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招待

アトゥカーラファミリーのボス、シンザー・アトゥカーラの下に取引失敗の報は直ぐに届いた。

「こっちに出て来て初めての取引だぞ!」

 この幹部からの報告に激怒しているのがそのシンザーである。

 シンザーはまだ三十代でありながらアトゥカーラファミリーを田舎の用心棒から巨体勢力に成長させた切れ者である。

 いついかなる時も冷静なシンザーであったがこの時ばかりは取り乱していた。

「どうしますか、ボス?金も品も失いました」

「取引自体はサッキーノファミリーとのパイプを作る為のものだ。品が手に入らなくてもさして問題ではない。だが向こうの人間が捕まったのなら話は別だ。どう責任をとるか……俺が直接行くべきだったか……」

 幹部の男が不安そうに見ているがシンザーはぶつぶつ独り言を言い始めた。

「情報を漏らしたのはウチと決まった訳じゃありません」

「そうだな、だが向こうはそうは思うかは別だ。マフィアなんて元来気性が荒い連中が多い」

「敵対しますか?」

「それはもう少し力をつけてからだ。今は争う時じゃない」

 アトゥカーラファミリーもいつかはサッキーノファミリーを壊滅させてこの都を仕切るつもりである。しかしそれは今ではない。もう少し地盤を固めてから確実に事を進めようと計画していた。

 その為には今サッキーノファミリーと敵対する事だけは避けたかった。

 シンザーはしばらく考えた後、これからの方針を決めた。

「前向きに考えよう。この失敗を次に生かすんだ。ここは詫びも兼ねてホテルに招待しよう。多少頭を下げる事になるが最終的に俺らが勝てば問題ない」

「分かりました」

 シンザーの決定は絶対である。幹部は意見する事無くそれを受け入れた。

 これまでもシンザーの判断が間違っていた事はない。シンザーの指示を的確にこなすことによりアトゥカーラファミリーは急成長できた。

「貸切にしろよ」

 その指示には幹部も驚いた。ホテルを貸し切りする。そして招待と言うことは費用も全てこちら持ちである。それは多大な損失を被る事になる。

「貸切だとホテルの売り上げに影響がでますが?」

「俺たちはマフィアだ!ホテルが本業じゃねえ!」

 ふざけた質問をした幹部にシンザーはコップを投げつけ怒鳴った。

「すいません!ボス!」

 慌てて幹部は頭を下げて謝罪した。しかしシンザーの目にはまだ怒りが見える。

「招待は早い方がいい。相手が何かする前にな」

「急ぎます」

 これ以上怒鳴られる前に幹部は急いで部屋を後にした。

 

 数日後、とんとん拍子でホテルでの会合が決まり遂にサッキーノファミリーのボスが来る日となった。

 ホテルはこれまでの賑やかさはなく、レストランもカジノも大浴場も静まりかえっている。

 しかしスタッフは忙しなく準備に追われていた。これまで以上に掃除を徹底させ、どんな注文が来てもいいように厨房では食べるか食べないか決まっていない料理の下拵えを済ませていく。

 客が誰一人いない一階のフロントでは集められたスタッフの前に支配人が立ってミーティングを行っていた。

「今日はサッキーノファミリーがこのホテルにお越しになります。その為全館貸し切りです。くれぐれも失礼のないように。そしてサッキーノファミリーの要望は出来る限り叶えるように」

 全体への注意喚起が終わると支配人はそれぞれに細く指示を出していった。スタッフを各階に配置させてサッキーノファミリーのボスの他、その幹部や下っ端まで持てなさなければならない。

「俺は何をしますか!」

 未だ指示を貰えないホーディは元気よく質問した。

 支配人は手元の紙に目を下ろしてホーディの仕事を確認した。

「貴方は地下のボイラー室に行って風呂の湯を温める火の番をして下さい」

「分かりました」

 指示を貰ったホーディは地下のボイラー室に向かった。

 この大浴場も使うかどうかは未定である。ただサッキーノファミリーが入りたいと言った時に、「今お湯を沸かしております」などあってはならない事態である。

 そうしてサッキーノファミリーを迎える準備を万全に整え、ついに夜を迎えた。

 その夜は緊張感に包まれていた。

 ホテルの前には多くのアトゥカーラファミリーの構成員が出迎える為に待機しており、その威圧感は道ゆく人が近付かない程である。サッキーノファミリーがホテルで会合すると聞きつけた騎士団もホテルの近くで待機しており、何も事情を知らぬ一般人市民も何かあると勘付いていた。

 そんなアトゥカーラファミリーと騎士団が睨みを利かす玄関前に一台の馬車が停まった。

 馬車の周りには厳つい男達が囲み降りてくる者を出迎えた。

 馬車の扉が開くと六十代位の男が降りてきた。

 サッキーノファミリーのボス、フルッカー・サッキーノである。

 長年サッキーノファミリーのボスとしてこの都の裏側を支配してきたフルッカーは姿を見せただけでこの場の緊張感が一気に高まる程の気迫がある。

「ようこそ我がホテルへ」

 シンザーが前に出てフルッカーを出迎えた。今日ばかりは支配人ではなくシンザーが直々に接客をした。

 軽く手を上げ挨拶したフルッカーは少し辺りを見回した。

「噂には聞いていたが中々良いところだな」

「お褒めに預かり光栄です。今回は取引の詫びも兼ねて最大限おもてなしをします」

「なに、気にしちゃいない」

「それはよかった。ではこちらへ」

 一見穏やかな会話に見えるがシンザーもフルッカーの目も全く笑っていなかった。

 シンザーは一階にあるレストランにフルッカーを案内した。その後ろをぞろぞろとサッキーノファミリーの組員が並んで歩いていく。

 レストランに入るとシンザーは外から見えない真ん中の席に案内した。フルッカーが席に座るとその後ろにサッキーノファミリーの組員が警護するように立った。

 フルッカーの対面に座ったシンザーが合図をすると料理と酒が運ばれてきた。

 そうしてマフィアのボス同士の会食が始まった。

 会食は穏やかに進んだ。シンザーは注意深くフルッカーを見ているが特に機嫌が悪いように見えず、本当に取引失敗に関しては気にしていないようであった。

 シンザーがこのまま会食が何事もなく終わると油断した瞬間、レストランの入り口の扉が勢いよく開かれた。

「ボス!火事だ!地下から煙が上がってます!」

 サッキーノファミリーの幹部が飛び込んできた。扉の向こうには確かに黒煙が見える。それを見たフルッカーは迷う事なく席を立った。

「帰るぞ」

 シンザーが引き止める暇もなくにフルッカーはさっさとレストランから出ていった。

 黒煙が地下から湧き上がりスタッフが右往左往する中フルッカーは堂々とフロントを進み正面玄関からホテルを後にした。

 それをシンザーは呆然と眺める事しか出来なかった。

「くそ!なんでこんな時に!」

 シンザーはこの事態をどう収拾するかを考えていた。ホテルの火事もそうだが大事な会食がこんな形で潰されたのが痛かった。

 フルッカーが外に出ると上の階から怒鳴り声が聞こえてきた。

「オラ!やってやるぞ!」

「死ね!ゴラ!」

「ぐわぁぁぁぁぁ!!」

 四階から怒声が聞こえ、剣と剣がぶつかり合う金属音が聞こえる。それも一回だけでない。何度も何度も響き渡る。

「ボス!こちらへ!」

 玄関前に馬車が停められそれに乗り込もうすると四階の窓が割れて一人の男が落ちてきた。フルッカーのすぐ近くに落ちてきたがフルッカーは動じる事なくその男の人相を確認した。

「ウチの人間じゃねぇか……」

 そう言いそのまま馬車に乗り込んだフルッカーはこれまで警護してきた組員を睨みつけた。

「組員に伝えろ!徹底的にやれ!礼儀を知らない若造にこの街のルールを教えてやれ」

「はい!」

 馬車が走り出しそれを見送るとフルッカーの命令に組員は剣を抜きホテルの中へ乗り込んで行った。

 ホテルの中ではシンザーが部下から報告を受けていた。

「ボス!何人もやられました!奴ら俺らを潰すつもりです!」

 シンザーは諦めた。何故ホテルで戦闘が始まったか分からないがここから仲良く手を取り合っていこうなど到底無理な話である。

「もういい!遠慮するな!サッキーノファミリーを壊滅させろ!」

 シンザーの命令に組員は駆け出した。

 もう後戻りはできない。ここから二つのマフィアの激しい抗争が始まった。

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