第2話 処刑エンド令嬢、地味すぎる自分に絶叫する
※前回の「処刑エンド令嬢」
女王に即位したのに、たった九日で廃位させられちゃったジェーン・グレイ。
政争に負けて処刑されたはずの彼女が次に目を覚ますと、そこは令和の日本。
事故で入院していた女子高生の体に転生していたのでした
ジェーン・グレイ = 灰島ナデシコ
――――――
(ここは……天国かしら? でも、だとしたらずいぶんと殺風景ですわね。まるで、予算削減された舞台装置みたいですわ)
あの時――
おそらく処刑されたはずなのに、こうして見知らぬ場所で再び目を覚ましたという現実に、まだ理解が追いつかずに考え込むジェーン。
「――意識は、ハッキリしていますか?」
白衣の壮年男性が、ジェーンの顔を覗き込んで言った。
「お医者様がいろいろ聞きたいみたいだ。答えられるかな、ナデシコ?」
その後ろで、先ほど絶望したように開口していた男性が優しく訊ねる。
ジェーンはコクリとうなずいて、ベッドの上でゆっくりと上半身を起こした。
(この方が医師……? 司祭様ではなくて?)
処刑直前の記憶が鮮明すぎて、状況がまだ飲み込めない。
「ええ、大丈夫です。意識はハッキリしてますわ」
ジェーンは胸を張って答えた。
医師は安堵したようにうなずき、カルテに何かを書き込む。
「では、確認のためにいくつか質問させていただきます」
「構いませんわ」
――尋問には慣れていますわ。
そう思ったけど、さすがに口には出さなかった。
「まず最初に、アナタのお名前を教えてください」
「ワタクシは――」
少し間を置いてから、
「ジェーン・グレイですわ。よく”令嬢”と呼ばれておりました」
彼女は澱みなく答える。
瞬間、医師のペンがピタリと止まった。
後ろの二人も、まるで静止画のように止まったまま動かない。
壁掛け時計の秒針の音だけが、やけに大きく聞こえる。
「……え? あの、すみませんがもう一度お願いできますか?」
「で す か ら! ワタクシはジェーン・グレイ。レディ・ジェーン・グレイですわっ!」
自分でも驚くほど、はっきりとした発音だった。
間違ってなどいない。
これが自分の名前なのだから。
「……ええと」
医師は一瞬、後ろに控えていた男女――先ほど泣いていた二人――に視線を向けた。
二人の顔は青ざめ、ワナワナと体を震わせている。
「ナ、ナデシコ……?」
女性が、恐る恐る声をかける。
(……?)
先ほどから何度も呼びかけられるけど、全然知らない名前だ。
ジェーンは小さく首を傾げた。
「では次。年齢を教えてください」
「十六ですわ」
ここは即答。
処刑された時点での年齢だ。
医師は今またしても動きを止めた。
「……『灰島撫子』さんは、十五歳ですね」
「一年くらい、誤差ではなくて? そもそも、女性に歳を訊ねるなんて、ナンセンスですわよ」
めっ、とたしなめるように指を立てるジェーン。
「これは失礼……じゃなくて、そういう問題ではありません」
医師は深く、深くため息をついた。
「では……家族構成は?」
「父はサフォーク公ヘンリー・グレイ。母はフランセス・ブランドン――」
「はい、ストップストップ!!」
ぴしっと、伸ばした手で制止される。
「……ナデシコさん。歴史の勉強をちゃんとされているようで、それは大変結構なことですが、ここは病院です。冗談は――」
ジェーンは目を大きく瞬かせ、遮るようにして言った。
「冗談ではありませんわ!」
思わず声を荒げてしまい、ジェーンははっと口を押さえた。
(いけませんわ……。女王たるもの、感情的になっては……って、ワタクシはもう女王ではありませんでしたわね)
心の中でひとりツッコミしていると、医師はカルテを閉じ、後ろの男女に目を向け、やや慎重な声色で告げた。
「……頭部を強く打っていますので、記憶や認識に混乱が見られるのかもしれません」
その言葉に、ジェーンは眉をひそめる。
「混乱? ワタクシが?」
あり得ない。
――このワタクシが、混乱しているなど。
「今日はこれくらいにしましょう。また何かあったらお呼びください」
そう言って、医師は部屋を出ていった。
残されたのは、ジェーンと、先ほどの男女。
沈黙。
気まずい沈黙。
先に口を開いたのは、男性だった。
「……ナデシコ。父さんのこと、覚えてないのかい……?」
その声が、少し震えているのに気づいて、ジェーンの胸がちくりと痛んだ。
(この方たちが……ワタクシの家族?)
そう考えた瞬間、胸の奥に、知らないはずの感情が滲み出す。
申し訳なさ。
罪悪感。
そして、得体の知れない不安。
「……ごめんなさい。少し、考えさせてくださいな」
ジェーンはそう言って、ベッドの脇に置かれた鏡へと視線を向けた。
「?」
そこに映るものに違和感を感じて、それを手に取る。
そして――
「……?」
まじまじと見つめた鏡に映るその姿を見て、ジェーンは完全に固まった。
そこにいたのは――
黒髪の、黒い瞳の少女だった。
「……?」
一度目をこすり、改めて見る。
だけど、いくら見ても変わらない。
豊かな金髪の縦ロールでも、透き通るような碧眼でもない。
「…………」
恐る恐る、自分の頬に触れる。
鏡の中の少女も、同じように触れた。
顔立ちは、確かに自分に似ている。
アーモンド形の大きな目――
でも、すごく疲れたように腫れぼったい。
ピン、と通った鼻筋――
でも、色も、雰囲気も、何もかもが違った。
「……な、な……」
喉が、ひくりと鳴る。
「な、なんですの、この地味な髪型と配色はぁぁぁぁぁっ!?」
病室に、悲鳴が響き渡った。
処刑エンド令嬢――
彼女がようやく現実(令和)を理解し始めた瞬間だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第3話は、
「処刑エンド令嬢、青春リベンジを誓う」
をお送りします。
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