第29話 処刑エンド令嬢、東京へ行く①
※前回の「処刑エンド令嬢」
夏の暑さを紛らわすため、海へ行く計画を立てたジェーン・グレイ。
駒、ジャンヌ、覚子を誘い、保護者として那波先生を巻き込むも、
逆にその先生を庇護する羽目になるのでした
朝――
覚子の部屋は、カーテン越しの陽射しに満ちていた。
「……どうしよっかなぁ」
ベッドの端に腰掛け、覚子は手の中の二枚の紙を見つめている。
それは、”Medium”のライブチケット。
会場は、武道館。
日程は、今日。
本来なら、妹と一緒に行く予定だった。
「まさか、当日に熱出すとはねぇ……」
さっき様子を見に部屋に行った時、「無念だよ、お姉ちゃん。どうか……わたしの分まで楽しんできて」という、まるで遺言のようなメッセージを妹から受けたのを思い出し、ため息をつく。
チケットは二枚。
(ひとりで行っても、いいんだけど……)
もう一枚のチケットを、ヒラヒラと宙に浮かべる。
「……ダメ元で、誘ってみますか」
覚子はスマホを手に取り、チャット画面を開いた。
相手は――
灰島ナデシコ。
――正直、音楽の趣味は合わない。
というか、彼女がバンドに興味を示しているのを、見たことがない。
以前、スマホで”Medium”のMVを見せた時も、まったく反応を示さなかった。
それでも――
【今日、”Medium”のライブ行くんだけどさ】
【チケット一枚余っちゃって】
【ナデシコ、一緒に行かない?】
送信。
そして、数秒後。
【本日も大変お暑うございますので】
【ワタクシ、家の中で安息する予定ですわ】
「だよねぇ……」
覚子は苦笑しながら、
【まあ、東京も暑いだろうからねぇ】
【しゃあないか】
そう打ち、スマホを投げ出しかけた、その時。
――ぴろん。
【東京に行くんですの?】
画面を見て、覚子は一瞬きょとんとする。
【うん 武道館だよ】
すると――
【行きますわ!】
【ワタクシ、東京に行きたいですわ!!】
「え、そこ!?」
覚子は思わず声を上げた。
【えっと……ライブは?】
【よく存じ上げませんけれど、ご同行させていただきますわ】
【じゃ、一緒に行くってことで、OK?】
【OKですわ 東京ですもの、行かない理由がありませんわ!】
「このコ……ホントに東京にしか興味ないんかい」
覚子は呆れつつも、どこか楽しそうに笑った。
*
こうして二人は、電車に揺られ、東京を目指す。
「ワタクシ……」
窓の外を食い入るように見つめながら、ジェーンが言う。
「東京は、初めてですの!」
「そっか。前に海行った時は、ただ通過しただけだもんね」
「首都を通過するなど、前代未聞ですわ……」
やけに神妙な顔でうなずくジェーン。
覚子はくすっと笑い、
「ナデシコ、東京で迷子にならないでよ~?」
冗談めかして言った。
するとジェーンは、胸に手を当て、
「ご心配なく」
余裕の微笑みを浮かべて言った。
「ワタクシ、そこまで田舎者ではありませんし、那波先生のような、粗忽者でもありませんもの」
それを聞いた覚子は、
「……フラグっぽいなぁ」
小声でそう呟いた。
*
東京駅――
「……」
電車から降りた瞬間、ジェーンは固まった。
人。
人。
人。
縦横無尽に行き交う群衆。
四方八方から聞こえるアナウンス。
どこまでも続く構内。
「うわぁ……やっぱ混んでるねぇ」
覚子がうんざりした声を漏らしながら、
「じゃあ、ナデシコ。次は地下鉄に乗り換えるから――」
後ろを振り返ると。
「……あれ?」
そこに、ジェーンの姿はなかった。
「え? ウソでしょ?」
慌てて周囲を見回す。
すると――
「覚子ォ……覚子ォ……どこですのぉ……?」
少し離れた場所で涙目になりながら、人波に流されて右往左往する黒髪縦ロールを発見した。
「秒で迷子になってるっ!?」
覚子は思わず叫んだ。
「ちょっと、ナデシコ。降りて早々フラグ回収しないでよ!」
覚子はすぐに駆け寄り、ジェーンの手首をがしっと掴む。
「よかった……もう二度と会えないかと思いましたわ」
「大げさだなぁ。でも、今度は絶対、アタシから離れないで!」
「は、はい……」
ジェーンは、しょんぼりとうなずいた。
「東京……想像以上に、恐ろしい所ですわ……」
「ん~、まだ駅中なんだけどねぇ」
幼子の手を引くように歩く覚子は、前途多難を感じて苦笑した。
*
地下鉄を乗り継ぎ、目的地の最寄り駅で下車。
「ここからは、もう歩くだけだから――」
覚子が言いながら振り返ると、
「ねぇねぇ、彼女ぉ。一緒にお茶しな~い?」
いかにも、なナンパ男が、
ジェーンに声をかけていた。
「お茶……?」
ジェーンは首をかしげ、
「お茶でしたら、ワタクシ、アールグレイが飲みたいですわ」
「いいねいいね~!」
そのまま、男に付いて行こうとする。
「コラーーーっ!!」
覚子は即座にジェーンの手を引き、全力でその場を離れた。
「知らない人に付いて行っちゃダメっ!」
「え? でも、お茶に――」
「ダメなのっ! あれはオオカミ! 油断してると食べられちゃうの! 東京はああいうのがわんさかうろついてる所なのっ!」
捲し立てるように、矢継ぎ早に言う覚子。
ジェーンは、きょとんとした顔で、
「……東京、危険ですわね……」
「そうだよ、東京はコワイんだから!」
覚子はそう言って、大きくため息を吐いた。
「なんか……お母さんになった気分だよ」
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ――
戦々恐々する元女王と、即席保護者の珍道中は、
ようやくライブ会場へ向けて、本格的に動き出した瞬間だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第30話は、
「処刑エンド令嬢、東京へ行く②」
をお送りします。
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