商人ギルド
商人ギルド。それは個人の商人や大小問わず数ある商会の集まりで組織運営されているギルドの一つである。
業務は商会同士の業務提携の手伝い。職場の斡旋。新規事業への融資、相談など様々である。
都の大通りに面している商人ギルドの建物には日中多くの人が出入りし、活気付いているのが見ただけで分かる。
そんな商人ギルドの受付窓口に一人の男が相談にしていた。
「そのーまた働き先が潰れました」
男の名はホーディ。単身田舎から都に出てきて仕事を探している青年である。
短い黒髪を申し訳なそうに掻きながら喋るホーディの前には受付嬢のアンが机を挟んで座っていた。
「えーまたですか。これで四件目ですよ?」
アンはキッチリとした服装をしておりいかにも仕事出来ます感が出ている二十代位の女性である。本来なら相談者に対して嫌顔を一つせずに対応するべきだがホーディに対してだけは違った。
アンはホーディに職場をこれまで四つ紹介しているが、その全てが数日のうちに廃業していた。最初はアンも虚偽の失職で何か騙そうとしているのかと疑っていたが、確認したところ本当にホーディが出向いた働き先はホーディが働き始めて数日で廃業していた。
「田舎から出てきたからよく知らないのですけど、都会っていつもこうなんですか?」
「いえ、そんな事はありません……多分」
多くの商会や店が乱立する大きな都の為、店が潰れる事は何ら珍しくない。毎日の様に新しい店ができ、そして店が潰れていく。競争社会として当然の事だが、一人の男が行く先が確実に潰れるのは偶然で片付けられず何かあるとしか思えなかった。
「それで次の働き先を探しているんですが、紹介できますか?」
ホーディはそれでも元気に次の仕事先を探していた。行く先々で仕事が無くなっているがその顔には悲壮感は微塵も感じられず生き生きとしていた。
「少々椅子に座ってお待ち下さい。裏で探してきます」
「お願いします」
アンは席を立ち受付の奥へと引っ込んでいった。
その向かう先はギルドマスターの部屋である。その足は全く迷い無く、最初から仕事を探す気等なかった。
「失礼します」
ギルドマスターの執務室の扉をノックしてアンは部屋に入っていった。
部屋の中には多くの書類が積み重なり山になって机の前に座っているギルドマスターがいた。
「どうした?」
ギルドマスターは手を止めてアンを見た。
キッチリと整えられた髪に眼鏡をかけた細身の男こそこのギルドを任されているギルドマスターのショーン・ニンデスである。
「ホーディ君のことでお話が」
「ああ、勤め先が次々に廃業しているあの男か。まさかまたか?」
話を切り出したアンにショーンは呆れた顔をした。ホーディの件はギルド内でも噂になっていた。行く先々の仕事場を潰す迷惑極まりない男の事はショーンの所にもいよいよ報告が上がっており、たかだか一市民の事だがギルドマスターであるショーンもホーディの事をやんわりと知っていた。
「はい、これで四件目です」
「そいつが暴れているんじゃないのか?」
「いえ、ギルドからの紹介ですが向こうからはクレームが入っていません。なのでホーディ君は関係ないかと」
部下の報告を疑うわけではないがそんな偶然はそう何度も起きるものではない。商人ギルドに勤めて二十年になるショーンもこんな事態は初めてである。
「それじゃあそいつは呪われているか厄病神だろ」
「マスターあまりそういう事は口にしないほうが」
「すまんすまん。それじゃあ何処かの工作員か?」
ショーンは軽口を叩きつつ残りの可能性を口にしたがそんな事は無いと自身が分かりきっていた。このギルドには間者や工作員を炙り出す方法が用意されていた。
「ギルドに登録する時に鑑定しましたが特にそういった情報は記載されませんでした」
アンが口にした鑑定。それは商人ギルドに登録する時に必ず行われる鑑定魔法による身分証明である。水晶玉に手をかざす事で対処の個人情報を嘘偽りなく露わになる。これにより商人ギルドは身分の保証をして人材を派遣できるのだ。
しかしそんな鑑定魔法も完璧では無い。
「一流の隠蔽魔法を使ってるかもしれん」
ショーンが言った隠蔽魔法は自身の個人情報を隠蔽し、全く別の情報を表示させる事ができる。
「それだとこちらとしてはお手上げですね。ですがそんな能力のある他国の工作員が酒場とか工房を潰すことはないでしょう」
「まあ、そうだよな」
自分で口にしておいて馬鹿なことを言ったなとショーンは思った。
アンの言う通り、高度な隠蔽魔法を使う工作員がわざわざ商人ギルドに登録してやる事が仕事場を潰す事なんてありえない。そんな所ではなくもっと重要な政府機関が都には多数存在する。潜入して破壊工作をするならそっちが先な筈だ。
「一応鑑定した時の資料をお持ちしました」
アンが渡した紙には鑑定で表示された情報が書かれていた。
ホーディ、十八歳、男性
レバン村出身、犯罪歴無し
備考欄、無能
特に見るべき情報の無い紙をホーディはさっと読んだが気になる記述があった。
「ふーん、近隣の村の出身で働き盛りの十八歳か……この備考欄の無能とはなんだ?」
「それが鑑定した時に表示されたらしいです」
鑑定魔法では本人が気付いていない才能や能力も表示される。過去には商人になる為に都に来たのに剣の才能が分かり騎士団に入った者もいる。家が没落して商人になろうとした貴族が商売の才能があり家を再建した事もある。
本来ならそんな輝かしい才能が記載される欄にこの男は堂々と無能と書かれていた。これはあまりにも情けない。
「無能って……これじゃあ何も書かれていない方がまだマシだ」
「その時に鑑定した者に確認しましたが無能とはっきりと表示されこんな事は初めてで驚いたと。ホーディ君はそれを見て笑っていたらしいです」
「その男はそれでいいのか」
「昔からそそっかしくて失敗ばかりだと笑っていたと」
前向きなのは非常に良い事であるが無能のレッテルを貼られてなお笑えるのは前向きを通り越して無神経の疑いが出てきた。
ショーンは深く考えた。鑑定魔法の精度は非常に高い。そこに表示された事に無意味なことは無いはずである。となるとこの無能というのも何か特殊な力があるのではないかと。
「うーん、君から見て彼は何かありそうか?」
「いえ、明るく人当たりもよく職員からも評判はいいです」
「やっぱりただの偶然か……」
やはりどんなに聞いても仕事場が次々に潰れる理由は分からなかった。世の中には無能な人間なんていくらでもいる。だから仕事場が潰れるかと言えばそうではない。
ショーンが考えているとアンが申し訳なさそうに声を掛けた。アンはホーディを待たせてここに来ているのだ。これ以上待たせるわけにはいかないと思っていた。ホーディの事なら一時間でも二時間でもニコニコ待っていそうではあるがアンは心苦しい。
「それで次の働き先を探しているのですがどうしましょう?」
「また紹介しても潰されるんじゃないのか?」
「ここまで続くとそんな気がします」
そんな時ショーンに名案が降りてきた。先程の眉間に皺を寄せた顔からすっかりニヤニヤした顔に切り替わっている。
「そうだ!ラグーロ商会はどうだ?」
「え!あそこですか?良い噂は聞きませんが」
アンが難色を示すがショーンは意気揚々に話し続ける。
「だからいいんじゃないか。潰れたとしても我々の心は傷まない。潰れなくてもその男の働き先が見つかって嬉しい」
どっちに転んでも良いまさに名案である。それでもアンの表情は曇ったままだ。
「うーん気は進みませんが」
「こちらも紹介できる働き先は限られているからな。ものは試しだ」
「分かりました。そのようにします」
半分押し切られる形でアンはショーンの提案を飲んだ。アンもそれに反論できるほどの材料を持ち合わせていなかったのも理由の一つである。
そうしてギルドマスターの執務室から戻ったアンは待合室の椅子に座って待っているホーディの下に向かった。
「ホーディ君、お待たせしました」
「どこかいい所ありました?」
アンの表情とは違いホーディの表情は溌剌としていて、こんな人を半分騙すような形になるのはアンとしては忍びなかった。しかし仕事先をこれ以上潰すわけにもいかないしホーディも仕事をしなければ生きていけない。
「こちらのラグーロ商会はいかがでしょう?主な仕事は倉庫での荷物の搬入です」
アンはラグーロ商会が出した求人票をホーディに渡した。
求人票には場所や勤務体系、賃金など細かな情報が記載されている。
それを見たホーディは大声をあげて喜んだ。
「おお!それなら俺でも簡単にできそうです!体力には自信があるんで。それをやります!」
「ではこちらの紹介状をお渡しします。こちらをラグーロ商会に持っていって下さい」
考える時間も無くあっという間に仕事を決めたホーディにアンは商人ギルドからの紹介状を渡した。
「ありがとうございます!それでは!」
紹介状を受け取ったホーディはお礼を言うと駆け足で出口へと向かっていった。足取りは軽く飛び跳ねている様にも見える。
「ホーディ君……大丈夫かな……」
そんな明るい背中をアンは心配そうに見守る事しか出来なかった。