第22話 処刑エンド令嬢、忍び寄る金色の影
※前回の「処刑エンド令嬢」
ティータイムを楽しみたい、と考えたジェーン・グレイ。
そのために週末に相談所を開催したら、思わぬ大盛況
しかし、そんな彼女の元に、怪しい影が忍び寄るのでした
放課後の街は、まだ少しだけ昼の名残を残していた。
制服姿の学生たちが行き交い、商店街には夕飯前のざわめきが漂っている。
ジェーン・グレイ――灰島ナデシコは、隣を歩く駒――駒形姫乃と並びながら、前日のことを思い出した。
「……全部配り終えられて、よかったですわ」
前日に行った、「美少女生徒会長の終末相談所」のチラシ配布。
想像以上に人目を集め、想像以上に疲労も溜まった。
「お疲れさまでした、ジェーンさん。あれだけ配れば、きっと相談も来ますよ」
「また、騒がしい週末になりそうですわね」
「でも、紅茶はほどほどにしないといけませんよ」
穏やかに微笑む駒に、ジェーンはうなずき――そして、ふと眉をひそめる。
(……それにしても)
あの時――
チラシを受け取る人混みの中で、一瞬だけ感じた“殺気”ような不穏な気配。
金色の髪――
鋭い視線――
どこか、懐かしいような――いや、因縁めいた気配。
(気のせい……だったのかしら?)
考え込みかけた、その時。
「……っ!」
路地裏から、鋭い声が響いた。
「だからさぁ! ウチらにケンカ売ってんの?」
「は? 意味わかんねーんだけど!」
女の声。
しかも、複数。
ジェーンと駒は、同時に足を止め、顔を見合わせた。
「……嫌な予感がしますわね」
「……はい」
そっと路地裏を覗く。
そこにいたのは――
「あら? あれは同じクラスの……八塚見さん?」
壁際に追い詰められた八塚見が、他校のヤンキー女子高生三人に囲まれていた。
相手は明らかに喧嘩慣れした雰囲気で、腕を組み、値踏みするような目を向けている。
「アンタさ、ウチらの後輩に変なこと言ったらしいじゃん?」
「知らねーよ。勝手に絡んできたのはそっちだろ」
八塚見は強気だが、状況は分が悪い。
――その瞬間。
「お待ちなさいっ!」
凛とした声が、路地裏に響いた。
「複数でひとりを取り囲むなんて、卑怯の極みですわよ!!」
ヤンキー女子高生たちが、一斉に振り向く。
「……あ? 誰がヒキョーだって?」
「てか、誰だよ、アンタ?」
ジェーンは、胸を張って一歩前に出た。
「やましいことがないのなら、人前で堂々と言明すればいいのです。こんな閉所でコソコソ言い争うなんて、陰湿でまったく美しくありませんわね」
止まない正論口撃。
「ムカつくんだけど!」
次の瞬間、短気そうなひとりが、躊躇なく詰め寄り――
がしっ。
ジェーンの胸倉を掴んだ。
「ジェーンさん!」
駒が声を上げる。
しかしジェーンは、怯むどころか、さらに挑発するように言い放った。
「……気に食わない、言い返せないから、力づくで黙らせる? ホント、単細胞のおバカさん、ですわね」
「っ!? んだと、コラ――」
その時だった。
「いけませんっ!!」
澄んだ、よく通る声。
路地の入り口に、ひとりの少女が立っていた。
金色の髪――
聖ヴァレリア女学院の制服――
そして――手には、十字架。
「暴力は、何も生みません!」
少女は、真剣な表情で十字架を胸に掲げる。
「怒りは、さらなる怒りを呼ぶだけです。愛と平和こそが、その荒んだ心を救えるのです!」
「……は?」
路地裏に、数秒の沈黙が落ちた。
ヤンキー女子高生たちは、意味が分からないという顔で互いを見やる。
その沈黙を、少女は軽々と破った。
「イエスはこうおっしゃいました。『剣を取る者は、剣によって滅びる』と」
ずいっ、と詰め寄り、マタイ福音書の一文を引用して訴える。
ヤンキー女子高生たちは、露骨に顔をしかめた。
「何、宗教?」
「マジでうざ……」
だが、次の瞬間。
誰かが、息を呑む音がした。
「……っ、待て」
ひとりが、少女の制服と顔を凝視し――
「ま、まさか……」
そして、顔色を変える。
「せ……『聖ヴァレリアの狂犬』……!?」
空気が、一変した。
「げえぇっ!?」
「やべぇ、マジじゃん!」
「逃げんぞ!」
ヤンキー女子高生たちは、蜘蛛の子を散らすように路地裏から逃げ出した。
「……あぁ……」
金髪少女は、肩を落とした。
「また……逃げられてしまいました……」
しょんぼりと呟くその姿は、あまりにも純粋だった。
「……」
深いため息を吐き、沈黙を破る、八塚見。
「……で? 恩を着せたつもりかよ」
ジェーンは、胸を張って即答する。
「ええ。その通りですわ!」
「は?」
「アナタに恩を売って、一生ワタクシに逆らえないようにするつもりでしたの」
にやり。
少しだけ、悪い顔。
「……ホントにイイ性格してんな……」
八塚見は、呆れ半分、苦笑半分でそう言った。
ジェーンは、ふと振り返る。
「ですが、結局はあの方に助けられてしまいましたわね」
――しかし。
そこに、金髪少女の姿はなかった。
「あら? いつの間に……」
路地の入口にも、もう誰もいない。
「どなたなのかしら? 確か、『聖ヴァレリアの狂犬』とか……」
首をかしげるジェーンに、八塚見が言った。
「あれは、虹橋オトメだ」
駒が思い出すように言う。
「聖ヴァレリアって……由緒正しき令嬢が通う、超一流校ですよね? とても、“狂犬”と呼ばれるような方には見えませんでしたが……」
「今はな」
八塚見は肩をすくめ、
「でも元々は、バイクを乗り回して、ナンパ野郎どもを根こそぎ締め上げてた、札付きのヤンキーだったんだぜ」
淡々とした口調で説明する。
「それが、事故に遭ったとかでさ。別人みてぇに、愛だの平和だの説教するようになったんだとよ」
――事故。
――別人のように。
ジェーンと駒は、顔を見合わせた。
(……やはり)
(……同じ、ですわね)
ジェーンは、無意識のうちに拳を握る。
昨日感じた、“殺気”――
その時も、金色の髪がちらりと映った。
そして、先ほどの金髪少女からも、只者ではないオーラのようなものを感じていた。
(……あの方、おそらく気づいていないのですわね。逃げられている理由が、ご自身にあることに)
苦笑するジェーン。
しかし、まさか自分がその金髪少女から逆恨みを買っているなど、この時のジェーンはまだ知るよしもなかったのだった。
おもむろに、街中の雑踏に目を向ける。
遠くで、風に揺れる十字架の幻影が、ちらりと脳裏をよぎった。
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ――
新たな“同類”の存在を感じ取り、運命の歯車が静かに噛み合い始めた瞬間だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第23話は、
「処刑エンド令嬢、終末の惨劇を見る」
をお送りします。
少しでも気になっていただけましたら、
ブックマークやフォローなど、応援していただけると大変励みになります!




