第41話 処刑エンド令嬢、成長と汗の温泉合宿②
※前回の「処刑エンド令嬢」
強化合宿のために県内の温泉宿へやって来たジェーン・グレイたち。
到着早々スタジオに籠って練習漬け、
夜は温泉に浸かってしっかりリフレッシュするのでした
翌朝――。
温泉宿「翔陽館」の食堂で朝食を済ませ、部屋へ戻ったジェーンたちは、思わず足を止めた。
「……まだ、寝てますわね」
布団の上で、大の字になっている那波の姿。
豪快ないびきまで立てている。
「昨夜、練習終わって戻って来た時も飲んでたよね……」
覚子が、呆れたように呟く。
「保護者とは……一体……」
駒も、困惑した表情を浮かべる。
「……まあ、放っておきましょう」
ジェーンはため息を吐き、話題を切り替えた。
*
そして、少しくつろいでから、
「じゃあ、そろそろ練習に――」
覚子が言いかけた、その時――
「その前に!」
ジェーンが、ぴしっと指を立てた。
「観光しますわ!」
「えっ?」
「せっかく温泉街に来て、何も見ずに帰るなんて……それは修行以前に、非人道的ですわ!」
「いやいや……」
覚子は苦笑する。
「でも合宿だよ? 強化合宿」
「気分転換も、大事だと思います」
駒が、遠慮がちに続く。
「……少し散策するくらいなら、問題ないのではないかと……」
「温泉街、とても興味があります」
ジャンヌも、目を輝かせて同意に回る。
「でも、時間が……」
言いかけたが、口を噤む覚子。
数秒の沈黙の後――
「……はぁ」
覚子は観念した。
「分かった。でも、午前中だけだからね」
「やりましたわ!」
ジェーンたちは、小さくガッツポーズをする。
*
温泉街は、石段を中心に広がっていた。
湯気の立ち上る路地。
土産物屋に並ぶ温泉饅頭。
射的屋の呼び声。
遠くに見える山の稜線。
「風情がありますわね」
ジェーンは、石段の上から見下ろして呟く。
「こういう場所は、実に日本らしいです」
ジャンヌも、珍しそうに辺りを見回す。
「足湯もありますよ」
駒が、案内板を指差す。
四人は、
写真を撮り、
饅頭と玉こんにゃくを分け合い、
笑い合い、
思う存分観光を楽しんだのだった。
*
部屋に戻ると――
「みなさん、おはようございます〜……」
布団から起き上がった那波が、目をこすりながらあいさつする。
「もう、昼時ですわよ」
呆れるジェーン。
「……先生。まだ、酔ってます?」
覚子が訊ねる。
「うへへ、酔ってませんよ〜」
にへらにへら、と笑って答える那波を見て、
「酔ってますわね」
ジェーンが即座に断言し、ため息を吐く。
「みなさん、これから練習行くんですよね〜?」
それでも那波は、ご機嫌な笑みを浮かべ、
「私も、見に行っていいですか〜?」
などと言い出す。
一同は顔を見合わせ、
「……まあ」
「いいですけど……」
「ウザ絡みはしないでくださいましね」
了承すると共に、釘を刺す。
「は〜い。隅っこで大人しくしてま〜す!」
まるで幼稚園児のように、手を上げてはしゃぐ那波に、みんな揃ってため息を吐くのだった。
*
館内のスタジオ。
機材をセットし、
「ひ、ふ、み、よっ!」
演奏スタート。
しかし――
「……」
音は、やはり噛み合わない。
「……明日には帰らなければならないのに」
演奏を止め、ジェーンが呟く。
「実質、今日一日しか残されていないというのに……」
焦りが、声に滲む。
「何が……いけないんでしょう……」
駒が首をかしげる。
「……分かりません」
ジャンヌも、視線を落とす。
その時――
「わあ」
那波が、ぽわっとした声で言った。
「ホントに、バラバラですねー」
「…………」
一同は、ガックリと脱力する。
「でも」
那波は水をひと口含んでから、続けた。
「別に、無理して合わせる必要、ないんじゃないですか?」
「……?」
ジェーンが顔を上げる。
「でも、音が合わなければ、バンドではありませんわ」
「だったら」
那波は、ジェーンを指差し、
「灰島さんに、合わせてみたらどうですか?」
意外な提案をしてくる。
「……どういうことですか?」
覚子が訊ねる。
「だって」
那波は、三人を見渡し、
「汗かいてるの、灰島さんだけですよ?」
キッパリと言い放った。
そう言われて覚子が改めて見てみると、ジェーンの額からは汗がしたたり落ち、息も少し上がっている。
それに比べ、駒とジャンヌの息はほとんど乱れていなかった。
(そういえば――)
覚子は、昨日の練習時でもジェーンだけが汗だくになっていたのを思い出した。
「他の二人は、合わせようとすることに必死で……全然、楽しそうに演奏してません」
その言葉に――
駒とジャンヌの目が、ハッと見開かれた。
確かに、ジェーンの演奏はテンポもリズムも安定しない。
だが、音のアクセントは明確で、勢いとノリがあり、“前へと進む音”だった。
一方で――
合わせることに集中するあまり、演奏が縮こまり、“音を出す楽しさ”を忘れていた。
「……」
無言でうなだれる二人に、
「駒形さんも、虹橋さんも」
那波は、柔らかく言った。
「もっと、自分のために演奏してみたらどうですか?
技術はさておき、まずは……バンドを、楽しみましょうよ」
二人は――
「……はい!」
大きく、うなずいた。
*
再び、演奏。
今度は――
正確さだけだった駒のドラムに、強烈なアクセントが宿り、動きは大きく、ダイナミックに変貌した。
ジャンヌのベースは、攻撃的な重低音を取り戻し、ボーカルは、腹の底から響いた。
相変わらずバラバラだったが、ジェーンの勢いに負けまいと、駒とジャンヌが張り合うように全力を振り絞る。
さっきまで“教科書どおり”だったビートが、今は牙をむいた野性みたいにうねり始めていた。
(……すごい)
まるでしのぎを削っているかのような三人の演奏に、覚子は、息を呑む。
(ドキドキする……)
初めて。
本当に初めて。
この“バンドの音”を、聴いた気がした。
*
そして、演奏が終わると、
「はぁ……っ」
三人は汗だくになり、肩で息をしていた。
駒は、自分の内に眠っていた、もうひとりの自分を解放し、ようやく、全力を出し切れた。
ジャンヌもまた、内に秘めていた凶暴性を解き放ち、自分を表現できた。
「すごく……良かったよ!」
覚子が、拍手を送る。
ジェーンは、ペットボトルの水を一口含み、
「……まだまだ、こんなものじゃありませんわよね?」
挑発するように言う。
「もちろん」
「当然です」
二人は、ニヤリと笑った。
「お二人とも、ご覧になって」
ジェーンは、そう言って鏡を指差す。
「そこに映る自分の姿――それが、観客から見える姿ですのよ」
駒とジャンヌは、鏡を――正面を見すえる。
「無様な姿……見せたくありませんわよね?」
二人は、こくりとうなずいた。
アクセル全開にして、再び演奏開始。
髪を振り乱し――
汗を滴らせ――
不敵な笑みを浮かべ――
三人は、すべてをかなぐり捨てて、全力を出し切った。
――演奏終了。
床は汗だらけ。
息は絶え絶え。
しばらく、誰も言葉を発せなかった。
覚子は、スマホを構え、その姿を撮る。
「……みんな、すごくカッコイイよ」
じんわりと涙を浮かべて、そう呟いた。
「若いって……いいですね……」
那波はそんな青春の光景を見て、しみじみと呟くのだった。
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ――
まだバラバラなまま、それでも初めて同じ方向に走り出した瞬間だった。
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第42話は、
「処刑エンド令嬢、掴んだバンドの音」
をお送りします。
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