第28話 処刑エンド令嬢、スリルと涙の水着回
※前回の「処刑エンド令嬢」
野球部の練習試合に助っ人参戦したジェーン・グレイ。
ほぼ置物状態でまったく活躍できないものの、
謎の強者感で乗り切ったのでした
夏休み。
それは学生にとって解放の季節であると同時に――
「……暑すぎますわ……」
ジェーン・グレイ――灰島ナデシコにとっては、気品と威厳が溶け落ちる季節でもあった。
連日の猛暑日。
エアコンの効いた部屋にいながらも、彼女はソファにだらりと身を投げ出している。
そんな折、何気なくつけていたテレビから、明るい声が響いた。
『こちら、〇〇海水浴場です! 本日も絶好の海日和――!』
画面いっぱいに広がる、青い空と青い海。
きらめく水面。
はしゃぐ人々。
「……海……」
ジェーンの瞳が、きらりと光った。
「……決めましたわ」
次の瞬間、彼女はスマホを手に取り、グループチャットを開く。
【この暑さ、もはや国家的危機ですわ】
【海に行くべきだと思いませんこと?】
宛先は、駒、ジャンヌ、覚子。
*
返事はすぐに返ってきた。
【いいですね。たまには息抜きも必要です】
【太陽と水……神の創造の賜物ですね】
【海!? 行く行く行く!!】
満場一致――かと思われたが、すぐに現実が立ちはだかる。
【電車で行くとなると、交通費が馬鹿になりませんわね……】
料金検索画面を見つめ、ジェーンは眉をひそめた。
【確かに、お小遣いに余裕がある訳でもありませんし】
【神の力をもってしても、資金難はいかんともし難い難問です】
【群馬は海無し県だからねー。海に出るのも一苦労だよ】
「車を出せる保護者……」
そして、ジェーンの脳裏に浮かんだ顔は――
*
「……無理です」
電話口で、那波侑は即答した。
『先生は、こう見えても忙しいんです』
「何が忙しいんですの?」
『雑務の処理と……英気を養うためです』
一瞬考えた後、ジェーンは言った。
「なるほど。積みゲーの処理と、惰眠を貪るため、ですわね?」
『…………』
長い沈黙。
「図星、ですわね?」
『……ちょっと待ってください。なんで分かったんですか?』
「先生の考えそうなことですもの。すべてお見通しですわ」
そして、電話口から深くため息が漏れ出す。
『……分かりました。保護者として同行させていただきます』
「さすがですわ、先生!」
こうして――
海水浴計画は、担任の那波を巻き込み決行されることになった。
*
当日の朝――
清心女学園の校門前に、ジェーン、駒、ジャンヌ、覚子の四人が集合している。
そこへ、一台のミニバンがやって来る。
「おはようございます」
運転席から降りてきた那波を見て、覚子が感心したように言った。
「いい車ですね。先生のですか?」
「いいえ、レンタカーです」
「……」
その瞬間、覚子の胸に、言いようのない不安が芽生える。
「ちなみに先生?」
「はい?」
「免許取って、どれくらいです?」
「二十歳で取得したので……八年くらいですね」
そう言って、那波はゴールド免許証を提示する。
「じゃあ、運転はバッチリですね?」
一同は、ほっと胸を撫で下ろす。
那波は、こくりとうなずき――
「はい。バリバリのペーパードライバーです」
自信満々に答えた。
「…………」
沈黙。
さらに追い打ちをかけるように、
「しかも、方向音痴です!」
堂々と公言。
「それは、自慢することじゃありませんわっ!!」
*
出発後、車内は即座に修羅場と化した。
「先生、次の交差点右です!」(助手席・覚子)
「先生、センターラインに寄りすぎです! 対向車が避けてます!」(右後部・駒)
「先生、今度は歩道に寄りすぎですわ! 歩行者が驚いてますわよ!」(左後部・ジェーン)
「先生、もっとスピードを上げてください。後続が煽ってきてます!」(中央後部・ジャンヌ)
「……はいっ……はいぃぃっ……!」
那波は必死の形相でハンドルを握り、
一つ一つに答えるのが精いっぱいだった。
こうして――
スリル満点のドライブは、四時間以上に及んだ。
*
「……つ、着きました……」
海水浴場の駐車場で、那波はハンドルに突っ伏した。
砂浜にパラソルを立て、場所を確保する一同。
那波はすでにグロッキー状態だったため、
「先生は、ここで荷物番をお願いしますわ」
「……はい……」
満場一致で留守番役に任命された。
*
更衣室で着替えを終え、最初に現れたのはジェーンだった。
「いかがかしら?」
金色のビキニ水着を堂々と着こなし、胸を張る。
「……さすがジェーンさん。とてもお似合いです」
駒は素直に褒め、
「趣味わる……じゃなく、とても神々しいですね」
ジャンヌは、毒を吐きかけたが、それを飲み込んで美辞麗句を述べる。
次は駒。
「ちょっと……恥ずかしいです」
紫を基調とした、清楚で落ち着いたワンピースの水着姿だ。
「とても似合ってますわよ」
「駒さんらしい、とても素敵な装いです」
これには、ジェーンもジャンヌも賛辞を送るしかなかった。
「ありがとうございます」
駒は控えめに笑った。
続いてジャンヌだが――
「……っ!」
そこにあったのは、大正時代風のシマウマ柄水着。
「ホワィ? なぜ、それをチョイス!?」
「人前で肌を晒すなど、恥ずかしくてできません」
前世での倫理観が、いまだ健在なのであった。
「あ、あの……変じゃないかな?」
そして、最後に覚子が、もじもじと恥じらいながら更衣室から現れる。
スポーティーで、快活な彼女のイメージにピッタリのセパレート水着姿だったが――
「……」
全員の視線がとある一点に集中する。
「もしかしたら、とは思っておりましたが……」
「まさか、これほどとは……」
「これはもはや、神を冒涜しているとしか……」
そして漏れ出すのは、驚きと羨望のコメント。
「や、やめてよ! はずかしー!」
覚子は、慌てて豊満な胸を両手で覆った。
四人はビーチに戻り、今度は荷物番をしていた那波が着替えを終え、みんなの前に現れる。
フリル付きの黄色いワンピース水着。
低身長、童顔、華奢な体つき。
「……先生、本当に大人ですの?」
「どういう意味ですか、それっ!?」
突然向けられた辛辣なコメントに、那波は小さな体を目一杯使って抗議する。
「ていうか、私、さっきまで車運転してましたよねっ!?」
だが、一同の脳裏に浮かぶ感想は一致していた。
(小・中学生にしか見えない……)
*
「では、参りましょうか」
膨らませたビーチボールを手に、ジェーンたちは海へ向かう。
「いきますわよ~!」
「はいっ!」
「なんのっ!」
「アハハ、どこ打ってんのさ~!」
四人は、海でビーチボールを回しながら、実に楽しそうに遊んでいる。
「若いって、イイですね~」
海辺で若さを弾けさせる少女たちを、那波は砂浜で眺めながら、ため息交じりに呟く。
そしてカバンからスマホを取り出し、ソシャゲを起動するのだった。
それからしばらくして、那波は立ち上がり、
「ちょっとトイレに行ってきますね~!」
海にいる四人に呼び掛ける。
「先生、ひとりで大丈夫~? 迷子にならないでよー」
「そこまで酷くないですよー」
そう言って、笑って去る那波。
――しかし。
三十分経っても、戻ってこない。
「……まさか、ね……」
ジェーンたちは顔を見合わせて、苦笑する。
と、その時――
『ご来場のみな様に、迷子のお知らせを致します』
放送用スピーカーから案内が流れる。
まさか、と嫌な予感を感じながら耳を傾けると、
『群馬県からお越しの、灰島ナデシコさん。那波侑ちゃんが迷子になっておりますので、ライフセーバー本部までお越しください』
さっそくのフラグ回収を告げる案内内容に、
「ズコーッ!!」
四人は思わずズッコケるのだった。
*
そして、ライフセーバー本部で――
「よかったね、たすくちゃん」
「お姉ちゃんたちが迎えに来てくれたよ」
ライフセーバーの女性が、優しく那波の頭を撫でる。
「ですからぁ! 私の方が保護者なんですよぉ~!」
涙目で訴える那波。
だが、それを信じる者はなく、彼女はジェーンたちに引き取られて行った。
*
帰りの車内――
「ど、どぼじで……誰も信じてくれないんですかぁぁぁぁぁっ!!」
那波はショックで泣いていた。
一同は優しくナビをしながら、慰める。
「ほら、先生、ちゃんと鼻咬みましょうね。あ、次の信号を左折です」
「はい……チーン!」
「ほら、先生。グミ、食べますか?」
「はい……あ~ん」
(……今度は、電車代をケチらないようにしませんと……)
そんな光景を後ろから眺めながら、ジェーンは、心からそう思うのだった。
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ――
年上なら必ず保護者になれるとは限らない、と学んだ瞬間であった。
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第29話は、
「処刑エンド令嬢、東京へ行く①」
をお送りします。
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