第38話 処刑エンド令嬢、初めての大きな買い物
※前回の「処刑エンド令嬢」
練習用のスタジオを得たジェーン・グレイ。
しかし、初めての音合わせでは三人の息が全く合わず、
バンドとしての難しさを実感したのでした
九月――
夏休みが終わり、学生たちはいつも通りの日常に戻るが、街は依然として残暑のうだるような暑さに見舞われていた。
夏休み中、ジェーン、駒、ジャンヌの三人は、文字通り駆け抜けるような日々を送っていた。
バイトに、バンド練習に。
神社の地下スタジオに籠もり、汗だくになりながら音を重ねる毎日。
演奏のミスそのものは、確実に減ってきている。
それでも――
「……まだ、何かが足りませんわね……」
ジェーンのその言葉どおり、
“三人で鳴らしている音”は、まだ“ひとつのバンドの音”にはなりきれていなかった。
だが。
今日は、そんな日々の中に差し込んだ、小さな節目の日だった。
*
「――はい、お疲れさま」
喫茶レストラン「舞姫」のカウンター越し。
天守セツナが差し出した茶封筒を、三人は受け取る。
初めての、給料日。
「……これが……」
封筒を両手で持ち、ジェーンはまじまじと見つめた。
「ワタクシたちが、働いた……証……」
「うん。お給料だよ」
覚子はにこりと笑う。
彼女だけは口座振込だが、それでも三人の様子を見るのが嬉しそうだった。
封筒を開け、中身を確認した瞬間――
「……!」
ジェーンの目が、ぱっと輝く。
「ちゃんと……入ってますわ……!」
「当たり前です」
ジャンヌが、少し誇らしげに言う。
駒も、そっと胸に封筒を抱き寄せた。
「……初めて、自分で稼いだお金……」
三人の顔に、自然と笑みが浮かんだ。
*
「というわけで!」
迎えた週末。
四人がやって来たのは、街中にある大型楽器店だった。
「……す、すごいですわ……」
壁一面に並ぶギター。
天井から吊るされた色とりどりのボディ。
ジェーンは、完全に目を奪われていた。
「全部……六弦楽器ですの……?」
「うん。全部ギター」
覚子が笑う。
「今日は“自分の楽器”を探す日だからね」
ジェーンは、事前に決めていた条件を思い出す。
(安すぎず……高すぎず……十万円前後……)
そうして視線を彷徨わせていると――
「……あ……」
一台のギターの前で、自然と足が止まった。
YAMAHA REVSTAR RSS02T。
ホットメルローカラー。
派手すぎない。
けれど、確かに存在感のある、上品なワインレッド。
「……綺麗……」
思わず、呟いていた。
「それ、いいね」
覚子が覗き込み、
「質もいいし、価格も予算内。初心者から長く使えるモデルだよ」
「……覚子も、そう思いますの?」
「うん。ジェーンに似合うと思う」
その一言で、心はほとんど決まっていた。
店員に勧められ、試奏する。
アンプから流れ出た音は、柔らかく、どこか上品で――
「……」
ジェーンは、目を見開いたまま、数音鳴らし、
「……これに、決めましたわ!」
即決だった。
続いて、駒は
YAMAHA DTX6K-XFSの電子ドラムを。
ジャンヌは
YAMAHA BB734A、ダークコーヒーサンバーストカラーのベースを。
三人とも、少し緊張しながらも、どこか誇らしげだった。
*
その足で、伊勢崎八幡神社の地下スタジオへ。
「……ふふ……」
新しいギターを抱え、ジェーンは終始うきうきしている。
セッティングを終え、演奏開始。
――だが。
「……あれ?」
最初に違和感を覚えたのは、ジェーンだった。
(……指の感覚が……違いますわ……)
ネックの太さ。
弦の張り。
レスポンス。
今まで借り物で慣れていた感覚と、微妙にズレている。
「……っ」
指がもたつき、コードが一瞬、濁る。
「……あれ……?」
ジャンヌも、眉をひそめた。
「……なんでしょう……低音が思ったより沈みません……」
低音の出方、重さ、バランス。
ほんの些細な差が、ミスを呼ぶ。
一方、駒はいつも通りスタジオにあるドラムを叩いているので、安定したビートを刻んでいる。
「……二人とも、大丈夫ですか……?」
演奏を止めたところで――
「まあ、そらそうなるわな」
入口から、聞き慣れた声がした。
セツナだった。
「セツナさん……!」
事情を察したセツナは、肩をすくめる。
「プロかて、いきなり他人のギター弾いたら、違和感覚えるもんや」
その言葉に、ジェーンはごくりと息を呑む。
「……と、言うことは……?」
恐る恐る訊ねると、セツナは、ゆっくりとうなずいた。
「また一から、指を慣らすしかあらへん」
「…………」
数秒の沈黙。
「ひいぃぃぃ!!」
ジェーンの絶叫が、スタジオに響いた。
「ようやく弾けるようになったのに……またやり直しですわぁぁぁ!!」
床に崩れ落ちるジェーンを横目に、
セツナは、どこか楽しそうに笑うのだった。
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ――
“自分の楽器”を手に入れた喜びと、
新たな試練が、同時にやって来た瞬間だった。
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第39話は、
「処刑エンド令嬢、修行はファンタジーです」
をお送りします。
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