ギルド長会議
執務室の椅子に座る商人ギルドのギルド長、ショーンは酷くやつれていた。
ラグーロ商会が取り潰された事による影響は甚大であり、その影響をモロに喰らったのは商人ギルドであった。
ショーンは商人ギルドのトップとしてあちこちに出向き頭を下げる毎日を送り心をすり減らした。ギルドに帰れば多くの仕事が山積みになっており今度は体をすり減らしながら次々に舞い込む仕事を片付けていった。
ここ数日ギルドに泊まり込み、自宅の暖かな布団で眠りにつくことはなかった。これほど自宅が恋しいと思ったことはこれまでの人生でなかっただろう。
そうして身も心もボロボロになってようやくショーンの仕事は一区切りついた。
「酷い目にあった……」
何も無い宙を眺めながらショーンは呟いた。それを聞いていたのは受付のアンである。
「ギルド長の指示ですからね?ホーディ君をラグーロ商会に向かわせたのは」
アンはショーンに強く当たった。ショーン程ではないがアンもここ最近仕事に追われて疲れ気味であった。
「だって本当に潰れると思わなかったから」
「私何度も言いましたよね?」
「それは本当に申し訳ない!」
まさかこんな事態になると思っていなかったショーンは今更事の重大性に気付いたのだ。
だが行く先々の仕事場が潰れるなんて話を真に受ける方がおかしいのだ。責任転嫁するつもりはないが自分のせいと言われるのは少々納得できなかった。
「だけどこうなるといよいよウチでは手に負えなくなってきたな……」
ショーンは頭を抱えた。これまで通り仕事場を紹介してまた潰されては困る上に、今回のような商人ギルドを巻き込んでの大騒動になる可能性も出てきた。
また同じような騒動が起きればショーンは良くて辞任で、最悪過労死してしまう。
「見舞金はありますがホーディ君、働く気満々なんですよね……」
「少し大人しくしててくれないかな……また厄介事を起こされるとギルドの方が潰れてしまう」
疲れからか何一つ良い案が浮かばないショーンはまた何も無い宙をぼけっと眺めた。もう何も考えたくなかった。
「ホーディ君の件もそうですがこれからギルド連合の定例会議がありまよね?そろそろ出発の準備をして下さい」
アンが今後の予定を話すとショーンの瞳に光りが戻った。
「そうだ!そこで議題に出そう!ウチでは扱いきれない!」
疲労が溜まり半ばヤケクソ気味なショーンだがアンは冷静であった。
「信じてくれるのですかね?」
「とにかくあのトラブルメーカーの責任をウチじゃなくて他にやりたい」
「私は会議に参加しないので好きにして下さい」
ショーンは立ち上がり執務室から出ていった。希望が見えたショーンの足取りはほんの少しだけ軽くなっていた。
ギルド連合の会議は各ギルドの代表が集まる。国からの依頼やギルド単体ではどうにもできない案件を共有して解決する為である。
最近では国から街道を作る依頼がギルド連合にあった。
資材の仕入れを商人ギルドが。街道の整備を職人ギルドが。魔物や野盗から守る為に冒険者ギルドが実際に動いた。
そんなギルドのトップが集まる会議には五人参加していた。
「商人ギルドは大変だったらしいな」
ショーンに声掛けた大柄の男は冒険者ギルドのギルド長、ハンスである。元冒険者の為顔に傷があり、そのデカい体と相まって非常に威圧感のある風貌であった。
「ええ、ようやく落ち着いたところです」
「そっちが混乱してるせいでこっちの仕事も止まってんだ」
文句を言ってきたのは職人ギルドのギルド長、トゥーリオである。ハンス程ではないがガッチリとした体をしており、髭を生やした見た目はいかにも頑固おやじと言った顔つきをしていた。
「本当に申し訳ありません。今日から通常業務に戻っていますので」
ギルド連合では序列は無いのだが、見た目に圧があるハンスとトゥーリオに対してショーンはいつも腰が引けていた。
「あんまり攻めてやるな。ここではみんな対等なんだ。お前さんもペコペコするな」
「ありがとうございます。まあこれは商人の癖のようなものですので」
ハンスに注意されショーンは恥ずかしそうに笑った。そんなショーンを情けないと言わんばかりの目で見ていたトゥーリオはため息を吐いて喋り出した。
「それで?今日の議題は?どうせラグーロ商会のことだろ?」
トゥーリオが勝手に仕切っているがこれは今日の会議の進行がトゥーリオだからである。ギルド連合会議に序列は無いが進行役は必要なので順番に進行役を引き受けている。
トゥーリオの言葉に一人の男が手を上げた。
この男は騎士団の副団長であり、国の代表としてギルド連合の会議に参加している。
「はい、私から話させてもらいます。騎士団からは関係者の捜索を冒険者ギルドに。押収された隷属の短剣の出処の捜査を魔導士ギルドに依頼します」
副団長は国からの依頼を読み上げた。
「ウチは構わないが関係者ってのは?」
「都にいた商会の人間は大体は拘束しましたが、鉱山にいた人間は逃げ出しています。それらの拘束と都に移送をお願いしたい」
「分かった」
副団長からの依頼を冒険者ギルドのギルド長、ハンスは引き受けた。国からの依頼は報酬金も美味しいが、なにより依頼元がはっきりしているのがいい。
続いて副団長はこれまで喋らなかった一人の老婆に目を向けた。
「魔導士ギルドには隷属の短剣の捜査を。国としては違法な魔道具の回収と入手先の特定を急いで欲しい」
「構わんよ」
そう一言だけ口を開いた老婆は魔導士ギルドのギルド長、ミラールである。かなりの高齢に見えるが正確な年齢を知っている者はこの中におらず、ショーンが商人ギルドで働き始めた時から既に魔導士ギルドのギルド長の席に座っていた。
「騎士団からは以上です。後で詳しい内容を伝えます」
「他に喋りたいのはいるか?」
トゥーリオが見回すとショーンが申し訳なさそうに手を上げていた。
「あのーほんの少しお時間を頂戴しても?」
「なんだ?」
ショーンは話し始めようしたが少し後悔していた。商人ギルドから出る時は疲れからか名案だと心躍っていたが、よくよく冷静になってみれば誰がこんな話を信じてくれるのかと。
だが手を上げてしまった以上ショーンは話すしかなかった。
「信じられない話かと思われるでしょうがラグーロ商会を潰した人間が商人ギルドにいまして」
「騎士団は聞いてないぞ」
副団長はショーンを睨んだ。これまで物腰穏やかであったが流石騎士だけあってその目付きは鋭く、ショーンは怯えさせた。
「いえ、報告を怠っていた訳ではなく。あまりにも突拍子の無い話なので話すか迷っていたのです」
「いいか話してみろ」
グダグダ話すショーンにトゥーリオは続きを促した。
「最近都にやってきて仕事を探しているホーディという男がいるのですが、その男はこれまで四つの仕事場を潰してきました」
「なんだそりゃ?犯罪じゃないのか?」
トゥーリオが疑いの目を向けてきたがショーンは即座に首を振り否定した。
「いえ、何故か働き出すとその仕事場が潰れるのです。それでいよいよ紹介先が無くなったのでラグーロ商会を勧めたらそこも潰れて」
「信じられないね」
ミラールはショーンが喋った内容を疑っていた。魔導士ギルドに長く勤めているミラールでさえもそんな事例聞いた事がなかった。
「分かってます。ただこちらとしても紹介する度に仕事先を潰して回られ困っているのです。ラグーロ商会も悪い噂があったので潰れても問題ないかと思ったらギルドは大混乱で。なのでどなたかお力をお借りできないでしょうか?」
ショーンは頭を下げて懇願した。その姿を見た一同はショーンが疲れから頭がおかしくなったと思っていたが、どうやら本気だと悟った。
「そんな奴働かすなよ」
「無駄に就労意欲だけは高いんです!そいつは!」
トゥーリオの指摘にショーンはヤケクソ気味に答えた。
ショーンが持ち込んだ謎の依頼に一同困惑する中、これまで黙って聞いていたハンスが口を開いた。
「仕事先を紹介すればいいのか?」
「はい」
「それならいい所がある」
ハンスは自信たっぷりにニヤリと笑った。その笑みにショーンは不安を覚えたが断る選択肢など無かった。




