トナーリャ王国
トナーリャ王国、ホーディが住むイテハルン王国と国境を接する大国である。大森林や山脈を有するトナーリャ王国は常に魔物の脅威に晒されており、安全な土地を求めていた。
王であるエライソ・トナーリャが治めるこの国は、侵略に次ぐ侵略によってその領土を拡大させていき、魔物がいない新たな土地を求めた。イテハルン王国が侵略されなかったのは国境が大河であり、侵略が困難であっただけである。もし機会があればエライソ王はいつでもイテハルン王国に戦争を仕掛けるつもりでいた。
しかしそんなエライソ王による戦争は長らく行われていなかった。エライソ王は高齢であった。最早戦争を仕掛ける気力も無く床に伏せる時間が多くなった。
国王の体調は国の重要機密であり、この事は城の中で緘口令が敷かれいた。その為国王の体調など知る由もないトナーリャ国民は戦争の無い束の間の平穏な日々を送っていた。
国民達も大きい声で言えないが戦争にはうんざりしていたのだ。領土を広げるが国民には旨味が無く、戦争という事で税も増やされた。その為、国民はこのまま平穏な日常が続けばいいと心の中で思っていた。
しかし、そんなトナーリャ王国にまた戦争をする噂が広がっていた。国は傭兵を集め、武器や保存食を大量に用意している。過去何度もあった戦争前の空気そのもので国民は不安を募らせていた。
この戦争を準備しているのはエライソ王ではない。王位継承を狙う二人の王子の思惑であった。
トナーリャ王家には継承権はあれど継承順位は存在しない。武勲を立て相応しい者が王になるべきと考えられていた。
そこで二人の皇子が目を付けたのが何故か国内が混乱している隣国のイテハルン王国である。これまで侵攻が出来なかったイテハルン王国から領土を奪えれば王位継承に相応しい成果と言えた。
第二王子であるゴーマンは騎士達に出立の準備を急がせていた。
騎士達に命令を飛ばすその険しい表情の眼力は鋭く、鍛え抜かれた体は鎧の上からでも分かるほどである。
「準備を急げ!モタモタするな!」
「「はっ!」」
ゴーマンの命令に騎士達は動きながらもしっかりと返事をした。
ゴーマンが急ぐのは理由がある。第一王子のオウフェもハルフルト王国を狙っている。となればどちらが早く国境に着くかの争いであった。戦果を上げなければならない両者にとってこの出立は重要な事である。
ゴーマンが自身の騎士団に命令をしていると一人の騎士がゴーマンに近付き小声で話し始めた。
「ゴーマン殿下、お耳に入れたい事が」
「何だ?」
ゴーマンは目線を合わせずに返事をした。
「ドラゴンが出没したとの知らせが入りました」
騎士の報告にゴーマンの表情が一瞬で変わった。ゴーマンはその鋭い視線だけ騎士に向けた。
「真偽は?」
「兵士からの報告ですので信憑性は高いかと」
「それは誰にも伝えていないな?」
「はい」
力を重んじるトナーリャではドラゴンの討伐は大変な名誉であり王位継承には十分な実績である。
ゴーマンは考えた。
――どうするか……成功するか定かではない戦争より、ドラゴン退治の方が現実的でないか?最悪戦場を共にすれば暗殺の恐れもある。そもそもオウフェの奴と一緒に侵略してどう優劣をつけるか……
そして少し考えた後ゴーマンは結論を出した。
「トナーリャへの侵攻は中止だ。ドラゴンの討伐の準備をしろ。決してオウフェに悟られるなよ」
「はっ!」
ゴーマンの突然の予定変更に誰も異議を唱える者はおらず、直ぐに装備をドラゴン討伐のものに切り替えていった。
そんなゴーマンの動きを第一王子のオウフェは当然ながら察知していた。
ゴーマン同様出兵の準備を急がしているオウフェの下に部下から報告が届いた。
「なにやらゴーマン殿下の出立が遅れるようです」
「なんだと?奴め何を狙っている……」
オウフェは立派な顎髭を撫でながら考えた。
――この期に及んで尻込みしたとは考えられん。手柄を得るには先陣を切らねばならないのに何をするつもりだ?それとも本当に準備に手間取っているだけか?
オウフェはゴーマンの意図が分からなかったが必ず裏があると確信していた。オウフェはゴーマンの事が邪魔で仕方なかったがその実力だけは認めていた。
「我々も様子を見ましょうか?」
「いや、予定通り我々は出立する。奴の狙いがどうであれ戦果を上げればいいだけだ。ただゴーマンの動向は見張っておけ」
「分かりました。そのように」
オウフェはゴーマンを警戒しつつ当初の予定通り準備を進めた。
ゴーマンは城に残りオウフェはイテハルン王国との国境に向かって出発した。王子であるオウフェが出立する為、国民は歓声を上げて送り出したが胸の内は不安や恐怖でいっぱいであった。
そんな歪な出立の様子を城の窓から一人の女性が見ていた。綺麗なドレスに身を包み美しいティアラを身につけた髪の長い女性である。
この国の姫であるセイレンであった。
「オウフェ兄様が出立したのね」
セイレンの悲しそうな表情で後ろに控えている執事に声をかけた。
「はい、イテハルン王国へ侵攻するようです」
「王位の為に不要な血が流れるのですね」
セイレンは力こそものを言うトナーリャ王国の姫でありながら争いを嫌っていた。つまり力によって王位を手にせんとする二人の兄の事も嫌っていた。
「諦めないで下さい。セイレン殿下にも王位継承権はあります」
長年セイレンに仕えてきた執事も力によって支配するのではなく、平和主義のセイレンこそ次期王に相応しいと考えていた。
「二人の兄様のように武力を持たない私では誰も認めないでしょう」
「武功だけが全てではありません。国民は優しいお心を持ったセイレン殿下こそ次期国王に相応しいと思っています」
「国民の意志だけでは王には成れません。兄様達についている貴族達を説得できるだけの材料がなければ……」
執事の説得虚しく、セイレンは最初から王位継承争いを諦めていた。
セイレンは堂々と出発するオウフェの後ろ姿を悲しそうな目で見つめながら見送ることしかできなかった。




