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魔導士ギルド

魔導士ギルドはその名の通り魔導士達が集まって作られたギルドである。

 主な業務は多岐に渡る。魔導士見習いの為の師匠を斡旋したり、逆に人手が足りない魔導士に有望な魔導士見習いを紹介したりもする。

 貴重な素材を融通する為に魔導士ギルドを仲介したり、新たに作られた魔法陣や魔導具の申請をしその版権を保護するなどある。

 元々は魔導士達が勉強会をする為に集まっていたのが魔導士ギルドの始まりである。しかしあらゆる要望を受け入れていく内に魔法に関わる全てのことが魔導士ギルドの仕事になった。

 そんな魔導士ギルドの建物は都の中心地から外れた所にある。一般人には縁がない為利便性を欠いた立地であり、何かと厄介な物が運び込まれる為、都の中でもあまり人が寄り付かない閑散とした場所にあった。

 そこに出入りする魔導士の怪しさから事情を知らぬ人が見たら完全に危ない組織の根城に見えた。

 そんな魔導士ギルドのギルド長執務室ではミラールに呼び出されたギルド職員の女性、アッシーがミラールからの指示を聞いていた。

 アッシーは長い髪を後ろで束ねキッチリとスーツを決め込んでおりその見た目から魔導士には見えないが立派な魔導士である。ただ魔導士ギルドの職員は魔導士から魔導の才能が無かった為ギルドで働いている凡人として舐められる傾向にある。

 アッシーも魔導士として学院で学び、弟子入りしたがその実力は早々に頭打ちとなり魔導士ギルドの職員となった。

「本当にそんな奴をウチに入れるのですか?」

 そんなアッシーが懸念を示したのはホーディを魔導士ギルドに受け入れる事である。事のあらましをミラールから聞いたアッシーはミラールの正気を疑った。

「面白いだろ?」

 そんなアッシーの心配をよそにミラールは皺だらけの顔で不気味な笑みを浮かべている。

「ウチが潰れたらどうするのですか?」

「その時は責任とって私が辞めるだけさね」

「そんな無責任な!ギルド長が辞められると困ります!」

 必死でアッシーが説得するがミラールはのらりくらりとそれをかわしてまともに受け取ろうとしない。

 魔導士ギルドの職員は魔導の才能が無いがギルド長は別である。ギルド長は才能と実力がある者が選ばれる。そうでもしないと魔導士は誰もギルドの指示に従わなくなるからだ。

 その為ミラールがギルド長を辞めると別の才能溢れ、ギルド長をやってくれる変わり者を探さなくてはならないのだ。

 そうこうしているうち執務室の扉が開かれギルドの職員が入ってきた。

「失礼します。約束の方がお見えになりました」

 どうやら二人が話しているうちにホーディが魔導士ギルドに到着したようだ。

「来たようだね。まずは呪いじゃないか調べようじゃないか」

 ミラールは高齢ながらウキウキと軽い足取りで執務室を出て行き、それを諦めた表情でアッシーもついて行った。

 

 魔導士ギルドに訪れたホーディは早々に職員に連行されて謎の機器をつけられていた。

 椅子に拘束されたホーディの両手首に光るアンクレットを付けられて、頭には目まで覆う大きな被り物を被せられていた。

「これって何ですか?」

 特に説明もされなかったホーディは今の状況を全く理解できていなかった。

 ホーディの質問に答えたのは着々と準備を進めるアッシーである。

「ホーディさんは行く仕事先が次々に無くなるんですよね?」

「はい!不思議ですよねー」

「もしかしたら何かの呪いじゃないかと考えまして、今はそれを調べます。あと少し声が大きいです」

「おお!やっぱり呪いなんですね!」

「今それを調べている最中です。あと少し声が大きいです」

「いやー偶然にしてはおかしいなと思ってたんすよー」

――うるさいなぁ……

 耳元で大声で喋るホーディにアッシーは心の中で愚痴をこぼした。

 それからもずっと大声で喋るホーディを受け流しながら魔導具を起動した。

 準備には時間がかかるが魔導具が薄く光ると検査は一瞬で終わった。

 

 ホーディの検査が終わり、ミラールがその報告書を見ている。その様子をアッシーは固唾を飲んで見守っていた。

 そしてミラールはため息を一つ吐いた。

「結果は特に何も無いね」

 今回の検査では何も反応が無かった。つまりホーディに呪いはかけられていない事になる。それは間近でホーディを見ていたアッシーも薄々勘付いていた。

「私も見た感じ呪いの気配はありませんでした。話してみても少しうるさいくらいの普通の人です」

「じゃあやっぱりこの無能ってのが原因かい」

 ミラールが持っている紙には呪いに関する記述はないが、備考欄に無能の文字が書かれていた。

「無能ってほぼ呪いじゃないですか」

「だからそれを調べるんだろ?」

「どうやってですか?」

 魔導士ギルドに備えられている判定機では測れないものをどのようにしてミラールは確かめるのかアッシーには分からなかった。もしかしたらギルド長だけが知っている秘術があるのかと考えた。

 そんなアッシーの疑問にミラールは当然のように答えた。

「働いてるところを観察すればいいだろ」

「何処で?」

「ここでさ」

「本気ですか!」

 アッシーは柄にもなく大声をあげた。

「静かにおし、このギルドが潰れても同じようなモンができるだけさ。小僧には力仕事でもやらせておきな。私は少し休むよ」

 そう言いたことだけ言ってミラールは椅子にもたれたまま目を閉じて眠ってしまった。こうなってはアッシーも起こすことができない。


「ここで働くんですか?」

 アッシーはミラールが勝手に決めた事をホーディに説明していた。

「原因が分からないので実際に働いてるところを観察することになりました」

「ここも潰れませんか?」

 ホーディの心配はもっとであり、それはアッシーも気にしている事である。

「それはホーディさん次第です。でも何かあれば直ぐに止めるので安心して動いてください」

「分かりました!」

 ホーディは元気よく返事をした。先程まで心配していたのにその表情に曇りは無い。その様子に本当に分かっているのかアッシーは疑っていた。

「とりあえず今日は魔導書の移動をお願いします。魔導士ギルドで取り扱う物は重量のある物もあるですが魔導士は皆非力なので」

「任せて下さい!」

「ここにある魔導書を鑑定室に持って行きます」

「はい!」

 魔導士にも力仕事が必要になる。

 持ち込まれる魔導書は一人につき大体一冊だが、それが一日に何人もの魔導士が持ってくると受付には大量の魔導書が積み上がっていく。

 それらを右から左に移動するだけでも非力な魔導士にとっては重労働であった。

 しかしホーディはこの重い荷物を運ぶだけの仕事が合っておりアッシーに言われるがままどんどん魔導書を運んでいった。

 その日の仕事は何一つ問題なく終わり、ホーディは魔導士ギルドで働く事になった。

 ホーディは魔導士ギルドで魔導士らしい事は一切やらず荷物運びに徹した。持ち込まれる魔導書に薬の材料になるやたらと思い何か角、誰が使うか分からない無駄に大きい魔導具等。とりあえず重そうな物は全てアッシーの指示の下ホーディが運ぶ事になった。

 そんな仕事を数日続けたが魔導士ギルドが潰れる事はなかった。

「小僧の様子はどうだい?」

 ミラールはアッシーを呼び出してホーディの経過観察を聞いていた。

「それが特に問題無く真面目に働いています」

「ギルドが潰れそうな兆候は?」

「全くありません。それに明るく職員からの評判も非常に良いです。率先して力仕事を引き受けてとにかく動き回って追いつくのが大変です」

「無能って訳でもなさそうだね」

「確かに少し抜けている所はありますが無能呼ばわりされる程では無いですね。やっぱり仕事先が潰れるのはただの偶然では?」

「何か無能を発揮する条件があるのかね。それか仕事先に何か共通点があるとか」

「悪い仕事場とかですか?マフィアとか悪徳商人とか」

「なるほどね……」

 ミラールは何かを思い付き、おもむろに引き出しを開けて黒い短剣を取り出した。

「それって鑑定依頼されてる短剣ですよね」

 アッシーが言った通り、その短剣はラグーロ商会から押収され騎士団から出所を調査して欲しいと頼まれていたものだ。

 ミラールはこれまでと違い真剣な面持ちになった。

「そう、まだ確証は無いがおそらくワーマがこれを作った」

「ワーマさんですか!」

 アッシーが驚くのも無理はない。ワーマは非常に優秀な魔導士であり、この都に大きな研究所も構えている。

 その優秀さから次期ギルド長に推される程の人物であり、多くの魔導士の規範となり憧れの的であった。

 そんなワーマが犯罪に手を染めている可能性があるとなると大問題であり、場合によっては魔導士ギルドの存続にも影響がでる可能性があった。

「声が大きいよ」

 ミラールの指摘にアッシーは声を潜めた。

「失礼しました……でも鑑定しても何も分からなかった筈では?」

「刻印された呪文の癖だね。昔からの付き合いだからなんとなく分かるのさ。ただ追求できる程の証拠じゃないのがね」

「じゃあどうするのですか?」

「小僧をワーマの研究所で働かせる。そこで問題が起きればギルドが介入できる口実になるだろ?そこでちょろっと物色すればいい」

「怪しまれますよ?」

「それでもいいさ、兎に角なにか口実ができればいいのさ」

 ミラールは不気味な笑みを浮かべた。これではどちらが悪者かアッシーには分からなかった。

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