第14話 処刑エンド令嬢、詐欺未遂に遭う
※前回の「処刑エンド令嬢」
駒、覚子と昼休みを満喫するジェーン・グレイ。
しかし、ジェーンはそこで三年の樹立に目を付けられ、
一触即発となるのでした
喜間締菜子
――――
翌日――
昼休み前の廊下は、生徒たちの話し声と足音が混じり合い、独特のざわめきを帯びていた。
その中を、ジェーン・グレイ――灰島ナデシコは、ひとりで歩いていた。
と、その背後から。
「すみません。ちょっと、よろしいですか?」
かけられた声は、やや硬く、慎重で、しかし逃げ腰ではない。
ジェーンが振り返ると、そこには――度の強そうな瓶底眼鏡をかけた女生徒が立っていた。
肩に下がったお下げ髪はきっちり三つ編みに整えられ、制服も寸分の乱れがない。
その佇まいは、真面目という言葉をそのまま人の形にしたようだった。
「私は、喜間締菜子と申します」
ぴしり、と頭を下げる。
「突然で申し訳ありませんが……ひとつ、質問させてください」
「なんでしょう?」
ジェーンが首をかしげる。
「貴女は……水泳の授業について、どう思いますか?」
「……水泳?」
思わず聞き返す。
「授業で、水練を習うんですの?」
喜間締は、こくりとうなずいた。
そして、無言でスマホを操作し、画面をこちらに向ける。
「実際には、こんな格好で授業を受けさせられるんですよ」
そこに映っていたのは――
スクール水着姿で煽情的なポーズを取る、若いグラビアアイドルの写真だった。
「……っ!?」
ジェーンの目が、かっと見開かれる。
「ジーザス! 一体なんですの!? この……このハレンチな姿は!!」
「ひどいですよね」
喜間締は、待っていましたとばかりにうなずいた。
「こんな前時代的な服装を、成長期の少女に強いるなんて……女性に対するセクハラ以外の何物でもありません」
淡々と、しかし熱を込めて言葉を重ねる。
「尊厳の侵害です。人格の否定です」
「エグザクトリー。その通りですわ!」
完全に同調するジェーン。
「女性にこのような辱めを強いるなど、断じて許せませんわ!」
その瞬間、喜間締の眼鏡が――きらり、と怪しく光った。
「……ですよね?」
低く、確信に満ちた声。
「では、女性に精神的苦痛を与える水泳の授業……必要ないと思いませんか?」
「必要ありませんわ!」
ジェーンは拳を握りしめる。
「下劣の極みですわ!!」
「ありがとうございます」
喜間締は、満足そうにうなずくと、鞄から一枚の紙とボールペンを取り出した。
「では、こちらに署名をお願いします」
「分かりましたわ」
考えもせず即答。
ジェーンはペンを取り、迷いなく名前を書き始め――
そして。
「……?」
ふと、手が止まった。
「ザッツストレンジ。……おかしいですわね」
紙を、じっと見る。
「これ、本当に水泳廃止のための署名ですの?」
「も、もちろんですよ」
喜間締の声が、わずかに裏返る。
「水泳授業の在り方を――」
ジェーンは、用紙の端に爪をかけた。
「……失礼」
ぺり。
一枚、薄い紙が剥がれる。
現れた文字は――
『生徒会会長選挙 推薦人』
「……」
沈黙。
ジェーンは、ゆっくりと顔を上げた。
「これは……文書のすり替え、というものではなくて?」
「……っ!」
次の瞬間。
「す、すみませんっ!!」
喜間締は、脱兎のごとく駆け出した。
「あっ、ちょっと――!」
呼び止める間もなく、廊下の向こうへ消えていく。
取り残されたジェーンは、紙を握りしめたまま、呟いた。
「……これは、由々しき事態ですわ」
放課後――
一年一組の教室にて。
「――というわけでして」
事情をすべて聞き終えた駒と覚子の前で、ジェーンは腕を組み、憤慨していた。
「思想を盾に、人を欺くなど……許されることではありませんわ!」
「喜間締菜子かぁ」
覚子が、顎に指を当てる。
「高等部二年で、学年トップクラスの秀才らしいけど……ちょっと強引っていうか、思想が強すぎるっていうか。極端なところがあるんだよね~」
そう言って、苦笑交じりに肩をすくめる。
「昨日の堅物といい」
ジェーンは憤然と言った。
「詐欺まがいの行為を行う不届き者といい……学園の中枢たる生徒会の長に、そのような者が立候補するなど、到底看過できませんわ!」
「とはいえさ」
覚子は軽い調子で続ける。
「他に生徒会長やりたがる人、いないみたいだし。。先生ウケもいいから、このままだと、どっちかが当選するだろうね~」
「……」
その言葉に、駒がそっと手を挙げた。
「でしたら……」
二人を見る。
「ジェーンさんが、立候補してみたらいかがですか?」
「……ワタクシが?」
目を丸くし、戸惑うジェーン。
だが、その表情は次第に思索へと変わっていく。
――生徒会→元老院。
――生徒会長→執政官。
――執政官→権力者。
――権力者→支配者。
「……!」
ハッと何かに気づき、勢いよく立ち上がる。
「つまり――学園の支配者となるんですわねっ!」
「いや、生徒会長にそんな大層な権限ないから」
目を輝かせるジェーンに、即座にツッコむ覚子。
だが。
「当選してしまえば、こちらのもの!」
しかし、野望に燃えるジェーンの耳に、その言葉は届いていなかった。
「いずれクーデターを起こし、生徒会を絶対君主制に変えてみせますわ!!」
「……」
とんでもないことを宣うジェーンに、駒と覚子は、顔を見合わせ、苦笑した。
「でも……」
駒が、ふと不安そうに問う。
「一年生でも、生徒会長になれるんですか?」
「中等部のコは無理だけど」
覚子が答える。
「一年生でも当選した例は、あるみたいだよ」
「でしたら――」
ジェーンは、にっこりと笑った。
「アナタたちも役員に立候補なさいな」
胸を張る。
「そして、ワタクシの野望の手助けをしていただきたいですわ」
「じゃあ……」
駒は、少し照れながら。
「私も、生徒会役員に立候補してみます」
「おお、心強いですわ!」
「でもさ」
覚子が、ふと思い出したように言った。
「ナデシコ、推薦人のアテはあんの?」
「……推薦人?」
首をかしげるジェーン。
「会長立候補者はね」
覚子は指を立てる。
「誰か一人、推薦人が必要なの。応援演説もしなきゃいけないんだよ」
「……知りませんでしたわ」
思い巡らせる。
――自分のために、そこまでしてくれる友達。
……それは、ただひとりだけ。
「ふぅ」
覚子は、やれやれ、といった感じで肩をすくめた。
「じゃあ、アタシがやってあげるよ。推薦人」
「……覚子……!」
ジェーンの瞳が潤む。
その手を、ぎゅっと握る。
「ありがとうございます……やはり、持つべき者は友達ですわ!」
「ちょ、ちょっと……」
少し照れる覚子。
だが次の瞬間。
「当選した暁には」
ジェーンは高らかに宣言した。
「この学園の教義をプロテスタントに改め、イングランド式の教育プログラムを導入してやりますわッ!!」
「独裁者かよっ!」
覚子のツッコミが、教室内に響いた。
――処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ。
生徒会選挙という名の戦場に、降り立つ決意を固めた瞬間であった。
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第15話は、
「処刑エンド令嬢、その野望は隠せない」
をお送りします。
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