ラグーロ商会
「ここがラグーロ商会かぁ。でかいなぁ」
ホーディが出向いたラグーロ商会は都の一等地にその店を構える大商会である。ロマク侯爵の後ろ盾により設立されたラグーロ商会は一代で急成長し、今や誰もが羨む大商会の仲間入りを果たした。
そこで取り扱うのは最高級の陶器である。古今東西から集められた選りすぐりの陶器は都に住む貴族達の手に渡る。
しかしそんな陶器に関してならその名を知らぬ者はいない程の大商会であるラグーロ商会はある黒い噂が囁かれていた。それは違法な奴隷取引である。
ここで働いていた筈の平民が突如姿を消して行方不明になっている。そしてその平民は奴隷になり何処かで強制労働させられている、そんな恐ろしい噂がラグーロ商会にはあった。
もちろん会長のラグーロは根も葉も無いでまかせだと一蹴しているが、悪い噂はいつまで経っても消えなかった。
そんな噂を知らないホーディは意気揚々とラグーロ商会が運営する店の前に来た。店の前には四十代位でキッチリとスーツを来た男性が立っており、いつまで経っても店の前で呆けているホーディにズカズカと近寄ってきた。
「なんだお前は?ここは貴族様御用達の店だ。お前のような奴は相手していないんだ」
明らかに貴族ではない見た目のホーディを見て男は威圧的で不機嫌そうな声でホーディを追い払おうとした。
「あの商人ギルドからの紹介で来ました」
そんな男の機嫌など無視してホーディはアンから渡された紹介状を男に見せた。
「ああ、募集をかけてた奴か」
「ホーディです!これからよろしくお願いします!」
納得した男にホーディは元気に挨拶をした。それは通行人からジロジロ見られる程の大声である。しかしホーディはそんな事は気にしない。
「はいはい、じゃあ早速仕事をしてもらうから着いてこい」
「はい!」
ホーディは大きな声で元気に返事をした。
「そんな大きな声を出さなくていい。ここは品のある静かな店なんだ」
「分かりました!」
「……」
ホーディは男の忠告を聞き、大きな声で元気に返事をした。
呆れた男は店の裏口にホーディを連れて行った。店の裏は大きな倉庫になっており、そこから品の搬入をして表の店では決して積み卸しを見せないようにしていた。
倉庫に入ると多くの木箱が積み上がっており、忙しなく従業員が動いていた。
裏口に到着した馬車から木箱を下ろして、そして契約済みの品を送る為に別の木箱を馬車に載せていく。
しかし倉庫の中に活気は無かった。誰もが急ぎ懸命に仕事をこなしながらも決して騒がずに慎重に木箱を運んでいた。
「私はこの店を任せられているコントラートだ。ラグーロ商会は貴族相手に商売をしている。学のない平民を貴族の相手をさせる訳にいかない。そこでお前にはこの倉庫で働いてもらう」
店長のコントラートは簡単に仕事の説明を始めた。それをホーディはいかにも聞いてますという感じで頷いているが本当のところは誰にも分からない。
「ここでお前は指示された物を運ぶだけでいい。持って来いと言われたら直ぐに持ってきて、馬車に積み込めと言われたら直ぐに詰め込む。ただそれだけだ、簡単だろ?」
「はい!学の無い自分でも出来そうです!」
「元気に自虐するんだな、お前は」
「はい元気だけが取り柄ですから」
ホーディとの会話に若干の疲れを見せつつもコントラートは説明を続けていく。
「まあいい、それと一番重要なのがここは最高級の陶器を扱っている。お前が一生働いても買えないくらいの値段の物だ。くれぐれも慎重に扱い傷付けないように」
コントラートがチラリと見た先にあったのは大きな壺である。それも所々に細工が施されており、壺の周りには薄らとした綺麗な色で花々が描かれていた。
ホーディが日常的に水汲みで使う様な実用的な物ではなく、飾り付け鑑賞する為の壺である。芸術に対する知識の無いホーディも一目で高価な物だと理解した。
「はい!気を付けます!」
ホーディは倉庫に響き渡る声で返事をしてコントラートの忠告を心に刻んだ。
倉庫内に置かれた机の引き出しからコントラートが一枚の紙を取り出し無操作に机の上に投げ捨てた。
「これが契約書だ。文字は読めるか?」
「はい!村で読み書きを習いました」
契約書を拾ったホーディは書かれている条項をざっと読んだ。
書いてあるのは一般的な就業規則だが最後の行に気になる条項があった。
いかなる状況であろうとも商品を傷つけた時、どんな手段を用いてもその賠償を必ずする事。
いかなる状況、どんな手段を用いると言ういかにも危なそうな文言が入ってるがホーディは深く考えず全く気にしなかった。
「読み終えたら下に名前を書け」
今度はペンを机の上に転がしてホーディに寄越した。
ホーディはそれを拾うと言われた通りに契約書に自分の名を書いた。これで極めて怪しい契約は結ばれた。
それを確認したコントラートは薄っすらと笑みを浮かべた。それはお世辞にも綺麗とは言い難い下品な笑みである。
「よしでは頼んだぞ?割ったりしたら弁償するのだぞ?」
「はい!頑張って弁償します!」
「違う!割るなと言ったのだ」
そうしてホーディはラグーロ商会の倉庫で働き始めた。
倉庫での従業員の扱いはあまり良いものではなかった。店長であるコントラートの指示の出し方は人を見下すような言い方をしており。疲れ一息吐こうものなら容赦なく罵声を浴びせられた。
そんな環境でも従業員は嫌な顔はするがせかせかと真面目に働いていた。
理由は至極単純であり賃金が良いからだ。流石大商会とだけあって一般的な平均賃金の二倍を払ってくれた。
過酷で辞めていく者も多い、そして不吉な悪い噂もある。それでも募集をすれば人が簡単に集まるのはこの賃金の高さ以外のなにものでもなかった。
そんな中ホーディは自前の明るさと丈夫な体で生き生きと働いていた。
あれこれ命令されるのを嫌う人間もいれば、命令された方が頭を使わずに働けて楽と考える人間もいる。ホーディも何も考えていないわけでは無いが命令された方が怒られる事もなく伸び伸びと働けた。
ホーディが倉庫で働き始めて数日経った頃、店長のコントラートがラグーロに呼び出された。
会長であるラグーロの執務室は店の二階にありいつもそこで仕事をしていた。
コントラートが執務室に入るとラグーロが豪華な椅子に座って待っていた。
ラグーロはいかにも成金という見た目で不健康そうな太った中年男性である。高級そうなスーツは贅肉によりパツパツで悲鳴を上げていた。
「お呼びでしょうか」
「明日セレブライト様がお見えになる。私も店に行くがくれぐれも抜かりのないのように」
ラグーロが言ったセレブライトとはラグーロ商会の大口の顧客である。貴族であるセレブライトが来店する時は必ずラグーロも店まで降りて接客をしている。
「承知しました」
コントラートが頷き部屋を出ようとするとラグーロがそれを呼び止めた。
「それと鉱山で一人使い物にならなくなったようだ。適当に一人用意しろ」
ラグーロりまるでちょっとお茶を持ってこいと言わんばかりの軽い口調でコントラートに命令を下した。
「またですか?」
「ああ、落盤事故だそうだ」
「こう何度も人がいなくなると怪しまれるのでは?」
難色を示すコントラートにラグーロは興味なさげに窓の外を見ている。かく言うコントラートも落盤事故と聞いても何の感情も湧いていない。ただ手間が掛かるなと面倒臭がっていた。
「そっちはロマク様が何とかしてくれるだろう。とにかく言われた通り用意してくれ」
「人選はこちらで?」
「好きにしろ。私はセレブライト様のお迎えの準備をする」
ラグーロは完全にセレブライトの事が気がかりでそれどころではない。これ以上話しても無駄と分かりコントラートはあっさり話を切り上げた。
「お任せください」
そう言い執務室を出たコントラートは二階から倉庫で働いている従業員をざっと見下ろした。倉庫の中を忙しく動き回る従業員達はコントラートに見られているに気付いていない。
そこで一人の男に目が止まった。
その男は身寄りが無く、家に帰っても心配する家族はいないと周りに愚痴をこぼしていたのをコントラートは知っていた。
コントラートはその男に決めた。




