34話目─エラトマ防衛戦 その後─
───── 紫月 下旬 ─────
時が経つのは早いなぁと思う。
エラトマ防衛戦から早一月が経った。
アグニス国で変わった事と言えば、新兵が数百程が配属された事。
周辺国家ではそれなりに勢力図が変わった。
まず巨人族が治めるオーグァ国が滅びた。
オーグァ国の北に位置するアッシュ国との戦争中に横からノワル国の侵攻。
ほぼ拮抗していた戦力がアッシュ国とノワル国の挟撃によって打ち倒され滅びた。
生き残りの巨人族も居たが、捕虜にされ、何かしらの手段で兵士として扱っているらしい。
どんな手を使ってそんな事をしているのだろうか。
それと最北端に位置するドリムス国にも動きがあった。
ノワル国の北方地帯を占拠した。
またそれだけではなく。その勢いのままアルダーナ国を打ち倒し滅ぼしたらしいのだ。
彼らはノワルを中心とする選民主義を良しとせず、人間・魔族は手を取り合い共存すべきだと唱える国家というのを最近知った。
詳しい事はわからないが国王は人間らしい。
そうゆう人が居ると知るのだけでも嬉しく思える。
ノワルはドリムスの主義を当然良しとしない……最北端の土地を一度奪われたノワル軍は数万でドリムスを攻めたらしい。
当初はノワル国の勝利で終わるとほとんどの者は思っただろう。
だが結果は違った、僅か総兵力五千という数でノワル国の北方地域とアルダーナ国を滅ぼした。同じ人間がだ。
どんな手を使ってやったのか……それはドリムス国しか知らない。
アグニスも人間の防衛は受け入れているし、人間とも共存していきたいと思っている。
ドリムス国の人達と仲良くできればいいんだけど。
───── 蒼月 上旬 ─────
負傷兵も怪我が治り兵士達の傷が癒えた頃に出撃命令が出た。
ノワル国は現在こちらには目をくれずアッシュ国とドリムス国の二面戦闘をしているらしい。
そのため、アグニス国の目的……今のうちに隣国のヒッガーザ国を攻めるというものだった。
これは守る戦いではなく、相手を打ち滅ぼす戦い。
結果としては敵が居なくなるという意味で民の為になるが……そんなのは欺瞞だ。
……こんな考えは甘すぎるんだろうな。
殺し合いをする者は殺される覚悟があるから殺せると何処かで聞いた事が気がする。
そういう事なんだろうな。
「──でシュン話聞いてるか?」
因みに今現在作戦会議中なのをすっかり忘れていたな。
「まったく聞いてなかった、すまん」
その言葉に大きくリョウがため息をついている。
正直リョウじゃなければ怒鳴りちらすレベルだろうなとは思う。
「……ふぅ……で、どこら辺から聞いてなかった?」
「何処も何もリョウがいつ到着したのかも知らん」
とりあえず正直に話しておく。
最近考え事が増えるなぁ……
「お前より先に居たわ!!」
まったく気付かなかった。
もうちょっと何事にも集中しないといけないかな。
とりあえず謝っておこう。
「すまん」
「……もぅ、いいや……。シュンがまったく聞いてなかったので最初から言うぞー」
そういえば、ヒッガーザ国をどうするとかって……
ああ、そうだ攻めるんだった。
どこの大隊が割り当てられるんだろう?
それに、あそこは草原が広がる地帯だ、数で不利なアグニスはどうするのだろう?
「ヒッガーザ国にどうやって攻めるんだ?」
「聞いてるじゃねーか!! ……やだこの人……」
珍しくリョウが凹んでいる……珍しいものを見た。
まぁ、あまりいじりすぎるのも悪いか。
作戦会議中だし、他のメンバーにも迷惑がかかるからな。
作戦会議と言っても一時間足らずで終わった。
簡単に言ってしまえばヒッガーザ国に攻め込む大隊……今回は前回防衛戦に出れなかった大隊が当てられた。
第三大隊はアグニス防衛の任務との命令だ。
ヒッガーザ侵攻する大隊は。
あまり好きではないバダルギスが率いる第五大隊。
攻城戦や遠距離からの攻撃が得意と言われる第七大隊。
力押しではなく罠や奇策を多用する第八大隊だ。
アレティの警戒に第六大隊。
エラトマの警戒に第九大隊。
ハームカルムの警戒に第四大隊
残りの待機第一と第二部隊は休暇だ。
「にゃ~……第一と第二は休暇ですかニャ~……羨ましいかぎりニャーね」
ミィは休みじゃない事に不満のようだ。
「つか、今までが休暇みたいなものだったけどな……というか、アグニス国は治安がいいからほとんど警戒の必要もないんだけど」
リョウはそう言うが、間者等が入り込んでいるため警戒は必要だろう。
それにカエデを連れてきているのだ、彼女を狙わないとは限らない。
「だけど、捕虜の件もあるからいつもより警戒は強めた方がいいと思うぞ?」
「そうだな、じゃあ交代で警戒をしよう。何かあれば即座に連絡員送れよ? では、解散」
その言葉と一緒に敬礼をしてから退室していく。
にしても何するかなぁ……正直何をするわけでもないしなぁ。
少し考えたけど何かしたい事とか無かったので見回りでもする事にした。
まぁ……結果的に見回りできなくなったんだけど。
第三大隊の兵舎の入り口の前に女性が立っていた。
背丈は160cm程でローブで全身を隠している。胸や骨格で女性と分かる程度だ。
正直……とっても怪しい。
少し警戒しながら声でも掛けて見るか。
「……あの…何か御用ですか?」
一応何か用なのか聞いてみるが一瞬肩を震わせただけで、その後の反応がない。
誰だろうか怪しいなぁ。
「えーと……聞こえてますか?」
「……ぁ……ぇ……」
小さな声で何を言ってるのかわからない。
まぁ、とりあえず何か喋るまで待つ事にするか。
「……その……」
「はい、なんでしょう?」
また肩が震える。
よし、言い終わるまで黙っていよう。
「………」
大丈夫、誰かわからないけど女性だ。
たぶん旅の人で道にでも迷ったんだろう。
……もしかして、そう思わせる間者なのか……?
いやそれはないな。間者なら襲いかかってくるだろうし。
「………」
まだ黙ったままか。
どうしたものか……
ちなみに、第三兵舎は目立つ場所にある。
大通りに面しているからなんだけども。
傍から見たら……小さい少女を俺が叱っているようにも見える。
向かい隣で魚を売ってるフェルパー種の店主さんが見てるし。
その店先ではミノタウロスとナーガ族の主婦?が、こちらをチラチラ見ながら何かを小声で言い合っている。
なんか変な汗が流れてきたぞ……
「……すぅ……はぁ……」
少女が大きく深呼吸してフード部分を脱いで、顔を見て驚いた。
誰か想像できようか。
護衛を一人も着けず。
傍から見たら明らかに怪しい格好。
フードを脱いで現れた少女。リディ王妹様がこんな所に来ると思う人はいないはずだ。
「ぁ……お、王妹様!?」
しまった……驚いたせいで大声で叫んでしまった。
当然近くに居た人達もその言葉に固まる。
一分だろうか一時間だろうか? 短いようで長い沈黙が続く。
沈黙を破ったのはリディさんだった。
いきなり俺の腕を掴み入り組んでいる路地裏で引っ張り込まれる。
少ししてから後方でちょっと叫び声が聞こえた気もするが気のせいだ。
何故叫び声が聞こえるかもわからない。
「はぁ…はぁ……ここまでくればいいでしょうね……」
彼女は軽く息を切らせてこちらを見て笑顔になっていた。
そういえば……初めてだったかな、彼女の視線をしっかり見たのは。
彼女の笑顔を直視したためか鼓動が早くなっていく。
なんと返事をすればいいんだろう。
まったく言葉が出て着ない。
たぶん、今の俺の顔ってすごいまぬけな面してそうだ。
というか、これじゃさっきとまったくの逆だなぁ……
とか考えてたらちょっとおかしくなって、噴出してしまった。
「ど、どうしたのですか!?」
「い、いや……つい、さっきと状況が逆だったからさ」
そう言うと彼女も第三兵舎前での事を思い出して笑い始めた。
って……なんで王妹様はこんな所に居るんだろうか?
俺に用事? 何か不味い事でもしたかなぁ……心当たりはないんだけど。
「王妹様、どうしてあんな所に?」
「リディです」
「え?」
「リディと呼び捨てで呼んでください、私もシュンと呼ばせてもらいますから」
あれ? そういえば前まではリディ様って言ってたっけ。
久しぶりだったので呼び方忘れたなんて言えないよな。
「すいません……リディ様は」
「リディ」
なんというか、雰囲気が怖くなってく気がする。
けどなぁ……俺は一人の人間で彼女は王族だからな。
……それって差別か。
人種の差別を無くそうと言ってるのに、庶民と王族で差別するのはどうなんだろうか。
彼女に失礼なのかな。彼女自身も呼び捨てでいいと言っていたし。
うん……
「……え、えーと……リ、リディは何故あそこに?」
リディと呼ぶと満面の笑顔で「はい」と答えてきた。
こんな笑顔をされたら大半の男はときめいてしまうだろう。
……可愛いな。
俺は何を思ってるんだ? 可愛い……って思ったのか?
うーん……けど、これは妹に向ける気持ちだと思うけど。
確かにドキッとするんだが。
「シュン、今日は暇ですか?」
彼女の綺麗な声にまたもやドキッとしてしまう。
なんか、彼女の笑顔を見てから変な感じだ。
っと、俺が答えないから徐々に不安な面持ちに。
「はい、暇ですよ?」
「よかった……よければお食事にでも行きませんか?」
まぁ、彼女の誘いを断る理由もないしな。
そういえばそろそろ昼過ぎでピークが過ぎる頃か。
「リディが良ければ一緒に行きましょう」
答えると、また殺人級の笑顔を振りまく。
今俺達二人が居る場所は路地裏だ。
二人きりである。
その笑顔を俺は独り占めという事だ。
彼女の笑顔を独占しているという気持ちが膨らんでいく。
なんかいいな、こうゆうのも。
「リディ王妹と裏切り者シュンとお見受けした。 ノワル国勝利のため死んでもらおう」
突如頭上の声に驚き上を見る。
家屋の屋根の上から五人程がこちらを覗いていた。
身形はコウタを殺したあいつに似ている事から間者だと直感的に気付く。
常に腰に掛けてある剣を抜き構える。
「鱗は裏切り者へ王妹は皮が叩く」
無言で彼等が飛び掛ってくる。
だが甘すぎる。
空中で人間は身動きはとれない。
無詠唱で影から手が飛び出てくる。
一瞬で間者の三人が串刺しになり絶命する。
あまりにも未熟。 暗殺するつもりなら声もかけずに狙えばいいものを。
彼女の笑顔で浮かれた頭が急激に冷める。
リディ様を殺すという言葉が頭の中で響く。
彼女を殺す……? 何を言っているんだ。
許さない、許せない、……殺す。
途端一気に魔力が膨れ上がる。
影から一つだった手が二つに増える。
そして頭の中に言葉が浮かんできた。
「闇の中うごめく音が聞こえる
蟲のようで蟲ではなく
動物のようで動物ではない
彼らは呼吸をしない
地獄の叫びが聞こえる
助けを求める声が聞こえる
夜に墓場に近づいてはいけない
彼等と同じになりたくはないだろう?
【ライヒェ・ティーア】」
一息に呪文を唱える。
すると串刺しにした死体がノソリ……と音を立て立ち上がる。
その姿に隊長らしき者が声を掛ける。
「おお、無事であったか!? 怪我はひどいのか?」
普通ならば気付いただろう。
彼等が死んでいるという事を。
死体のはずの三人は完全に心臓を貫かれているのだ。
死んでいなければ人間のはずがない。
様子がおかしい事に気付く奴らだが、気付き始めた。
一人が近づくと死体の一人の様子を見に近づいていく。
「大丈……え? ……」
声を掛けた瞬間奴の首筋へ被りつく死体達。
あまりの光景にリディが小さく悲鳴をあげる。
今、俺が使った魔法……スーとガクが死んだ場所で使った魔法だ。
少々違う場所もあるが、あの時は暴走したからだろうと納得している。
「い、一体どうしたというのだ!? 何故裏切る、貴様らもなのか!?」
隊長らしき奴は一人で家屋の屋根から覗いている。
が……俺の周りでは地獄絵図が広がっていた。
ゾンビが元仲間達に襲い掛かる。
リディは耐えられないと言わんばかりにしゃがみ込み咳き込む。
隊長らしきものが好機と真上から飛び込んできた。
こいつは何を見ていたんだ?
自動防御で弾き、影から伸びる手によって掴む。
もがくが手はビクともせず、ゾンビ達が彼に襲いかかる程無くして事切れた。
ゾンビとなるのを確認してから魔力を止めると、ゾンビ達も事切れたかのように倒れる。
それから動き出す事はなかった。
「リディ……大丈夫か?」
そう言うがあまり大丈夫そうではない。
白い肌は見て分かるように血の気が引きかなり無理してるように見える。
「すいません……」
無理もないだろう、俺の魔法は見た目も趣味も最悪だと思う。
気付けば慣れてしまったけれど。彼女が見るのは確か初めてのはずだ。
「すまない……」
「何故謝るのですか? 助けてくれたのです、私はお礼が言いたいぐらいですよ」
そう言うと無理はしてるが笑顔を向けてくる。
命を狙われ、あんな恐ろしい光景を見てもありがとうと言って来た。
「こちらこそ、ありがとう……」
その後食事どうしようかと聞いたが。やはり食欲は失せてしまったらしい。
しょうがないので第三兵舎の庭で二人で話しをする事にした。
夕方頃に彼女を城まで送り兵舎に戻るとココスやミランダに何を話していたのか詰問された。
今回は書き方を少し変えてみたのですがどうでしょうか?
少しは見やすくなったのならいいのですが。
誤字脱字、感想等ありましたらお願いします。