第10話 処刑エンド令嬢、ガニ股の姫君と会う
※前回の「処刑エンド令嬢」
体育という地獄の苦行を乗り越えたジェーン・グレイ。
その後、廊下で会った那波先生にジェーン・グレイを評してもらうと、
とても辛辣な答えが返ってきたのでした
ゴールデンウイーク――
陽射しはやわらかく、空はどこまでも高い。
ジェーン・グレイ――灰島ナデシコは、穏やかな陽気に誘われるように外へ出て、近所にある大きな公園をひとり歩いていた。
しかし、ただの散歩ではない。
「これはこれは……愉快痛快ですわ……」
画面に映るのは、短い動画が次々と流れてくる不思議な箱庭。
猫が跳び、料理が完成し、誰かが歌い踊る。
(このワタクシをすっかり魅了して……。文明の利器とは、かくも恐ろしいものですわね……)
すっかり画面に見入ったまま、ジェーンは歩いていた。
――完全なる、歩きスマホである。
元々スマホに並々ならぬ興味を抱いており、つい先日、父にスマートフォンを買ってもらったばかりなのだから、浮かれるのも無理はない。
*歩きスマホは大変危険です!
読者のみなさまは絶対にマネしないでください!!
と、次の瞬間。
「ファウルボールーっ!」
遠くから、子どもの声が響いた。
次の瞬間、
空気を切り裂くような音とともに、白い球体が弧を描きながら、ジェーンの元に飛んでくる。
「……え?」
顔を上げたときには、すでに遅かった。
――が。
ひゅん!
影が、視界を横切った。
ひとりの少女が、颯爽と跳躍する。
瞬間、栗色の長い髪がふわりと舞う。
少女は右手を伸ばし、素手で――
ぱしっ!
乾いた音。
ボールは、その手の中に収まっていた。
左手には、分厚い文庫本。
ページには栞が挟まれたまま。
少女は、そのまま体勢を崩すことなく着地し、野球場の方へと視線を向ける。
そして、大きく振りかぶると――
ぶおんっ!
投げた。
しなやかで、無駄のないフォーム。
白球は一直線に風を裂き、百メートルは離れているはずのキャッチャーミットに――
ズドンッ!
吸い込まれるように収まる。
「……す、ストライーーーークッ!」
思わず審判がコール。
場が、どよめいた。
少女は何事もなかったかのように、本を握り直し、ジェーンに穏やかな微笑みを向ける。
「歩きスマホは、危ないですよ」
それだけ言い残し、去ろうとする。
「……あ、あの!」
呆然としたまま、ジェーンは頭を下げた。
「ありがとうございました、ですわ……」
その背中を見送りながら、ふと気づく。
(あら? ……あの方も、歩きながら読書を……?)
それなのに、
まるで周囲すべてを見通しているかのように、
一切の危なげもない。
「……お待ちになって!」
思わず、呼び止めていた。
二人は、公園のベンチに並んで腰掛けていた。
「緑茶でよろしかったですわよね?」
ジェーンは自販機で買ったペットボトルの緑茶を、先に座っていた少女に差し出す。
「はい。 ……ありがとうございます」
少女は両手で丁寧に受け取ると、深くお辞儀をした。
ジェーンもまた、自分用に購入した缶紅茶を開けて一口――
その時、改めて少女の顔を見た。
まっすぐに伸びた長い栗色の髪が陽に透け、鳶色の瞳が静かに揺れる。
整った顔立ち。
背筋の伸びた姿勢。
手元の本は、古典文学。
(……お姫様……?)
思わず見惚れるほどの、清楚。
――そして、視線を下に移した。
ガニ股である。
「――ぶっっっ!!」
予想だにしなかったギャップを目の当たりにし、ジェーンは口に含んだ紅茶を盛大に吹き出してしまう。
「ちょ、ちょっとアナタ!? スカートでガニ股は、はしたなくてよっ!!」
「っ……す、すみません!」
少女は下に目を向け、慌てて脚を閉じる。
「つい、クセで……」
そして顔を赤らめ、小さく首をかしげた。
「……まだ、この体に馴染んでないのかなぁ……?」
少女が不意にもらしたその一言に、ジェーンの胸が、わずかにざわつく。
しかし、その違和感の正体を掴むより前に、少女は立ち上がる。
「お茶、ありがとうございました」
飲み掛けのペットボトルをショルダーバッグの中にしまい、礼儀正しく一礼すると、再び歩き読書をしながら、少女は公園の人波へと消えていった。
*歩き読書も大変危険です!
読者のみなさまは絶対にマネしないでください!!
「今の子、駒形姫乃だよね?」
「えっ!? 清心女学園中等部の?」
「そうそう。野球部でスポーツ万能の」
ベンチの後ろを歩いている集団が、さっきの少女について話をしている。
「でもさ、超体育会系で、性格もガサツだったのに――春先に事故で入院してから、人が変わったみたいに文学書ばっか読むようになったらしいよ」
(人が変わったみたい、って)
ジェーンは、思考を巡らす。
(……事故で入院……性格の急変……)
胸の奥で、何かが静かに噛み合う。
「……まさかっ!?」
何かに気づいて、ハッと立ち上がる。
まだ、確証はない。
けれど。
この世界に、自分のような存在が他にいたとしても――
おかしくはないのかもしれない。
風が吹き、公園の木々がざわめいた。
「同じ清心女学園なら、近い内にまたお会いするかもしれませんわね……」
処刑エンド令嬢・灰島ナデシコ――
新たな出会いの予感に、心がざわついた瞬間であった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第11話は、
「処刑エンド令嬢、エゴサしてへこむ」
をお送りします。
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