第11話 処刑エンド令嬢、エゴサしてへこむ
※前回の「処刑エンド令嬢」
休日の公園で歩きスマホをしていたジェーン・グレイ。
飛んできたボールに気づくのが遅れ、あわやという瞬間、
お姫さま然とした少女に助けられたのでした
翌日――
ゴールデンウィークの市立図書館は、休日らしい静かなざわめきに包まれていた。
児童書コーナーからは小さな笑い声。
閲覧席では、学生や社会人が思い思いに本を開いている。
冷房はまだ控えめで、紙とインクの匂いが、どこか心地よい。
その一角。
大きな閲覧テーブルに、数冊の本が積まれていた。
『テューダー朝の権力構造』
『宗教改革と王権』
『イングランド王位継承史』
――すべて、イギリス史。
そしてそれらを、腕を組んで睨みつけている少女がひとり。
ジェーン・グレイ――灰島ナデシコである。
「アイムバムド……。やはり、どれを読んでみても、ワタクシに関する記述は少ないですわね」
不満げに、ぽつり。
この図書館に来た目的は、至って単純だ。
――前世の自分が令和の時代でどのように伝えられているのか、それを調べるため。
要は、エゴサである。
九日間の女王・ジェーン・グレイ。
歴史の教科書では名前だけ。
専門書でもほんの数ページ。
(処刑されるくだりだけ、やたら詳しいのは何故ですの……)
必ずつきまとう、悲劇のヒロイン像。
ため息をつき、ページをめくる手を止めた、その時。
ふと、視界の端に、見覚えのある姿が映った。
数席離れた閲覧席。
まっすぐな栗色の長い髪。
ぴん、と背筋の伸びた優雅な姿勢。
本を読む横顔は、まるで肖像画の中のお姫様のよう。
(昨日、公園で会った……)
そして、視線を下に移すと。
やはり、ガニ股である。
ジェーンは立ち上がり、少女の近くまで歩み寄ると、わざとらしく咳払いをひとつ。
「……こほん」
少女は顔を上げた。
「駒形さん、ですわよね?」
「? ……ああ、昨日の歩きスマホの方ですね」
穏やかな声。
一瞬首をかしげたものの、忘れてはいなかったらしい。
ジェーンは身を屈めて小声で、そっと告げる。
「……また、ガニ股になってますわよ」
「えっ?」
少女は慌てて自分の足元を見下ろし、ぱっと脚を閉じた。
「す、すみません……。気づくと、勝手に足が開いてしまって……困ったものですね」
まるで、他人事のような物言い。
その一言が、ジェーンの胸に、すとんと落ちる。
(……やはり、この方)
感じていた疑念が、ひとつずつ確信へと姿を変えていく。
「あれ?」
少女が首をかしげる。
「でも、私……まだ、名前を名乗ってませんでしたよね?」
「ソーリー。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
ジェーンは、スカートの裾を摘み上げながら少し腰を落とし、優雅に一礼する。
「ワタクシ、清心女学園高等部一年の灰島ナデシコと申しますわ」
「灰島……さん」
そして、付け加える。
「アナタ、この辺りでは有名人ですので。自然と、ワタクシの耳にも、そのお噂が入ってきましたの」
「そ、そうなんですか……」
駒形は頬を赤らめ、照れたように視線を落とす。
「何だか……恥ずかしいですね」
この反応。
作っているようには、到底見えない。
「同じ清心女学園の先輩だったんですね」
ぱっと顔を上げ、にこりと笑う。
「はい。一年一組ですわ」
「良かった……。知っている方が同じ学園にいて、少し安心しました。あ、私は中等部二年三組です」
その言葉に、ジェーンは小さく微笑み返す。
そして、自然な流れで、駒形の手元に視線を落とした。
『山形県の歴史』
『悲劇の日本史』
「あら?」
ジェーンは首をかしげる。
「今日は、文学書ではありませんのね?」
「ええ」
駒形は、本の背表紙を指でなぞりながら答える。
「ちょっと……調べたいことがありまして」
(きっと……同じ、ですわね)
イギリス史を漁る自分。
日本史を漁る彼女。
偶然にしては、出来すぎている。
瞬間、可能性は確信へと変わった。
ジェーンは、静かに息を整えた。
そして――
意を決して、切り出す。
「駒形さん」
駒形が顔を上げる。
「アナタ……本当は」
声を、わずかに落として。
「ご自身の前世にまつわる情報を、調べていらっしゃるのではなくて?」
「……え?」
駒形は、瞬時に言葉を失った。
大きく見開かれた鳶色の瞳が、呆然とジェーンを映す。
図書館の静けさが、急に重く感じられた。
答えは、まだ出ない。
だが――
歯車は、確実に噛み合い始めていた。
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ――
疑念から“確信”へと手を伸ばした瞬間である。
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第12話は、
「処刑エンド令嬢、奇跡のような、この出会い」
をお送りします。
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