第34話 処刑エンド令嬢、バイトを始める②
※前回の「処刑エンド令嬢」
楽器の購入資金を得るためにバイトを始める決心をしたジェーン・グレイ。
そんな彼女たちを誘ったのは、喫茶レストランの店長で
「Medium」のメンバーでもあるセツナでした
――バイト初日。
喫茶レストラン「舞姫」のフロアには、いつもより少しだけ緊張した空気が漂っていた。
理由は、言うまでもない。
メイド服に身を包んだジェーン・グレイ――灰島ナデシコが、お冷を運ぶだけで限界を迎えていたからである。
トレイの上には、コップが二つ。
ただそれだけ。
……それだけ、なのだが。
「……っ……っ……」
ジェーンの膝は、ぷるぷると小刻みに震え、その姿はまるで、生まれたての子鹿のよう。
一歩、進む。
二歩、進む。
――ぐらり。
「きゃっ!?」
次の瞬間、
バシャアッ!
床に盛大な水音が響いた。
「……」
フロアに、静寂が落ちる。
「……まさか、こないにも出来ひんとは」
カウンター越しにその様子を見ていた店長――天守セツナが、思わず苦笑した。
「ワ、ワタクシ……」
床を見下ろしながら、ジェーンは唇を尖らせる。
「肉じゃがの入ったお弁当箱より、重たいものは持てませんわ……」
「こら難儀しそうやなぁ……」
セツナは肩をすくめた。
その時、カラン、とドアベルが鳴る。
来店したのは、二人組の青年だった。
「へい、らっしゃい!!」
――即座に、元気いっぱいの声が飛ぶ。
ジャンヌである。
「……え?」
べらんめえ口調の金髪少女を前に、青年たちは一瞬固まった。
「ウチはラーメン屋と違うで」
すかさず、セツナがツッコむ。
「……あっ、すみません」
ジャンヌは慌てて頭を下げた。
「街中で、よく聞く言葉だったので……」
「汚染されすぎやろ」
セツナはため息をつきつつ、
そのまま厨房の方へと向かう。
「この二人は、ちょっと時間かかるかも知れへんけど」
一方、厨房では――
トントントントン。
小気味よい音とともに、覚子の包丁が、見事な手つきで食材を刻んでいた。
「すごい……」
その横で、駒が目を輝かせる。
「覚子さん、本当にお料理が上手なんですね」
「まあ、家で結構やってるからね」
覚子は、少し照れたように笑う。
「でも、駒形ちゃんもすごいよ。お皿洗いも、道具の整頓も、めちゃくちゃ早いし」
「ありがとうございます」
駒は、嬉しそうに微笑んだ。
その様子を見て、セツナは感心したようにうなずく。
「……こっちの二人は、相当の拾い物やな」
そこへ。
「……失礼いたしますわ」
お冷を注ぎ直したジェーンが、厨房へ顔を出した。
再び、トレイの上にはコップが二つ。
「今度こそ……今度こそ、ちゃんと運んで見せますわ……!」
強い決意を胸に、ジェーンは慎重にフロアへ向かう。
――が。
出入り口付近に差し掛かった、その瞬間。
カラン。
ドアが開き、新たな来客が入ってきた。
「っ!?」
驚いたジェーンは、足をもつらせる。
「あぶない!」
咄嗟に、その来客がジェーンを支えた。
トレイは――無事。
コップも――無事。
「……あ」
ジェーンが顔を上げる。
「那波先生……」
そこに立っていたのは、
担任教師の那波だった。
「大丈夫ですか?」
そう言いかけた、その瞬間。
――コトン。
バシャアッ!
上から、もう一つのコップが落ち、那波の頭上に、盛大に水が降り注いだ。
「……」
水浸しの那波。
「……コップは、もう一つあったんですのよ」
ジェーンが、静かに告げる。
「……そのようですね……」
那波は、濡れた前髪を押さえ、深いため息を吐いた。
「へい、らっしゃい!!」
その背後で、ジャンヌの元気な声が響いた。
*
テーブル席。
那波は、店で借りたタオルで頭を拭いていた。
「……いやぁ」
苦笑しながら、口を開く。
「ウチの生徒がここでバイトを始めたと聞いて、様子を見に来たんですよ」
「まさか、アンタんとこの教え子やったとはなぁ」
セツナが、ぽつりと呟く。
「……お二人は、お知り合いですの?」
ジェーンが訊ねると、
「ん、まあ……腐れ縁っちゅうやつかな」
セツナは、ため息交じりに答えた。
「ヒドイよ、セっちゃん。私たち、親友じゃない」
那波は目を潤ませる。
「先生が、『Medium』のセツナさんと知り合いだったなんて……」
覚子が身を乗り出す。
「何で、教えてくれなかったんですか?」
「だって、聞かれてませんもの」
那波は即答した。
「わざわざ、自分から話すようなことじゃありませんから」
「でも、有名人とお知り合いなんですよ?」
覚子が続ける。
「自慢したくなりません?」
「なりませんよ」
那波は、きっぱりと言った。
「だって、私自身がスゴイわけじゃないんですから」
「……」
覚子は、少し感心したように黙り込んだ。
「でも」
ジェーンが、ふと思い出したように言う。
「水を浴びたのが、先生で助かりましたわ」
「私は、何一つ助かってませんがね」
那波は、恨みがましい視線を向けた。
「まあまあ」
セツナが口を挟む。
「せっかく来たんやし、なんか食べていきーな」
「ありがとう、セっちゃん!」
那波は一気に明るくなる。
「私、給料日前で金欠だったんだー」
「……まあ、水掛けてもうたし……しゃあないか」
セツナは苦笑しながら、厨房へ戻って行く。
「あ、セっちゃーん!」
那波が、ウキウキとその背中に呼びかける。
「私、『愛を込めてオムライス』お願いねー!!」
「……しゃあないか……」
セツナは、譫言のように呟いた。
*
二十分後――
「『愛を込めてオムライス』、お待たせしゃーしたー」
ジャンヌが、那波の前に皿を置く。
「わー、おいしそー!」
那波は目を輝かせ、
「ねぇねぇ、メイドさんの愛、注入してくださいよ~」
特別サービスをねだる。
「でしたら」
ずいっ、と前に出たのは、ジェーンだった。
「ワタクシが、愛を込めて――」
胸に手を当て、堂々と宣言する。
「その務め、果たさせていただきますわ!」
「……え」
那波の表情が、微妙に曇る。
「な、ナデシコさんが……?」
「ええ」
ジェーンは、ケチャップを構えた。
「それで、何を書けばよろしいんですの?」
「じゃ、じゃあ……」
那波は少し迷い、
「ネコの絵と、私に対して何か一言……」
「サートゥンリー。了解、ですわ!」
――次の瞬間。
ブチュッ!!
勢いよく、ケチャップが飛び散った。
「愛を込めて――お嬢さまに、ご奉仕いたしますわっ!!」
そして、完成。
「……こ、これは……!」
那波は目を見開き――
「……何ですか?」
すぐに首をかしげた。
「ウサギですわ」
ジェーンは、キッパリと言った。
「私、ネコって言いましたよね!?」
抗議する那波。
確かによく見ると、ウサギの耳っぽいものがあるにはあるが、ウサギにも見えない、新種の動物の顔がそこにはあった。
さらに、添えられた文字を読む。
――『ダメ人間!』
「……」
深いため息。
そして、スプーンを取り、ひと口。
「あぁ……」
那波は、しみじみと呟いた。
「……愛って、甘酸っぱいですね」
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ――
バイトの苦労を、波乱とケチャップにまみれて思い知った瞬間だった。
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第35話は、
「処刑エンド令嬢、”F”コードが押さえられない」
をお送りします。
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