うのだった。
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ――
友の声に励まされ、重苦しい沼地から一歩足を踏み出した瞬間だった。
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第45話は、
「処刑エンド令嬢、時間の重みを知る」
をお送りします。
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