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第35話 処刑エンド令嬢、”F”コードが押さえられない

※前回の「処刑エンド令嬢レディ


喫茶レストラン「舞姫」でバイトを始めたジェーン・グレイ。

しかし、経験も運動神経も皆無な彼女はさっそく失敗の連続で、

態度だけはやたらと大きい店員が誕生してしまうのでした

 喫茶レストラン「舞姫」。

 客のいないフロアに、見慣れないケースがいくつも並べられていた。


「ほな――」


 天守(あめもり)セツナが、ひとつずつ蓋を開けていく。


 ギターケース。

 ベースケース。

 そして、折りたたまれた電子ドラム一式。


「この通り、知り合いから借りてきたで」


 そう言って、にこりと笑う。


「おお……!」

「……これが……楽器……」


 (こま)とジャンヌが、思わず息を呑む。

 一方――


「……お、重いですわ……」


 ギターを手に取ったジェーンは、露骨に顔をしかめていた。


「なにこれ……鉄の塊ですの……?」

「エレキギターや」

「まるで武器ですわ」


 真顔で言うジェーンに、セツナは肩をすくめる。


「武器にならんこともないけどな。普通は弾くもんや」

「ですが……腕が……もげそう……ですわ」


 両手で抱えているだけで、ぷるぷると腕が震えていた。

 それを見て、セツナはあっさり言った。


「ほな、決まりやな」

「……何がですの?」


 不穏な予感に、ジェーンが身構える。


「ギターの練習はもちろんやけど」


 指を一本立て、


「ナデシコちゃんは体力づくりと、筋力づくりも課題に追加や」


「……」


 ジェーンの顔が、みるみる曇っていく。


「まずは、コード進行とクロマチック。それから、ランニング、腕立て伏せ、スクワット、プランク」


 セツナはギターを受け取ると、手本に軽く弾きながら淡々と告げ、メニュー表を渡す。


「……音楽って、文化的な活動ではありませんの……?」

「甘いなぁ」


 セツナは即答だった。


「ステージは戦場や。ライブともなれば、連続で数曲演奏せなあかん。体力のあらへんヤツは、最後まで立てへんで」


 そう言って、再びギターを手渡す。


 ジェーンは、ぐうの音も出なかった。


「で、オトメちゃんは、ベースやな」

「はい」


 ピンと背筋を伸ばすジャンヌ。

 セツナは彼女にもメニュー表を渡す。


「クロマチックと、ルート弾き。とにかく正確さを大切にな」

「承知しました」


 そして、(こま)へ視線が向く。


駒形(こまがた)ちゃんは、これや」


 セツナは、メニュー表と共にメトロノームを渡す。


「テンポに合わせて、正確なビートを体で覚えるんや」

「……一定の拍子を保ち続けるのですね?」

「そうや。最初はゆっくりでええ。ズレたら全部台無しやからな」


 (こま)は、真剣な顔でうなずいた。


(……さっきセツナさんが弾いてたのって……どっかで聞いたような気が……)


 そんな光景を眺めていた覚子(さとこ)が、何かに気づいてふと考え込む。


覚子(さとこ)ちゃんもどや? ウチのキーボード貸したるで」


 不意にセツナから声を掛けられ、ハッと我に返り、


「そ、そんな、セツナさんのものを使うなんて、恐れ多いですよ!」


 ブンブンとかぶりを振って遠慮する覚子(さとこ)


「それにアタシ、自分のキーボード持ってますし……」

「……」


 自嘲気味に笑う覚子(さとこ)を見て、セツナはそれ以上何も言うことはなかった。


   *


 その夜――

 ジェーンは、ギターを抱えて自室にいた。


 最初に与えられた課題のコード進行は、”F×2回→B♭→C7”だった。


「えっと……Fコードは……ここをこうして……」


 まず、人差し指で一フレットの一弦から六弦まですべて押さえる。その上で、三弦の二フレットを中指、四弦の三フレットを薬指、五弦の三フレットを小指で押さえなければならない。


「ちょ……指が()りそうですわ!」


 これがなかなか難しく、ジェーンの左手は小刻みに震えてしまう。


 それでも、ジェーンは右手に持ったピックで弦をかき鳴らす。


 ぺきょぺきょぺきょ


 音にならない音。


「な、なぜ……こんな濁った音になるんですの?」


 何度も、何度も。


 別のコードも弾いてはみるものの、まともな音を奏でられない。


 やがて指先は悲鳴を上げる。


「セツナさんが手本で弾いた時は、簡単そうに弾いてらしたのに……」


 じんじんと痛む指先を見つめ、ジェーンはため息を吐く。


 そして、クロマチック。


 クロマチック練習は、半音ずつ上昇・下降するクロマチックスケールを演奏する練習方法のことで、運指を鍛えたり、指のウォーミングアップなどに用いられる。


 メトロノームなどを使って一定のリズムに合わせ、一音一音確実に鳴らすことが重要だ。


「くっ……この……」


 どうしても指がもたついたり、あるいは走りすぎたり、ちゃんと音が鳴らなかったりと、こちらも悪戦苦闘することになった。


 ジェーンはギターを置いて、ベッドで横になる。


(ギターが……こんなにも難しいものだったなんて………)


 まったく自分の思い通りにならない現状に、少なからずショックを受ける。


 辛い――

 逃げ出したい――

 それでも――


(ワタクシはもう……逃げませんわ!)


 ジェーンは体を起こし、セツナに言われた通り、腕立て伏せ、スクワット、プランクを行う。


「……はぁ……はぁ……」


 床に突っ伏しながらも、ジェーンは歯を食いしばった。


(……ワタクシは……いつかセンターに立ってみせますわ……)


 それだけを支えに。


   *


 数日後――


「……見てくださいまし……」


 バイト先の「舞姫」で、ジェーンは、みんなの前で指先を差し出した。

 赤く腫れ、硬くなった指。


「……ワタシもです」


 ジャンヌも、ベースを弾き込んだ指を見せる。


「……私も、マメができてしまいました」


 (こま)は、ドラムスティックを握る手を差し出した。


 それらを一瞥し、セツナは小さく笑った。


「だいぶ、“らしく”なってきたやん」


 三人は、思わず顔を見合わせる。


「今が、一番キツい時や」


 セツナは、静かに続けた。


「ここで、やめるか?」


 一瞬の沈黙。

 そして――


 三人は、同時にうなずいた。


「やめませんわ」

「やめません」

「やり続けます」


 迷いのない声。


「……みんな、すごいな」


 その様子を、少し離れたところで見ていた覚子(さとこ)が、ぽつりと呟いた。


覚子(さとこ)ちゃんも、やればええのに」


 セツナが、何気なく言う。


 だが、覚子(さとこ)は首を横に振った。


「アタシは……」


 少しだけ照れたように、


「みんなを支えたい。それだけで、十分です」


 セツナは、それ以上何も言わなかった。


「……そうか」


 短く、そう呟いただけだった。


   *


 それから数日後――


 閉店後の店内で、

 三人は、それぞれ課されたフレーズを披露した。


 正確なリズム。

 安定した低音ビート。

 粗いながらも、力強いギターサウンド。


 すべてを聴き終え、セツナは腕を組む。


「……ま、ええやろ」


 合格の一言だった。


「ほなら」


 セツナは(たず)ねる。


「目先の目標、なんかあるん?」


 その時――


「それなら」


 覚子(さとこ)が、手を挙げた。


「十月の学園祭で、演奏したら?」

「学園祭……!」


 三人の目が、一斉に輝く。


「賛成ですわ!」

「はい!」

「やりたいです!」


 満場一致で決定。


「ほなら、曲は何やるん?」


 セツナの問いに、ジェーンは即答した。


「『神籬(ひもろぎ)』……やりたいですわ」


 セツナはそれを聞くと――


「ええと思うで」


 ニヤリと笑い、あっさり肯定した。


「実は、今までやってもろうた課題はな、『神籬(ひもろぎ)』の曲そのものなんや」

「……ええっ!!」


 ジェーンたちは一斉に驚きの声を上げる。


(そうか、だから聞いたことががあったんだ……)


 覚子(さとこ)は、以前感じていた疑問が解決し、胸の(つか)えが取れたように晴れやかな気持ちになる。


「キミらはもう、『神籬(ひもろぎ)』のコード進行は覚えた。そやさかい、あとはイントロやらソロやらこまい調整だけって訳や」

「そうだったんですのね……」


 自分が練習用に弾いていたものが、自分が弾きたいと思っていた曲だったことに気づき、ジェーンは少しだけ自分を誇りに思い、勲章が刻み込まれた左手を強く握った。


 ――目標は、決まった。


 ……が。


「それはそうと」


 セツナが、ふと首をかしげる。


「バンド名、決まってんのん?」


「……」


 三人は、顔を見合わせ――


「あ」


 見事に、声が重なった。


 処刑エンド令嬢(レディ)灰島(はいじま)ナデシコ――

 一歩前進したものの、肝心なことすら決まっていなかった事実に気づいた瞬間だった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


第36話は、

「処刑エンド令嬢(レディ)、バンド名が決まらない」

をお送りします。


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