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騒動

ホーディが研究所の納屋で掃除を始めて三日経った。

 不用品を処理場に持って行こうと研究所の門を潜るとそこに厳つい男が立っていた。

「ワーマはいるか?」

 明らかに一般市民でない風貌の怖そうな男は初対面のホーディに対して高圧的な態度をとっているがホーディは丁寧に対応した。

「ワーマさんですか?朝見かけましたよ。研究所にいると思います」

「あんがとよ」

 ホーディは特に男の風貌を気にすることなくワーマが研究所にいる事を正直に話した。そして何事も無かったかのようにゴミを抱えて処理場へと歩いていった。

 男はホーディと別れた後そのままズカズカと研究所に行き玄関の扉を開けた。

 突然開かれた扉に研究員が驚いているとドスの効いた声で男が叫んだ。

「おい!納品はまだか?」

 その声で周りの研究員が恐怖のあまり萎縮し誰も動けなかった。誰もあんな怖い見た目の男とは関わりたく無い。

「おい!まだかって聞いてんだろ!」

 その声を聞きつけ慌ててワーマが玄関先まで走ってきた。

「声が大きい!何度も叫ぶな!それに昼間に来るなと言っているだろ!」

 ワーマはどんなに相手が怖かろうと物怖じせずに面と向かって文句を言った。そんなワーマ相手に男は引き下がらない。

「お前がいつまで経っても納品しねーからわざわざ来てやってんだよ!」

「必死に作っているが材料が足りない」

「なら買えばいいだろ」

「あんたらが抗争しているせいでその手の素材の購入に制限が掛けられているんだ」

 ワーマが言っている事は本当であった。

 サッキーノファミリーが何故か魔導具を大量に使用している事から何処かの研究所が横流ししていると魔導士ギルドは考えた。そこで簡易的な対策として殺傷性のある魔導具を作るための素材に購入制限をかけた。

 勿論サッキーノファミリーに魔導具を横流ししていたのはワーマ達である。

「知ったことか。こっちは先に金も払ってんだ。それともここに卸した捕獲禁止されてる動物について漏らしてもいいだぜ?」

「うぐぅ」

 ワーマは男に脅され何も反論できなかった。

 ワーマは自身の研究の為にサッキーノファミリーと手を組んだが、今はそれが足枷となってワーマを縛り付けていた。

「伝えたからな。明日には持ってこい」

 男は言うだけ言って研究所を後にした。

 ワーマは怒りに肩を振るわせながら地下にある秘密の実験室に向かった。

 階段も音を立てながら降りて行き、その音だけでも不機嫌なのが誰でも分かった。

「くそくそくそ!戦うしか脳の無いクズがワシに偉そうに!」

 ワーマは大声を上げながら周りにある物に当たっていると、その大きな音に檻の中で寝ていたドラゴンが鳴き始めた。

「きぃぃぃ!」

「うるさい!素材風情が騒ぐな!」

 ワーマは檻を蹴っ飛ばしてドラゴンを黙らせた。ガンと大きな音を立てて檻が揺れまだ子供のドラゴンは怯えて檻の隅で丸くなってしまった。

 このドラゴンはワーマがサッキーノファミリーに依頼して捕獲させたドラゴンである。

 まだ小さかったこのドラゴンは捕まり親と離れ離れになってしまった。そしてこの研究所に来てからは地下にある檻に入れられて閉じ込められていた。

 そんな可哀想なドラゴンを無視して助手は気まずそうにワーマに質問した。

「どうしますか?一応容器の方はできていますが、火炎魔石が手に入らず作業が止まっています。素材さえあれば明日には間に合うかと」

 助手の質問にワーマは苦虫を噛み潰したような顔をして考えた。

「都中の魔道具店に行って魔道具を買い占める。それを分解して材料にするぞ」

 その声と表情は明らかに不本意であるのが丸分かりである。

「それだと依頼料から足が出ますが」

「バレたら終わりだ。サッキーノが抗争に負けても終わりだ。我々はやるしかない!」

 ワーマには後が無かった。それはマフィアと手を組んだ時からいつかこうなる決まっていた運命であったが、それでもワーマは足掻こうと必死であった。

「分かりました。ですが都中を回るとなると手が足りません」

「ワシも行く!総動員で買い占めるのだ」

 ワーマは息を荒げながら階段を上り、上の階にいた研究員にこのことを伝えた。

 ワーマの指示の下、研究員は一斉に外に飛び出して都にある魔道具店に向かった。

 これだけ大きな動きを見せれば何かあったと勘付かれるのも分かっているが、それでもワーマは止まることが出来なかった。

 全ての研究員が出払ったのを確認してワーマは外に出た。そこで丁度処理場から帰ってきたホーディに鉢合わせた。

「あ、お出かけですか?」

「うるさい!お前は帰れ!」

 現状を知らずに呑気な挨拶をするホーディにイラついたワーマは怒鳴りつけて立ち止まらずに去っていった。

 それからワーマを含め研究所の面々は都中の魔導具をかき集めた。新品、中古、値段を問わず、分解して素材になる魔道具を片っ端から買い占めた。

 ワーマも馴染みの店で魔導具を買い、研究所に戻る途中、何やら研究所の方向から煙が立ち上っているのが見えた。

 ワーマは根っからの研究者気質であり、勘なんてものには頼らず生きていたがこの時ばかりは嫌な予感がした。

 魔導具を抱えながら研究所に向かって走っていくと研究所の門の周りに野次馬が大勢いた。

「退け!ワシの研究所だ!退け!」

 そうやって人混みをかき分けて先頭に立ち目の前に研究所が見えた。いや研究所であった建物らしき廃墟が見えた。

 壁は崩れ、至る所から煙と火が上がり、時折爆発しながら瓦礫を宙に飛ばしている廃墟である。

 周りには研究員が水魔法で消火を試みているが、火の勢いが強すぎてどうにもならい。

「研究所がーー!あばばばばばば!」

 ワーマの心は完全に壊れてしまった。地面に膝をつき頭を抱えながらワーマは人目を憚らず絶叫した。

「ワシの研究所が燃えている!長年の夢が!ゴミカス共と手を組んでまで続けた研究がー!」

 そんな絶望しているワーマの背後に先程納品を急かした厳つい男が立っていた。その顔は怒りに震えており目つきだけで人を殺せそうである。

「テメーがよこした魔道具、不良品じゃねーか!」

 男が怒鳴り不良品の炸裂球をワーマの背中に投げつけた。背中に物が当たったのにも関わらずワーマは全く反応しない。

「お前か……」

 ワーマはそう呟くとゆっくりと立ち上がり振り返り叫んだ。

「お前か!ワシの研究所を燃やしたのは!」

 ワーマの目は血走っており厳つい男は恐怖でほんの少しばかりみじろいだ。

「は?何言ってんだ!」

「殺してやる!」

 ワーマはもはや正気ではない。懐から杖を取り出して厳つい男に向かって突きつけた。

 そして杖の周りに火の玉が現れて男に向かって飛んでいく。

「うわ!何しやがる!」

 無数の火の球が宙を舞い、男はそれから必死に逃げている。

「死ね!死ね!死ね!」

 ワーマは周りの人が必死に止めるがそれを振り払い執拗に男を追いかけた。それは老人とは思えない程の足の速さであった。

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