第32話 処刑エンド令嬢、カラオケでボーカルオーディション
※前回の「処刑エンド令嬢」
「Medium」のライブに感化され、バンド設立を宣言するジェーン・グレイ。
目立ちたがりで承認欲求モンスターの彼女は、当然ギターボーカルを希望するのですが、
覚子がそれに待ったをかけたのでした
喫茶レストラン「舞姫」を後にした四人は、その足で駅前のカラオケ店へと移動していた。
防音仕様の個室。
中央のテーブル。
壁には大型モニター。
マイクは、二本。
そのうちの一本を手に取ったのは、南牧覚子だった。
『えー、それではこれより――』
軽くマイクテストをしてから、にんまり笑い、
『”バンドのボーカルは誰が相応しい? カラオケ対決オーディション!”を始めるよ~ん!』
軽いノリで宣言する。
「わーわー!」
「やんややんや!」
駒――駒形姫乃とジャンヌ――虹橋オトメが、ノリノリで拍手を送る。
だが――
「……ちょっとお待ちになって、覚子!」
ジェーン・グレイ――灰島ナデシコは、若干焦った様子で口を挟んだ。
「つまり、どういうことですの?」
「今言った通りだよ」
覚子は即答する。
「この三人でカラオケをして、誰がボーカルに相応しいかオーディションするんだよ」
「……三人?」
ジェーンは眉をひそめる。
「三人って……ドラムの駒も、審査対象ですの?」
「そうだよ」
覚子はあっさりうなずいた。
「もしかしたら、めっちゃ歌上手かったりするかもじゃん? 一応聴いてみないとさ」
「な、なるほど……」
理屈としては、確かに正しい。
だがジェーンの胸には、言いようのない不安が芽生え始めていた。
「……実は私」
その時、駒が静かに立ち上がった。
三人の視線が集まる中、少し照れながらも、彼女は言う。
「歌には自信あったりするんですよ」
「へ~」
覚子が目を輝かせる。
「それは楽しみだなぁ。じゃあ、トップバッターは駒形ちゃんね!」
駒は、こくりとうなずき、マイクを握った。
数秒の沈黙。
やがて、彼女は息を吸い――
朗々と、詠み上げた。
『白球を 追いかけ続けて 風となり 投げるその球 レーザービーム』
「……」
一拍の沈黙。
「……えっと、それって何?」
覚子が首をかしげて問い、
「短歌です」
「歌って、短歌かいっ!!」
そして、ツッコむ。
「え? 違うのですか?」
駒は、本気で首をかしげた。
「短歌を歌うバンド……斬新すぎる」
覚子は苦笑しながら、マイクを下ろさせる。
「うん、気持ちは伝わったけどね。方向性がちょっと独特すぎた」
「……精進します」
駒は、なぜか晴れやかな顔で席に座った。
「じゃあ、次は虹橋さんね」
覚子が気を取り直して、ジャンヌに振る。
「分かりました」
ジャンヌは静かに立ち上がった。
だが、覚子は一瞬だけ不安そうな表情を浮かべる。
「えっと……虹橋さんは、歌、大丈夫……だよね?」
「はい」
ジャンヌは真っ直ぐに答えた。
「でもワタシ、讃美歌しか歌えませんが」
「十分だよ」
覚子は即答する。
「じゃあ、好きな曲歌ってみてよ」
「では――」
ジャンヌは胸に手を当て、静かに言った。
「ワタシの通う、『聖ヴァレリア女学院』の校歌を歌わせていただきます」
♪
『いざや 讃えよ 慈母の御心を
宵の静寂に 光を灯せよ
輝き褪せぬ夢よ日々よ 祈りを捧げよ
清く 正しく 美しく 乙女の矜持
いざや 謳えよ 主の御前で
胸に掲げよ 救いの御手を
煌めき果てぬ希望の轍 使命を抱き
清く 正しく 美しく 乙女の矜持
清く 正しく 美しく 乙女よ永遠に……』
♪
前奏も伴奏もない、アカペラ。
だが――
その歌声は、凛として澄み切り、よく通り、まるで祈りのように空間を満たした。
音程は正確。
声量は十分。
何より、聴く者の心を震わせる力があった。
歌い終わった瞬間。
「……」
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
次の瞬間――
「すごいよ、虹橋さん!」
覚子が、真っ先に拍手する。
「めっちゃ感動した!!」
駒も、ジェーンも、思わず拍手していた。
*
「じゃあ……」
覚子が、ちらりとジェーンを見る。
「最後は、ナデシコだね」
「……っ!」
ジェーンは、びくりと肩を震わせた。
(アイムドゥームド……!)
内心で叫ぶ。
(あんな、プロ顔負けの歌唱を見せつけられた後に歌うなんて……まな板の鯉状態ですわ……)
完全に自信喪失。
だが――
「ほら、ギタボやりたいんでしょ?」
覚子が、にっと笑う。
「ナデシコの歌、聴かせてよ」
(……そうですわ)
ジェーンの胸に、再び火が灯る。
(ワタクシは……センターに立たなければならないんですわ!)
彼女は立ち上がり、マイクを握った。
「それでは――」
タブレットを操作しながら、宣言する。
「『Medium』の『神籬』を、歌わせて頂きますわ」
そして、高らかに言い放つ。
「ワタクシの真の力、見せて差し上げますわ!」
*
――数分後。
モニターに表示された、無情な数字。
**53点。**
「…………」
ジェーンは、その場に崩れ落ち、頭を抱えた。
「ご、五十三点……五十三……五十三……ゴミ……」
譫言のように、数字を繰り返す。
「……まあ」
覚子は、必死に言葉を選ぶ。
「すごく個性的では、あったよ。うん」
フォローになっていなかった。
*
「じゃあ、決まりだね」
覚子はパン、と手を叩いた。
「虹橋さんがベースボーカル。ナデシコはコーラスとギターってことで。それでいいよね?」
「……異存はありませんわ」
ジェーンは、悔しさを飲み込みながら答えた。
「はい!」
駒は、元気よくうなずく。
「せ、僭越ながら……」
ジャンヌは一歩前に出て、深々と頭を下げた。
「ボーカルを務めさせていただきます!」
こうして――
ボーカル問題は、ひとまず解決した。
……が。
「ところでさ」
覚子が、ふと思い出したように言う。
「みんな、楽器持ってんの?」
「あ」
ジェーン、駒、ジャンヌ。
三人が、同時に固まった。
――問題は、まだまだ山積みだった。
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ――
バンド結成への道は、想像以上に現実的な壁で満ちているのだった。
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第33話は、
「処刑エンド令嬢、バイトを始める①」
をお送りします。
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