第37話 処刑エンド令嬢、嚙み合わない三つの音
※前回の「処刑エンド令嬢」
課題をクリアし、今度はバンド名を考えるジェーン・グレイ。
しかし、出てくるのは珍妙な案ばかり
さらに、練習スタジオ代という現実が立ちはだかるのでした
その日は、いつもより早く、喫茶レストラン「舞姫」は、店じまいとなった。
「ほな、行こか」
天守セツナの声に促され、ジェーン、駒、ジャンヌ、覚子の四人は、店を後にする。
セツナの運転する車に乗って連れて来られたのは、街中から少し外れた場所。
木々に囲まれた、小高い丘の上だった。
「ここは……神社ですわよね?」
石段と鳥居を前に、ジェーンが首をかしげる。
「そやで」
あっさりと答えるセツナ。
「伊勢崎八幡神社や」
「……なぜ、神社に?」
駒も不思議そうに周囲を見回す。
その問いに、セツナは肩をすくめた。
「ここ、ウチの実家やねん」
「…………え?」
四人の声が、ぴたりと揃った。
石段を上り、鳥居をくぐると――
境内の奥から、好々爺といった風貌の老人が姿を現した。
「その娘らが、そうか?」
穏やかな声で問いかける宮司に、
「そや。案内、頼むで」
セツナが答える。
宮司はうなずき、ゆっくりと歩き出した。
後に続くジェーンたち。
広い境内を歩き案内されたのは、神楽殿。
その奥に重厚な扉があり、宮司が鍵を開錠して扉を開く。
「……地下へ、続く扉?」
照明が灯ると、階段があった。
階段を降りると、もうひとつ重厚な扉に閉ざされた地下室があった。
宮司がもうひとつの鍵で開錠し、照明を点けた瞬間――
「……わぁ……」
覚子が、思わず声を漏らす。
壁全面に、吸音材が張り巡らされ、大型アンプが多数並び、ドラムセットもきちんと設置されている。
そこは、正真正銘のスタジオだった。
「まさか、神社の地下に、こんなちゃんとしたスタジオがあるなんて……」
「『Medium』もな」
セツナは懐かしそうに言った。
「お金があらへん頃は、ようここを使うとったんや」
宮司は先ほど使った鍵をセツナに手渡し、
「鍵は、セツナに預けておく。好きな時に使いなさい」
温和な声で言う。
「ありがとうございます」
三人は揃って頭を下げた。
「ですが」
ジェーンが、慎重に口を開く。
「本当に、タダで使わせていただいて、よろしいんですの?」
その問いに、宮司は意味ありげにニヤリと笑った。
「なぁに……その内、返してもらうさ」
そう言い残し、宮司はゆったりとした足取りでスタジオを後にした。
「…………」
一瞬の沈黙。
「……どういうことですの?」
首をかしげたジェーンは、はっと目を見開く。
「ま、まさかあの翁……交換条件に、ワタクシたちにいかがわしいことを強要するつもりでは!?」
「何想像しとんねん」
セツナは苦笑した。
「まあ、その内に分かるさかい。今は気にせんでええよ」
どこか含みのある言い方だったが、それ以上は語らなかった。
*
セツナと覚子の助言を受けながら、セッティングが始まる。
アンプにケーブルを繋ぎ、ドラムの高さを調整し、音量を確かめる。
「……っ」
ジェーンは、ギターを鳴らし、思わず息を呑んだ。
「……音が……」
アンプを通した、生の音。
これまで家で鳴らしていたものとは、まるで別物だった。
「すごい……」
駒も、ドラムを軽く叩き、
「電子ドラムと……全然違います!」
嬉しそうにはしゃぐ。
ジャンヌも、低く響くベース音に、
「なんだか……体が疼きます!」
戦に赴く戦士のような、勇ましい顔つきになる。
そして――
三人は課題曲である『神籬』を、初めて音を合わせる。
「ひ、ふ、み、よっ!!」
駒がスティックを叩きながら、開始の合図を送る。
(え? そこは、『ワン・ツー・スリー・フォー』ではありませんの?)
聞きなれないカウントに戸惑うジェーンは、
(あっ!?)
出だしをミスって、早めに弾き始めてしまう。
(ちゃんと合わせませんと……)
修正しようと焦るが、気持ちとは裏腹に演奏する手は止まるどころか、さらに走り続けてしまう。
(えっと……こういう場合、どうしたらいいんだっけ?)
ギターの暴走を前に戸惑う駒。
(あっ!?)
瞬間、スネアを叩いたスティックが指から抜け落ちそうになる。
幸い、握り直すことはできたものの、その影響でハイハットが一拍遅れてしまった。
(まずいですね……)
ここまでは、ミスなくベースを弾き続けていたジャンヌ。
(あっ!?)
しかし、周囲の動揺に飲み込まれ、声が少し遅れてしまう。
(ああ……もう止められませんわ~!!)
リズムもテンポも、もはや意味を成さず、ジェーンはただ勢いだけでギターを弾き続ける。
ミスがミスを呼ぶ負の連鎖に、三人は完全に飲み込まれてしまったのだった。
*
演奏が終わり、音が止む。
「…………」
スタジオ内に、重たい沈黙が落ちた。
三人の表情は、険しい。
「……おかしいですわ」
ジェーンが、悔しそうに呟く。
「練習では、普通に弾けていたはずですのに……」
駒も続ける。
「……これまでやってきたことを、ただ、やるだけのはずなのに……」
ジャンヌが首を傾げる。
「どうして……こんなに合わないんでしょうね……?」
セツナが、腕を組んで言った。
「どや? 相手と合わすっちゅうのは、意外とややこしいやろ?」
三人は、黙ってうなずく。
「バンドっちゅうのはな」
セツナは、ゆっくりと言葉を紡ぎ、
「ただ演奏したらええ、っちゅうもんとちゃう。異なる音色がひとつに重なり合わさって、初めて“バンドの音”になるんや」
三人を見渡して言う。
「とりあえずさ」
そっと、覚子が口を挟む。
「ギターは、音の強弱がしっかりしてるのが良かったよ。後は、もっとドラムをよく聞いて、そのテンポに合わせてみて」
「……分かりましたわ」
ジェーンは、深くうなずく。
次に覚子は駒に向け、
「ドラムは、リズムはすごく正確でしっかりしてた。だけど、音が一辺倒すぎるから、強弱をもっと意識してみて」
とアドバイス。
「……なるほど。承知しました」
駒は、大きくうなずく。
そして、覚子はジャンヌに向け、
「ベースも、しっかりとリズムが取れていたよ。だけど、リズムを意識しすぎて歌声が小さくなってた。虹橋さんの歌は、こんなもんじゃないはずだよ」
と激励する。
「確かに……。了解です」
ジャンヌの目に、再び闘志が宿る。
二人の言葉を胸に、再び演奏。
――しかし。
「……っ」
音を止めると、ジェーンは歯噛みし、
「他と合わせて演奏するということが……これほど難しいものだとは、思いませんでしたわ……」
悔しそうに、自分の左手を見つめる。
「私も……強弱を意識するあまり、今度はリズムとテンポが狂ってしまいました……」
スティックを強く握りしめながら、駒がうめくように呟く。
「ベースとボーカル……片方を意識すると、もう片方がどうしても疎かになってしまいます……」
ガクリと肩を落とし、落胆するジャンヌ。
「どや、ややこしいやろ?」
打ちひしがれる三人を見て、セツナはやさしく言う。
「バンドはな、メンバー全員が、お互いの呼吸を読まなあかん」
そして、静かに続けた。
「そやさかい、ややこしい。けどな――」
三人を見る。
「それだけに、ひとつの音に仕上がった時……そら、最高に充実した瞬間になるんや」
三人は、黙ってうなずいた。
その様子を見届けると、セツナは踵を返す。
「ほな、ウチんとこの練習があるさかい」
セツナは入口付近にある棚の上に鍵を置き、
「戸締り、よろしゅうな」
手をひらひらと振りながら、セツナは地下室を後にする。
「ありがとうございました」
三人は揃って頭を下げた。
階段を上りながら――
「……若いって、ええな」
セツナはしみじみと、そう呟くのだった。
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ
初めての合奏で、いきなり大きな壁が立ちはだかった瞬間だった。
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第38話は、
「処刑エンド令嬢、初めての大きな買い物」
をお送りします。
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