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8月7日ー8

テレビを見ていたら時間はもう23時を回っていて、雪華はもう寝支度を始めようと立ち上がっていた。


「汐音さんとすずさんも今日は疲れたでしょうし、早めに寝た方がいいと思いますよ」


「あ、ああ。そうするよ」「はーい」


すずはもう眠いようで、声に覇気がなくなってきている。俺たちもテレビを消して立ち上がった。


「おっさん、今日は一日ありがとうございました」


「良いってことよ、二人ともおやすみ」


すずは俺の隣で会釈をして廊下から和室に向かった。


和室は1階廊下の途中にある部屋みたいだ。丁寧に引き戸が開けられていて、布団が敷かれ……


「え、俺たち一緒の部屋で寝るの?」


「ん-?」


すずの返答はもう内容が空っぽだった。


「しょうがねぇかもだけど、まずくないのかな」


すずはもう寝ようとしていた。


「おい、歯磨きしてないだろ」


「あー……」


思い出したようにすずは洗面所の方に向かった。俺もすずの後ろを追いかける。


「あ、汐音さん、すずさん」


雪華がすでにいた。


「旅行セットがあったので今日はこの歯ブラシを使ってください、ただこの2本しかないので、明日にはきちんとしたもの買ってこないといけませんね」


「あー、明日か。明日どうすっかなぁ」


聞きこみもしたいし、生活必需品も揃えないといけない。


(色々とやることが山積みだな)、なんて考えていると、すずはもう旅行セットの袋を開け歯磨きを始めていた。旅行セットには歯ブラシ以外にもコップ、歯磨き粉が入っている。


すずは歯磨き粉を使わず歯磨きをしているようだった。


よほど眠いのか全然磨けていなかった。


「ああ、私がやりますよ」


少し呆れたようにもう歯磨きを終えたらしい雪華が、すずの歯磨きを持って丁寧に磨いていく。人の歯磨きをするってしたことないけど難しそうだな。


俺はそれを眺めながら、普通に歯磨き粉を付けて磨いていた。旅行用の歯ブラシ、これが単純に使い捨てなのか、自分の力加減が強いのかブラシの毛がたまに取れる。

これは、生活必需品が先だな。


「じゃ、じゃあお先に」


「あ、はい、おやすみなさい」


雪華は歯磨きを終えたあともすずの髪を梳いて束ねていた。すずはそこそこ髪が長く確かに寝るのには不便そうだった。


俺は先に和室に戻って布団に入っていた。


「これから、どうなんのかなぁ」


ずっといるのも申し訳ないし、いつかはなんとかしないといけない。


とにかくここにいる間は家事や手伝いを頑張って役に立つか。


疲れていて気付いたら俺はすぐに眠っていた。




何時間が経ったのか、ガラガラっと玄関の引き戸が開く音で目が覚める。


隣にはすずが寝ていた。あの長髪が束ねられて団子にされている。綺麗な寝相で、雪華が連れてきてくれたのだろうか。


スース―と静かな寝息を立てていた。


俺は起きて玄関から外に出た。


そこには先客がいた。


「おっさん、どうしたんすか」


「んあ、少年悪い起こしちまったか」


「いや、たまたま目が覚めただけっす」


とおじさんが煙草に火をつけて口につける。


「おっさん、煙草吸うんすね」


「いや、全く」


とおじさんがゲホッゲホッと咽せた。


「いや、なんで吸ったんだよ」


目の前の光景が自分にとって予想外すぎて、心の声のままにツッコんでしまう。


「同僚に貰ってな、全く吸えないんだが。もったいねぇなと」


「漁師でしたっけ、あんまり俺知らないっすけども」


「まぁ、お前らを受け入れたのはな、まぁ思ってる通りの理由もあるが、雪華を一人にしたくないってのもあるんだ」


「一人に…」


そこでおじさんが大きく深呼吸をした。


「ああ、2年前の話を、しようか」


その瞬間、風が向きを変えたように感じられ、周りの空気が冷たくなる。一言一句を聞き逃すな、と潮風が言っているようで、無意識におじさんの方に顔が固定させられる。


「2年前、突然だった。8月18日金曜日の夜、怜奈と絵里香が帰ってこなかった。俺はその日は夕方から漁にでてたんだが、19日の朝にそれを知った。


帰ってきたら雪華が不安そうに家にいてな。


俺はとりあえず周りの仲間に連絡したりと、人を増やして探したんだ、8月19日は夜までずっと探して、山も探したが全く見つからなかった。

他のみんなは夜に一旦探すのやめて寝に帰ったが、俺たちはずっと探していた。


20日流石に疲れて少し仮眠を家で取ったんだ。

あれは大体昼前だったな、少しだけ体力を回復させてまた探しにでるつもりだった。起きたらもう後だったんだ。


14時水死体として漂流している二人が見つかったと報せがあった。浜からそんなに遠くなくて、いつも釣りをしているじいさんたちが見つけてくれたらしい。


俺は15時過ぎたころか、その話を聞いてすぐその場所に行ったんだ。雪華が先にいて、ブルーシートに怜奈が包まれてた。


俺が先に行けば雪華に直接見せることなんてなかったんだ。俺は間違いを重ねてしまったなんて後悔した。


そうだな、唯一の救いがあったなら、怜奈は意外にも綺麗なままで、安らかな顔だったんだ。そのあとは葬式手続きとか、まぁ周りの言うままだ。


ただ、もうそれ以降はそんなに覚えてない。


で、葬式が終わってから雪華は部屋から出て来なくなった。


責任を取るべき理由はいくらでも思いついた。だから父親である俺が頑張らないとなって、仕事を一旦休ませてもらって雪華の面倒をしばらくみてたんだ。


ずっと同じ日々が続いて、雪華は会話してくれるくらいに立ち直ってくれたんだが。


もう後悔しても、……遅いけどな。


まぁそんなでうちにはお母さんと姉がいなくて、雪華には俺しかいないんだ。


俺はあの家を継いだが、絵里香があの家の血縁でな。

俺自身は山から出てきた身で、残念ながら頼れる親戚も特にいなくてな、俺がいなくなったら今度は雪華は一人になるかもしれない。


それ関係なしでも、漁師ってのは丸々家を空けることも多くてな、特に忙しい時期はな。


だからお前らにいて欲しいんだ。すずは、お姉ちゃんの代わりになってやれるかもしれないし、お前も俺の代わりに守ってやれるだろ?」


「……」


「都合がいいのはわかってる、いてやってくれないか?」


「俺は、全然構いませんけど……、でも代わりじゃないです。

俺は俺で、すずはすずです。雪華自身もそれはわかってるんじゃないんですかね」


「そ、そうだな……、なんか過去に囚われてたのは俺なのかもしれないな」


「じゃあ、俺、配達員かなんかの仕事しようと思います」


「ん?なんでだ」


「俺は、俺なんです。ここでの俺の役割が欲しいんです。

だから家計の足しにでもなれたらって、俺、汐音としてこの家での役割です」


「あ、ああ。知り合いに確かいたから掛け合ってやる」


「助かります、戸籍がわからないやつなんて自分で言っても雇ってくれる人いるかわからないですし」


「汐音、他は聞きたいことはあるか?気にせず聞いていいぞ」


少し考える。ここまでで知り得ない情報。


「そういえば、すずはどこまで怜奈さんに似てるんですか」


「髪色以外、全部だな。声も性格も怜奈だ。

意識的に別人だと思うようにはしているが、正直本人としか思えないくらいには怜奈のままだ」


「じゃあ、あの白いワンピース、見覚えありますか?」


これを聞いて、予想外の質問かのような驚いた表情をおじさんが見せる。


「……ある。怜奈が、ちょうど2年前のあの夏の頃に気に入って着ていた服だ。

誰だったか覚えてないが、誰かが褒めてくれたって喜んでてな。あの夏、あの日までほとんど着てたワンピースと同じものだ。

で、あの見つかった日もその服を着てる状態で見つかったな」


それを聞いて自分の中で繋がれた事実があった。

それに対して疑問点は多くある。だが、これから集められていくであろう情報を照らし合わせていけばいずれ答えは導かれていくはずだ。


「俺は、ただの偶然じゃないと思います。

まぁ『今は』、すずはすずで、怜奈さんは怜奈さんですけど」


「でもそんなことあり得るのか?俺たちは目の前で怜奈を見てるし、火葬だってしたんだ。すり替えられたなんてこともない」


「この世には、多分わからないこともあり得ないことも、見つかってないだけで確かに存在してると思うんです。


誰かが誰かのために願って、その誰かのための奇跡が起きるんです。

その奇跡が必ずしも、誰かにとって幸せになる結果を呼ぶかは、わからないですけど。


でも、奇跡が起きるなら。奇跡が起きた結果が目の前にあるかもしれないなら、俺はそれを信じたい。証明してやりたい。


だから、すずが望む限りは、すずの記憶を取り戻してやりたいんです。


もしかしたら、それは予想外の結果を呼ぶことになるかもしれないですけど。それでも、その時はいつか来るんで」


「その時?」


「いや、こっちの話です、ありがとうございます。今日はもう寝ます」


「あ、ああ。おやすみ、汐音」


「うん。おやすみ、親父」


俺は少し驚いた表情見せる今日会ったばかりの家族を背に、寝床へ足を向けた。


その背には驚きに加えてもうひとつ、優しい微笑みが向けられていたような気がした。

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