真相
鉱山での大規模な落盤と奴隷紋の消失が同時に起こった日より二日前、ラグーロ商会の店に突如セレブライトが現れた。
従業員から報告を受けたラグーロは慌てて店先に出てセレブライトを出迎えた。
「これはこれはセレブライト様!どうされました?何か品に不備でも?」
ラグーロは走って来たので息を荒くして額には汗も流れている。
「ああ、そうだな。これを見てもらうか」
セレブライトは執事に命令すると二人掛かり平たい木箱を持って来させた。その木箱は平たく大きなものであった。
執事が木箱を開けると中から見事に真っ二つに割れてしまった大皿が姿を現した。
それを見たラグーロの血の気が一瞬で引いた。走った事で赤みがかってた顔も真っ青である。
「こ、これは!申し訳ありません!直ぐに新しい物と取り替えます!」
全力で頭を下げてセレブライトに謝罪した。そんなラグーロの謝罪をセレブライトは冷めた目で見ている。
「その必要は無い。これは私が注文した品では無いから」
その言葉を聞いてラグーロは安堵した。しかしラグーロは頭を下げているので分からないがセレブライトの瞳は相変わらず冷たいままである。
「積み込みの時に紛れ込んでしまったのでしょう!わざわざセレブライト様自らお届け下さるとは!申し訳ありません!」
「だが不思議な事に箱には私宛になっているのだ。注文していない筈の品がな」
ラグーロはセレブライトが何を言っているか分からなかった。セレブライトの発言を何度も反芻し一体どんな状況ならそのような事が起こるか考えた。時間にすれば五秒にも満たないがラグーロの頭の中ではそれ以上の時間が猛烈な勢いで過ぎて答えを導き出した。
「では、箱に間違えてセレブライト様の名を書いてしまって。それを積み込んでしまったのでしょう。これからこのような失態がないように細心の注意を払います」
ラグーロが考えて導き出される答えはこれしかなかった。だが何故セレブライトがそんな事でこの場に直接出向いたのかは未だに不明である。
「うむ。だが私が問題としているのはそこではない」
「まだ何か我々どもの失態が?」
ラグーロはセレブライトが何を言いたか全く分からなかった。だが一言一言ラグーロの発言を見定めているのはなんとなく想像はついた。返答を間違えれば間違いなく良くない事が起こる。それは容易に想像がついた。
しかし、これまで発言した事に何か問題があったのか振り返るがまるで見当がつかない。
「お前の目利きは大した物だと信頼している」
「お褒めに預かり光栄です」
今度は褒め出したセレブライトにいよいよラグーロは混乱した。
何故わざわざ出向いたのか?何故そんな冷たい声で喋るのか?何故突然褒め出したのか?
ラグーロはセレブライトの意図が全く分からなかった。
混乱するラグーロはセレブライトの声によって現実に引き戻された。
「それなのにこの皿は質の悪い贋作ではないか」
ここで初めて冷静であったセレブライトが大声を上げた。その圧は店の窓ガラスを声だけで割るんじゃないかと錯覚させるほどのものであった。
「が、贋作!失礼!確かめさせて頂きます」
木箱の中にある大皿を見るとラグーロはここで初めて贋作の皿だと気付いた。いつもなら簡単に見分けられる筈だが急な出来事に頭が回らずこれまで気付くことが出来なかった。
「こ、これは確かに贋作でございます……」
ラグーロは掠れる様な声で答えた。ラグーロの額から滝の様な汗が流れていく。
ただの贋作ならまだしも従業員をはめる為に用意した罠用の贋作の皿である。そんな物がセレブライトの目に入っては悪事がバレる可能性がある。
「私はここを贔屓にしているが悪い噂は入っている。なんでも従業員に贋作をわざと割らせて奴隷にさせていると」
「め、滅相もございません!私共はそんなことを!敵対する商会の悪質なデマでございます」
「私もただの噂程度では動かん。ただこうして割れた贋作がある以上、噂の信憑性が増しているのだ」
セレブライトの圧にただ圧倒されるラグーロは必死に言い訳を考えた。
道行く通行人も二人のただならぬ雰囲気を察してか足を止め、少しづつ野次馬が形成されていた。
「あ、あ……そうだ!思い出しました!」
「何をだ?」
ラグーロはたった今考えた言い訳を話し始めた。
「そちらの品は確かにセレブライト様の為に用意した物でございます!日頃贔屓にして頂いてるセレブライト様への贈り物でございます!ただ私が品を確認した所、酷い贋作だと直前で気付き間違いが起きないよう割ったのです!」
「ほう?それで?」
とにかくラグーロは必死で考えた出まかせを紡ぐしかない。それがどんなに稚拙でもこの場で釈明しなければ必ずや捜査の手がラグーロ商会に及ぶからだ。
「それを従業員に伝え忘れ、誰かが積み込んだのでしょう。いや、申し訳ありません。全てこちらの確認不足と連絡不足による失態でございます」
「そうか。それなら理にかなっているな」
セレブライトは納得したようであった。
その言葉を聞きラグーロは安心した。この場を収め時間を稼げば証拠を隠滅すればいい。
「はい!こんな事にセレブライト様を巻き込み大変申し訳ございません!」
「ああ、それと積荷の中に手紙が入っていたのだ」
「手紙ですか?」
「これだ」
セレブライトは一枚の手紙を取り出した。それは貴族が使う様な上質な物では無い。小汚い紙であり、そしてそこには汚い文字が綴られていた。
――セレブライト様へ
品物の皿を割ってすいませんでした。平民の私では到底返せる金額ではありませんがラグーロ会長が直ぐに弁償できる鉱山を紹介してくれたのでそこに行きます。必ず弁償しますので待っていて下さい。ホーディより
「が……あ……これは……」
ラグーロは手紙の内容に驚愕した。隷属魔法によって行動が制限されているのに何故かこの場にあるはずのない手紙が存在していた。
混乱するラグーロは昨日の事を思い出した。奴隷になった筈なのに好き勝手に動いたやたらとうるさい男の事を。
隷属魔法によって縛られた人間は主人に反抗する事は出来ない。
――まさか!アイツは本心でこの手紙を書いたのか!
ホーディはラグーロを告発するつもりなど微塵もなく。セレブライトに本当に申し訳ない気持ちを手紙に綴ったのだ。
その為、隷属魔法によって縛られる事は無かった。
セレブライトはラグーロを殺すような目つきで睨みつけた。
「贋作の皿を割ったはずなのに鉱山送りか」
「いや、これは違う……」
「いや皿を割ったのはお前だったか?」
ラグーロの目は泳ぎに泳ぎに、その目線はいったい何処を見てるか本人さえも分かっていない。どうにか言い訳を考えなければならないのは分かっているが、何一つ案が思い浮かばない。
「おそらくこの者は隷属魔法によって制限されている中で知恵を絞って私に助けを求めたのだろう」
「そんな……これは」
ラグーロが何の言い訳も捻り出さずにいると店の中が騒がしくなり、振り返ると店の入り口から騎士達がゾロゾロと出てきた。そして後ろには拘束されたコントラートが真っ青な顔でついて歩いてる。
「ラグーロ会長……これは……」
助けを求める顔で縋るような声を出すコントラートだがラグーロにはどうする事も出来ない。
「裏手に騎士団を配置していた。証拠を隠滅させない為にな。噂程度では私は動かんが証拠品と告発状があれば話は別だ。それに私の名を利用した疑いもある。神妙に騎士団の調査を受け身の潔白を証明しろ」
「はひぃ……」
もう逃げられないと悟ったラグーロはその場に力無くへたり込んだ。
ラグーロ商会の調査を瞬く間に行われ、不正の証拠が見つかり即時お取り潰しとなった。
隷属魔法の契約はラグーロ商会の会長の名によって結ばれたものである為、ラグーロ商会が無くなれば隷属魔法の契約も消失する。
これにより遠方にいたホーディ達の奴隷紋が突然消えてしまったのだ。その事を知る事になるのはホーディ含む奴隷達が都に帰ってきてからである。




