第30話 処刑エンド令嬢、東京へ行く②
※前回の「処刑エンド令嬢」
覚子のライブ鑑賞に同行するため、東京へ向かったジェーン・グレイ。
初めての首都訪問にワクワクするも、あまりの人の多さとナンパ男に辟易し、
早くも心が折れかけるのでした
日本武道館――。
巨大な玉ねぎ型の屋根を見上げて、ジェーン・グレイ――灰島ナデシコは、大きく首をかしげた。
「……武道の館で、演奏会をやるんですの?」
「やるやる」
覚子は慣れた足取りで歩きながら答える。
「もともとは武道の大会用に作られた場所だけど、今じゃ音楽ライブの聖地みたいなもんだよ。ここでやれるってだけで、ひとつの到達点って感じ」
「はあ……」
改めて見上げると、確かにどこか“格”のようなものを感じさせる建物だった。
(武を示す場が、音を奏でる場になる……時代とは、実に不思議ですわね)
ジェーンはしみじみと思った。
*
外周を回っていると、視界の先に見えてきたのは――
「……すごい行列ですわね」
グッズ売り場にできた、長蛇の列。
最後尾が、どこにあるのか分からないほどだった。
「あーあ、今からじゃ開演に間に合わないかー」
覚子は少し残念そうに言い、あっさりと並ぶのを断念する。
「お買い物が、したかったんですの?」
「まあね。でも、後でネット通販するだろうから、今はいいや」
そう言って、覚子は肩に掛けたバッグを開けた。
「それに――準備は、もう万全だしね」
中から出てきたのは、
ライブタオル。
ラバーバンド。
法被。
ペンライト。
明らかに“歴戦のつわもの”の装備一式だった。
「……」
ジェーンは、それらを順に見てから、首をかしげる。
「音楽を聴くだけですのに……そのようなものが、必要なんですの?」
「もちろん、無くても楽しめるよ」
覚子はそう前置きしてから、少し身を乗り出した。
「でもね――」
顔を近づけ、やや早口で、しかし熱を込めて言う。
「これがあると、音楽やアーティスト、他の観客と“一体”になれるの。会場全体で、同じ時間を生きてるって感じ。全身全霊を傾けられる、魔法のアイテムなの!」
その熱量に、ジェーンは一歩引き気味になりながら、
「な、なるほど……よく分かりませんけれど、分かりましたわ」
そう答えるのが精いっぱいだった。
*
そして、館内へと入る。
席は、南東一階席の前方。
「ここ、結構いい席だよ」
覚子は法被をまといながら、興奮気味に言う。
「モニターもよく見えるし、双眼鏡があれば生でも表情分かるかも!」
ジェーンは周囲を見回し、思わず息を呑んだ。
ステージを中心に、ぐるりと取り囲むように続く客席。
すでに埋まりつつある無数の人影。
「……すごいですわね」
素直な感嘆が、口をついて出る。
「一体、どれくらいの方が、いらっしゃいますの?」
「大体……一万人くらいかな」
「……一万人」
思わず復唱し、目を見開く。
「そんなに……」
その横で、覚子は静かにステージを見つめていた。
「アタシさ」
ぽつりと、語り出す。
「『Medium』が、まだ地元のちっちゃいライブハウスでやってた頃から知ってるんだ」
懐かしそうに、少しだけ笑う。
「人も少なくて、音も荒くて。でも、それが良くてさ」
そして、まっすぐ前を見据え、
「それが……ついに武道館」
静かに息を吐いた。
「感無量なんだよね。ついに、ここまで来たか、って」
ジェーンは、その横顔を見て、柔らかく微笑む。
「覚子は、本当に『Medium』が、お好きなんですのね」
「うん」
覚子は振り返り、にっこりと笑ってうなずく。
「録音した音源と、生音は全然違うからさ」
そして、少しだけいたずらっぽく言った。
「もしかしたら、ナデシコも好きになるかもよ?」
「そういうものかしら?」
ジェーンは、半信半疑で首をかしげた。
*
――ざわり。
会場の空気が、一段階変わる。
照明が落ち、観客のざわめきが、歓声へと変わる。
「……始まる」
覚子は立ち上がり、ペンライトを灯した。
つられて、ジェーンも立ち上がる。
「ペンライト、ナデシコも使う?」
振り返って問われ、
「……ワタクシは、いいですわ」
ジェーンは、まだ少し距離を保ったまま首を振る。
「そっか。必要になったら言ってね」
覚子はそう言って、正面を向いた。
――次の瞬間。
耳をつんざく爆音――
文字通り、身体を殴るような音圧が、会場を包み込んだ。
「……っ!?」
ジェーンは、思わず息を詰まらせる。
低音が、腹の奥を叩きつけるベース。
心を絡め取るような、メロディアスなキーボード。
地鳴りのように全身を揺らすドラム。
雷鳴のように脳天に鋭く突き刺さるギター。
そして――
それらすべてを背負い、言葉で世界を歌い上げる、ボーカル。
(……これは……)
以前、確かに曲は聴いた。
スマホ越しに。
だが――
(まったく、違いますわ……!)
音が、空気が、振動が。
理屈をすべて吹き飛ばし、身体に直接叩き込まれる。
ジェーンは、呆然と立ち尽くしていた。
*
一曲目が終わり、歓声が巻き起こる。
ステージ中央で、赤毛のギターボーカルの少女が、マイクを握った。
『みなさん! 今日は、わたしたちにとって初めての武道館ライブに来てくれて――本当に、ありがとう!!』
その声を聞きながら、ジェーンは、ぽつりと呟く。
「……ねぇ、覚子」
「ん?」
「その……光る棒……」
一瞬、言葉を選び、
「貸していただけるかしら?」
覚子は、驚いたように目を瞬かせ――
そして、嬉しそうに笑った。
「もちろん」
ペンライトを一本、ジェーンの手に渡す。
*
二曲目、三曲目。
ジェーンは、ぎこちなく、だが確かに、周囲と同じようにペンライトを振っていた。
音に身を委ね――
リズムに身を預け――
気づけば、音に没頭していた。
そして、ラストナンバー。
静かなイントロが流れる。
「……この曲……」
スクリーンに映し出された曲名。
――『神籬』。
歌が始まった、その瞬間。
ジェーンの胸の奥で、何かが、静かに決壊した。
(……あ……)
理由は分からない。
意味も、まだ整理できない。
ただ――
気づけば、頬を一筋の涙が伝っていた。
*
ライブが終わり、二人は人の流れに身を任せながら、会場を後にする。
「……覚子」
ぽつりと、ジェーンが言った。
「『Medium』って……」
一度、言葉を切り、
「音楽って……素晴らしいですわね」
「……うん」
覚子は、静かにうなずいた。
*
帰りの電車――
揺れる車内で、ジェーンは窓の外を見つめながら、心の中で呟く。
(……ワタクシ、決めましたわ)
それが、何なのか。
今はまだ、誰にも言わない。
けれど確かに――
この夜は、彼女の人生に、ひとつの音を刻み込んだのだった。
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ――
音楽という名の“啓示”を、確かに受け取った瞬間であった。
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第31話は、
「処刑エンド令嬢、バンドを結成する」
をお送りします。
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