アトゥカーラファミリー
「本気ですか!その話!」
ギルド連合会議から帰ってきたショーンはアンに顛末を教えた。ショーンは問題が解決した為気楽なものだが、その内容に納得できないアンは驚きのあまり声を荒げた。
詰め寄るアンにショーンは椅子にふんぞりかえりながら極めて冷静に答えた。
「ああ、冒険者ギルドからの紹介だ」
さも当然のように語るショーンだが、アンにとっては冒険者ギルドからの紹介なんて事はどうでもよかった。
「でも危険過ぎます。相手はマフィアですよ!」
時はギルド長会議まで遡る。
「アトゥカーラファミリーって知ってるか?最近の都に入ってきたマフィアでな。そこの資金源になってるホテルを潰して欲しい」
ハンスがショーンに紹介した仕事場はマフィアが運営するホテルであった。勿論商人ギルドに勤めているショーンなのでそのホテルには心当たりがあった。
最近できたばかりのホテルでマフィアがやっているとは全く知らなかった。
「マフィアがやってんなら潰せばいいだろ?」
「ここは法治国家です。悩ましいですが法的に問題なければこちらも手を出せないのです」
トゥーリオの短絡的な意見に副団長は悔しそうな表情を浮かべながらホテルを潰せない理由を語った。
確かに思い返してみてもホテルを営業する上で提出された書類にはなんの不備もなかった。代表としてやってきた男の身分証明も犯罪歴は無く、仲介料もしっかりと払ってくれた。だから商人ギルドは空いている土地を紹介した。
「都には昔からサッキーノファミリーってのもいる。ここで手を組まれるのも抗争を起こされるのも騎士団としては避けたいらしい。冒険者ギルドにも相談されたが何か起きない限りこちらも手を出せない」
ハンスの話に副団長も頷いている。ショーンは詳しい話は知らなかったがアトゥカーラファミリーの事は騎士団と冒険者ギルドで既に話し合っていたらしい。
「そこでその仕事先を潰せる男を送り込めば解決って訳だ。それが本当ならな」
「助かります!」
ショーンはハンスの紹介を快く受け入れた。迷いなんて欠片も無かった
ハンスはショーンが語った仕事先を潰し回る男の事を信じていなかった。だがショーンが困ってるならと軽い気持ちでホテルを紹介した。
ハンスにとってはちょっとした人助けのつもりであり、何も期待していない。それよりもさっさと会議を終わらせて帰りたかった。
これがギルド長会議で行われた内容である。
「マフィアが経営してると言っても従業員はマフィアとは関係無い一般人らしいし。別にマフィアを壊滅しろとは言ってない」
問題が解決したショーンの心は穏やかであった。呑気に紅茶を飲んで完全にリラックスしていた。しかしアンは納得していない。
「でも潰したと気付かれたらホーディ君が危ないのですよ?」
「これまでもクレームは入ってないんでしょ?なら大丈夫だよ。それに見舞金もいつかは底をつく。その前に仕事を見つけてあげなきゃ」
やはり今回もアンはショーンを説得できるだけの根拠を持ち合わせていなかった。
少しの沈黙の後「……分かりました」と絞り出し頭下げて執務室から出ていった。
執務室で一人になったショーンは久しぶりに穏やかな時間を過ごした。
受付に戻ったアンはホーディにホテルの仕事を紹介した。
「こちらのホテルでの仕事は如何ですか?詳しい内容は書いてませんが裏方の雑務全般らしいです」
出来るだけいつもと表情を変えずにアンは淡々と説明をした。もしいつもと雰囲気が違うとホーディに気付かれてしまう、そんな気がしていた。
しかしそんな心配は杞憂であった。
「ありがとうございます!中々仕事が見つからなくて困ってたんです」
ホーディは満面の笑みでお礼を言った。これはこれでアンの後ろめたさを更に増幅させた。
「こちらがギルドからの紹介状です」
「はい!ありがとうございます!今度こそ長く続けます」
紹介状を受け取ったホーディは立ち上がり早速ホテルに向かおうとした。騙されているとも知らず確かな足取りで去ろうとしている。
その時アンも立ち上がり大声を出した。
「ホーディ君!」
「何ですか?」
アンはホーディを呼び止めたがその後に続く言葉が何も出なかった。真実を話すわけにもいかない。
ホーディは黙っているアンを不思議そうに見ている。このまま黙っていては怪しまれる。
アンは口をパクパクさせながら何とか自分に言えることを絞り出した。
「ホーディ君、気を付けて下さいね。何か問題が起きたら直ぐにギルドに報告して下さい」
アンが言えるのはここまでであった。仕事を紹介するだけでここまで不安になる事はこれまで無かった。しかしアンの本心など知らないホーディは元気よく答えた。
「はい!気を付けます!」
おそらくホーディは何も理解していない。何を気を付けるのかも分かっていない。ただ反射的に元気に答えただけであった。




