第40話 処刑エンド令嬢、成長と汗の温泉合宿①
※前回の「処刑エンド令嬢」
バンドの成長のために修行を画策するジェーン・グレイ。
マンガのような修行はできないけど、
セツナの提案で温泉旅館で合宿をすることになったのでした
強化合宿は、九月のシルバーウイーク。
県内にある温泉宿――「翔陽館」にて、二泊三日の日程で行われることが決定した。
*
そして迎えた、合宿初日――
ジェーン、駒、ジャンヌ、覚子、そして保護者役の担任・那波の五人は、朝から駅に集まっていた。
「みなさん揃いましたので、そろそろ出発しましょう」
温泉宿に安く泊まれると、釣られてやって来た那波が、スマホの時計を確認して言う。
「電車とバスを乗り継いで、三時間ほどですかね」
スマホで時刻表を確認しながら、覚子が言う。
「ちょっとした小旅行ですわね」
上品なビスチェとプリーツスカートに身を包んだジェーンが、高揚した声で言う。
「こういった催し、すごく楽しみにしてました」
清涼感溢れるクラッシュベロアキャミソールワンピースに身を包んだ駒が、目を輝かせて言う。
「温泉、早く入りたいです」
大人っぽいオフショルダーとグレンチェックスカートに身を包んだジャンヌも、どこか浮き足立っていた。
電車に揺られ、景色が次第に街から山へと変わっていく。
そんな車内で――
「そういえば」
ジェーンが、思い出したように言った。
「この間頂いた初めてのお給料で、両親にプレゼントを贈りましたの」
「へぇ、偉いじゃん」
覚子が感心する。
ジェーンは、少し照れくさそうに続けた。
「お父さまにはネクタイを、お母さまにはエプロンを贈りましたの」
「それ、絶対喜んだでしょ」
その言葉に、ジェーンは苦笑した。
「ええ……父は大泣きして、『これは神棚に上げて、毎日拝む!』とまで言い出しまして……」
「重っ!!」
覚子が思わずツッコむ。
「ですから、『ちゃんと使ってくださいましね』と申しましたわ」
その光景を想像して、駒とジャンヌは、ほほえましそうに顔を見合わせた。
*
電車とバスを乗り継ぎ、三時間ほど。
最寄りのバス停を降りると、この温泉街を象徴する長い石階段がある。
そこを上り少し歩くと、温泉街の一画に建つ、趣のある建物が見えてくる。
「ここが、『翔陽館』ですね」
那波の言葉に、一同は顔を上げた。
「……素敵ですわ……」
夕映えする和風の佇まい。
手入れの行き届いた庭。
どこからともなく、硫黄の匂いが漂ってくる。
「いらっしゃいませ」
玄関で出迎えたのは、柔らかな笑みを浮かべた女将だった。
「お待ちしておりました。どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいね」
その声に迎えられ、五人は館内へと案内される。
*
通されたのは、広々とした五人部屋。
「わぁ……」
「全面が……畳です!」
荷物を置くなり、ジェーンたちはそわそわと落ち着かない。
「それじゃあ、みんな」
覚子が、腕時計を確認しながら、声を掛ける。
「ええ」
「そうですね」
「それでは」
ジェーンたち三人は目を合わせてコクリとうなずき、
「休みましょう」
ごろん、と一斉に畳の上に寝転がる。
「コラコラコラーーーーーぁッ!!」
覚子は三人を見下ろし、
「アタシたちは、観光に来た訳じゃないんだからね!」
母親のような口調で叱咤すると、不服そうに口を尖らせるジェーンたちに、
「練習だよ、練習。合宿は時間が命だからね」
パンパン、と手を叩いて立ち上がるよう促す。
その一言で、三人は渋々起き上がり、それぞれ楽器を手に取った。
*
館内のスタジオは三部屋あり、そのいずれも広く、正面は鏡張りとなっており、機材も充実していた。
「すごい……」
「本当に、ミュージシャン向けの宿ですね」
さっきまでの緩慢さが嘘のように、三人のテンションは一気に最高潮に達する。
ギターを肩に掛け、正面の鏡に映る自分の姿を見つめるジェーン。
(他の方からは、こう見えてますのね)
演奏している自分の姿を見たことがなかったジェーンは、初めて見られることを意識し、エアギターでプロっぽい動きをしてみる。
(今度から、鏡を見ながら演奏しましょう)
センターに立てない分、派手な動きで人目を引こうと企むのだった。
そして三人はアンプを繋ぎ、ドラムの位置を調整し、音を合わせる。
合宿一発目の練習は、自然と熱が入った。
いつも通り、演奏自体は噛み合わない。
だけど、それでもジェーンだけは見られることを意識し、せめて見た目だけでもプロのような振る舞いで弾いていた。
とはいえ、演奏中は弾くことでいっぱいいっぱいで、鏡を見る余裕はあまりなかったのだが。
――気づけば、一時間。
「とりあえず、今回はこれくらいにしようか」
覚子の掛け声で、最初の練習は終了となる。
片付けを済ませてスタジオを出て、
「よし、じゃあ次は――」
覚子が言いかけたところで、
「もちろん、お風呂ですわ!!」
ジェーンが、きらきらした目で主張した。
よく見ると,彼女だけは汗だくだった。
*
「……わぁ……!」
露天風呂へと出た瞬間、ジェーンとジャンヌは思わず声を上げた。
屋外の湯船から、もくもくと湧き上がる湯煙。
すぐ目の前には、自然の木々が立ち並んでいる。
きっと、日中には秋の絶景が拝めるのだろう。
夜風に当たりながら、恐る恐る湯に浸ると、
「これが……日本の露天風呂……!」
「とても……心地いいです……!」
初めての温泉――初めての露天風呂に、ジェーンとジャンヌは感嘆の声を上げる。
見上げれば、満天の星空。
「……至福ですわ……」
手を伸ばせば掴めそうなくらい近く感じる星空を眺めながら、ジェーンは蕩けたような声で呟いた。
駒も、湯船に肩まで浸かり、静かに息を吐く。
「……合宿、頑張れそうですね」
*
風呂から上がり、部屋に戻ると、すでに食事が用意されていた。
季節の野菜。
地元の畜産物を使った肉料理。
彩り豊かな小鉢の数々。
「……これは……」
「すごい豪勢ですね……」
一同は、黙々と箸を進め――
「美味しい……!」
「幸せですわ……!」
絶品料理に舌鼓を打つ。
「いやぁ、ホント! お酒が進みますねぇ!!」
そんな中ただひとり、那波だけが普段のストレスを発散するかのように日本酒をがぶ飲みし、場違いな感想を述べるのだった。
覚子は、ため息を吐き、
「あまり飲み過ぎないでくださいよ、先生。一応、保護者なんですから」
たしなめるように言う。
「だ~いじょうぶですよ。先生は大人なんですから~」
早くもろれつが怪しくなってきた那波を見て、
(”大人”ってなんだろう……)
そう思う一同だった。
*
「じゃあ」
食事が終わりひと段落して、覚子が立ち上がる。
「もう一回、スタジオ行こっか」
「……」
しかし、温泉に浸かり、美味しい食事でお腹を満たした状態のジェーン、駒、ジャンヌは、
「……もう、動きたくありませんわ……」
「体が……重いです……」
「これは……休めとの思し召しですね……」
完全に“お休みモード”に入っていた。
「ちょっと!」
覚子が声を張る。
「強化合宿で来てるんだから! 練習、練習!」
その檄に、三人は呻きながら立ち上がる。
「……が、頑張りますわ……」
しかし、よろよろと生気なく歩く三人の姿は、まるでゾンビのようだった。
*
こうして、ジェーンたちが合宿初日の夜も練習に励む、その一方で――
「はぁ~……」
露天風呂に浸かりながら、小さい体を目いっぱい伸ばし、
「極楽です……」
那波だけは、しっかりと温泉旅行を満喫するのだった。
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ――
こうして強化合宿の幕が上がり、
逃れられない練習地獄に足を踏み入れた瞬間だった。
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第41話は、
「処刑エンド令嬢、成長と汗の温泉合宿②」
をお送りします。
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