第17話 処刑エンド令嬢、情緒不安定になる
※前回の「処刑エンド令嬢」
生徒会長選挙に向けた共同インタビューに臨んだジェーン・グレイ。
他の候補者が模範解答を示す中、
彼女の言動は、校内に波紋を広げるのでした
賄賂で教員を買収しようと試みたジェーンの悪だくみは、担任の那波から静かなる注意を受け、あっさり潰えた。
それ以降、ナデシコ陣営は地道なあいさつ回りを行い、知名度とイメージのアップに努め、しばらく平穏な日々が続いた。
そして――
これまでの活動に対する中間投票結果が、掲示板に貼り出された。
その前には、自然と人だかりができている。
ジェーン、駒、覚子も、その輪の中にいた。
「……えっと」
覚子が掲示板を見上げながら、数字を読み上げる。
「有効投票数が……五百二十票。中等部も合わせた全生徒数とほぼ同じだね」
つまり、学園の全生徒が、この選挙に注目しているということだ。
ごくり、と喉が鳴った。
「で、ナデシコの得票数は――」
ピタリ、と目が止まる。
「……五十三票」
一瞬、時間が止まった。
「……」
ジェーンは、掲示板を見つめたまま、ぴくりとも動かない。
「……ご、ごじゅう……?」
次の瞬間。
「ああぁぁぁぁぁ――ッ!!」
がくり、とその場に膝をついた。
「ワタクシは……今生でも支持を得られず、儚く消えてしまう運命なのですわ……!」
頭を抱え、ずーん、と落ち込む。
全体の一割弱しか票を獲得できなかったという現実が、女王に即位したものの民衆の支持を得られなかった前世のトラウマを呼び覚ます。
彼女の脳裏にフラッシュバックするのは、
周囲に誰もいない玉座――
民衆からの冷たい視線――
そして、処刑台――
「民に見放されて……また処刑されてしまうのですわ~~~っ!!」
「いやいや、落選しても命までは取られないから」
覚子が冷静にツッコむ。
と、その時――
「……あーあ」
聞き覚えのある、気だるげな声が割り込んできた。
「大惨敗じゃん」
振り向くと、そこにいたのは――八塚見。
腕を組み、掲示板を眺めながら、鼻で笑う。
「一年生がでしゃばってもさ、みんな白けるだけなんだよね」
ぽつり、と続ける。
「てか……何でそんな必死になるんかね?」
その言葉に。
ジェーンは、ゆっくりと立ち上がった。
「……そう言うアナタは」
静かな声。
「どなたに投票なさったのかしら?」
「は?」
八塚見は肩をすくめる。
「してねぇよ。めんどくせーし」
そして、吐き捨てるように言った。
「どいつもこいつも、くだらねー公約ばっかでさ。つまんねーんだよ」
――その瞬間。
ジェーンの瞳が、すっと細くなる。
「……なるほど」
一歩、踏み出す。
「ワタクシをせせら笑っておきながら……」
きっぱりと、言い切った。
「アナタのそれは、”逃げ”ではなくて?」
「……は?」
化粧を施された眉が、ぴくりと動く。
「誰が逃げてる、って?」
ジェーンは、真正面から八塚見を見据えた。
「『めんどくさい』だの『くだらない』だの、言い訳を並び立てて――」
一拍置いて、
「この先の人生も、何も選ばないまま生きていけると、アナタはお思いなのかしら?」
まるで挑発するように、言いのける。
「……」
八塚見の眼光が、さらに鋭さを増す。
それでも、ジェーンは続けた。
「たとえ、自身が望む選択肢がなくとも、その時の“最善”を選ばねばならない瞬間は、必ず訪れますわ」
チッ、と舌打ちする八塚見。
そして――
「自身で考え、自身で選ぶ。それが出来ないのなら、もはや”生きている”と言えないのではなくて?」
ジェーンは真剣な眼差しで、きっぱりと言い放つ。
「……」
八塚見は言葉を失い、ぎりっ、と歯を食いしばる。
無言のにらみ合いがしばらく続き、
「まあ、見ていてくださいな」
ジェーンは、ふっと表情を緩めると、拳をぎゅっと握り、言った。
「明日の討論会で挽回し、皆さまの支持を、一気に集めてご覧にいれますわ!」
「……」
八塚見は、フッと脱力してため息を吐くと、
「赤っ恥かかねぇように、せいぜいがんばんなよ」
踵を返して、
「――『五十三票』ちゃん」
最後にそう言い残し、立ち去るのだった。
「だ……」
わなわな、と肩を震わせ、
「誰が『五十三』、ですってぇぇぇぇ!!?」
ジェーンが吠える。
「いや、そこまで言ってないから」
即座にツッコむ覚子。
「でも……」
駒が、冷静に口を開く。
「ジェーンさんの言う通り、明日の討論会で挽回する以外、逆転の芽はありませんね」
「……」
次の瞬間。
「ああぁぁ、どうしましょうっ!!」
ジェーンが再び頭を抱え、
「討論会でもワタクシ、また何か失敗してしまうのではっ!? そうしたら、ワタクシの野望が――華麗なる学園生活が――詰みですわぁぁぁぁぁっっっ!!!」
渾身の絶叫。
覚子は、半目になる。
「……情緒不安定すぎない?」
駒は、苦笑い。
(……宿主さんの影響、ですかね?)
***
その日の放課後――
ジェーンは、覚子と二人で帰路についていた。
駒は今、野球部の練習だ。
「駒形ちゃんさ」
歩きながら、覚子が言う。
「部活で忙しいのに、すごく手伝ってくれるよね」
「ええ」
ジェーンは、素直にうなずいた。
ちなみに、覚子もジェーンと同じ帰宅部である。
「運動もできて、気も利いて……本当に、すごい子ですわ」
「……」
覚子は、少し間を置いてから、
「あのさ。今更なんだけど」
ちらり、とジェーンを見る。
「ナデシコと駒形ちゃん、呼び方、変わってるよね?」
「……?」
「駒はまだ分かるけどさ。ジェーン、だっけ?」
首をかしげる覚子。
「それって何? SNSのアカウント名とか?」
「そ、それは……」
ジェーンは、言葉に詰まった。
(前世の名、だなんて……言えませんわよね……)
少し考え――
「ソ、ソウルネームですわ!」
パッと頭に思いついた言葉を、勢いよく言った。
「ワタクシと駒は、いわばソウルメイト! 特別な名前で呼び合っているのですのよ!」
「……ふ〜ん」
覚子は、完全には納得していない顔。
そして、ぽつり。
「……なんか、妬けるかも」
「……え?」
「ううん、なんでもない!」
覚子は慌ててかぶりを振り、
「ごめん、用事思い出した。先に帰るね~!」
そう言って、走り去ってしまった。
「覚子……」
その背中を見送りながら、ジェーンは首をかしげる。
「……もしかして」
そして、思い至った。
「覚子も、あだ名で呼んで欲しいのかしら?」
***
翌朝――
一年一組の教室。
「覚子!」
眠たそうな目をこすりながら、ジェーンが駆け寄る。
「おはよう、ナデシコ。そんなに慌てて、どうしたの?」
至って冷静な覚子。
ジェーンは、覚子の机の上にバンッと手を置き、
「ワタクシ、今日からアナタのことを――」
満面の笑みで言った。
「『さとぴー』とお呼びしますわっ!!」
「……」
一瞬の沈黙を置いて、
「ナデシコ」
覚子は、にこやかに笑った。
「却下で」
――即答だった。
「な、なぜですの!? ワタクシ、昨夜ほとんど寝ずに考えましたのに、一体何が不満なんですのっ!?」
涙目になって不服を訴えるジェーン。
「なぜ、って……。それはこっちが聞きたいよ! 登校してくるなり、いきなりなんなのさ!?」
当然、覚子は訳が分からず、逆に聞き返す。
「……分かりましたわ」
ふぅ、と気持ちを落ち着かせるように一呼吸を置いて、
「それでは、『さとし』というのはいかがですっ!?」
性懲りもなく、必死に考えた別の案を披露するジェーン。
「それって、あだ名じゃなくて、もはや別人の名前だよね……?」
冴えわたる、覚子のツッコミであった。
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ――
残酷な現実と軽いすれ違いを経て、戦いの最終局面へと足を踏み入れた瞬間だった。
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第18話は、
「処刑エンド令嬢、ディベートで豹変する」
をお送りします。
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