第18話 処刑エンド令嬢、ディベートで豹変する
※前回の「処刑エンド令嬢」
中間投票で惨敗し、やや情緒不安定になるジェーン・グレイ。
他の候補者の有利が確定的な状況の中、
それでも彼女は逆転の一手に賭けるのでした
放課後――
選挙当日に、演説と開票の場として使われる予定の学園講堂。
まだその日ではないにも関わらず、いつになく張り詰めた空気がそこには漂っていた。
壇上には、テーブルとイスが三脚ずつ。
その背後には大きく掲げられた横断幕――
『生徒会長選挙・公開討論会』
この時間は部活動など用事がある生徒もいるため、これは強制ではなく自由観覧となっている。
にも関わらず、用意した客席は、満席となり、立ち見の生徒も多数いる。
「……こんなに集まるなんて」
最前列に座る覚子が、小声でつぶやく。
「みなさんお忙しいはずなのに……。それだけ注目している、ということなのでしょうね」
隣の駒が、周囲を見回して冷静に分析する。
壇上へと続く階段の手前――
ジェーン・グレイ――灰島ナデシコは、他の候補者と共に待機していた。
(これは、ただのディベート……。処刑台の恐怖に比べれば、なんてことありませんわ……)
そう自分に言い聞かせるが、心臓の鼓動は正直だった。
――そして。
「それでは、定刻となりましたので」
司会役の管理委員会が、マイクを取る。
「これより、生徒会長選挙・公開討論会を開始します」
ざわり、と講堂が揺れた。
⸻
最初に紹介されたのは、
樹立衛候補。
眼鏡越しから伺える切れ長の目に、隙のない笑み。
この間まで風紀委員長を務めていた、という歴とした肩書きもあり、拍手はひときわ大きい。
続いて、
喜間締菜子候補。
真面目を絵に描いたような佇まい。
女性主権を主に掲げる彼女の主張は、一部の生徒たちから、根強い支持を集めている。
そして――
「最後に、一年一組。灰島ナデシコ候補」
わずかに、どよめき。
拍手は、まばらだった。
(……五十三票)
ジェーンの脳裏を、あの数字がよぎる。
それでも。
彼女は、堂々と壇上に立った。
⸻
討論会は、テーマごとに進められていく。
まずは、
『生徒会の役割について』
口火を切ったのは、樹立だった。
「生徒会は、“管理組織”だと思っています」
流れるような口調。
「規則を守らせ、秩序を維持する。それこそが、学生らしい健やかな学園生活を送るための最適解なのです」
ここで、一度周囲を瞥見し、さらに畳みかける。
「前例と規則を重んじ、不要な混乱を避ける。そのためには、経験と実績が不可欠だと考えます」
言い終えると、自然と会場から拍手が湧き起こる。
続いて、喜間締が、目の前に置かれたマイクに向けて語り出す。
「私は、生徒会は“行政機関”だと思っています」
樹立よりは穏やかな声で、淡々と続ける。
「時代に合わせて規則や仕組みを変え、学園という名の小さな社会に多様性をもたらす。それを可能にできるのが、生徒会だと思っています」
再び、拍手。
――そして、ナデシコの番。
ジェーンは、ゆっくりとマイクを握った。
「ワタクシは……」
一拍置いてから、口を開く。
「生徒会とは、“選択を後押しするための相談所”だと考えていますわ」
ざわっ、と会場が揺らめく。
「生徒一人ひとりが、自分で考え、自分で選ぶ。そのための材料と機会を、平等に提示する」
視線を、客席全体に向ける。
「自主と自立の精神を育む、そのお手伝いをする。――それが、ワタクシが志す生徒会の役目ですわ」
言い終えると、静かに頭を下げる。
一瞬の静寂の後、パラパラとまばらの拍手。
だけど、今までとは質が違う。
最初は全然期待していなかったはずの生徒が、彼女の話に聞き入るようになっていたのだ。
⸻
次のテーマ。
『他の候補者について』
ここで、空気が変わった。
樹立が、微笑みを浮かべたまま口を開く。
「正直に申しまして」
そして、ナデシコを見て、
「灰島さんは、あまりにも問題行動が目立ちすぎます」
直球発言。
「賄賂未遂。独裁者を彷彿とさせる”支配”発言。正直、生徒会長としての資質に欠けるのでは?」
拍手が起きる。
喜間締も、これに応じる。
「そもそも、灰島さんは進級組ではなく、外部からの転入と伺いました。ということは、まだこの学園に来て間もない、いわばお客様にようなもの」
フッと冷笑を浮かべ、
「さすがに、生徒会長は荷が重すぎるのではないでしょうか?」
完全に、潰しにきていた。
――会場の視線が、一斉にナデシコへと向かう。
ジェーンは、深く息を吸った。
(否定してはいけませんわ)
そう、決めていた。
「確かに」
静かに口を開くと、
「ワタクシは、問題的な言動をしてしまいました。それに関しては、本当に申し訳ございませんでした」
立ち上がり、深々と頭を下げる。
「っ!」
予想だにしなかった行動に、樹立と喜間締は驚きを隠せない。
一瞬、場が静まり返る。
「ですが」
言葉を、重ねる。
「この失敗は、“選んだ”証ですわ」
顔を上げる。
「何も選ばなければ、失敗すらできません。ワタクシは、確かに間違えました。けれど、それから目を背けることはしません」
八塚見の顔が、一瞬だけ浮かぶ。
「だからこそ、学びました」
声に、力が宿る。
「どうすれば、生徒の声を聞けるのか。どうすれば、独りよがりにならずに済むのか」
そして、
「――次は、同じ失敗はしませんわ」
迷いのない瞳で断言する。
一瞬の静寂の後、ぽつり、ぽつりと拍手が起きる。
「その上で、ワタクシは」
ジェーンはまっすぐ顔を上げ、
「樹立センパイの掲げる、”秩序による管理”の大切さも」
樹立に向けて述べ、
「喜間締センパイが目指す、”時代に合わせた変節”の重要性も」
次に、喜間締に向けて述べ、
「どちらも、この学園に必要不可欠であると、学ばせていただきましたわ」
そう締めくくる。
またも静寂。
しかし、その後に起こったさざ波のような拍手は、確実に彼女の言葉が心に響き始めたことの証でもあった。
⸻
最後のテーマ。
『目指す学園像』
樹立と喜間締は、再び互いを牽制し合いながら、
現実的で安全な未来像を語った。
そして――
ジェーンは、マイクに語りかけるように言った。
「ワタクシは、この学園を」
少しだけ、笑う。
「“選ばされる場所”ではなく、“選べる場所”にしたいのです」
ざわめきが、止まる。
「正解が用意された世界ではなく、自分で答えを探せる世界」
拳を、そっと握る。
「そのために――そのお手伝いをするために、生徒会は存在すべきですわ!」
――最後にそう締めくくった。
数秒の沈黙。
そして。
講堂を包む、万雷の拍手。
それは、今までとは明らかに違う、確かな手応えだった。
ジェーンは、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
(……届きましたかしら)
その時――
客席の脇で、八塚見が、腕を組んで仁王立ちしたまま小さく笑った。
「……面白ぇじゃん」
討論会は、盛況の中、幕を閉じた――
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ――
偽らざる彼女の言葉は流れを変え、最終局面への布石を示した瞬間だった。
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第19話は、
「処刑エンド令嬢、友の応援に感激する」
をお送りします。
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