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8月7日ー5

もう夕飯を運んでいるようだ。どこだろう、ここまででリビング的なのは見なかった気がするが。


とりあえず自分も刺身の皿と醤油の瓶と小皿を乗せたお盆を持って、台所を出る。


「お、少年。客間に用意して行ってるからそれをそのまま運んで行ってくれ、次が最後だからあとは待っててくれよ」


「了解っす」


廊下を真っすぐ行き客間に行く、二人はゲームをしていた。赤と青の2つのコントローラーがついている某アレ、だ。


「お前ら、飯だぞ。ゲームは一旦やめだ」


「「えー」」


と声が揃う。


「てか俺が頑張ってる間遊んでたのかよ、ずるいな」


「最下位になる人が悪いんですぅ」


「そーだそーだ!」


雪華なんか口調ちがくない……?二人はコントローラーを置いてゲーム機のスリープボタンを押した。


「っと、箸と、ご飯、小皿を二つとこれを人数分」


そういいながら四人分の準備を整えていった。

刺身に、卵焼き、ミニトマトとキャベツのサラダ、と、なんだろ、……魚の天ぷら?

なにかよくわからない天ぷら。


「おっし準備はできてるな」


「じゃあみんな、


「「「「いただきまーす」」」」

残すなよー」


凄く楽しい。こんな食事今まであったのか知らないくらいに楽しく食事が進んでいく。

食事がこんなに楽しいものだとは思っていなかった。少なくとも自分の中ではこんなに楽しい食事という記憶は存在していなかったと言っていいほどに目の前の光景は賑やかだった。


「おっさん、これなんの天ぷら?」


「鮎の天ぷらだ、釣ってきてすぐのやつはその辺に売ってるのとは味が違うぞ」


と天ぷらを大皿からとって塩をかけてみる。

口にいれるとまず天ぷらの衣に歯が入り、そのあと鮎に歯が入る、食感が段になっていて、薄い衣のサクッと小さい音がしたあと、しっかりとした魚肉をガブッと行く。


最初に振りかけた塩が舌に伝わってきてそのあと揚げた衣と鮎の味が直に舌に伝わってくる、噛むほどに鮎の旨味が増して最初の塩の刺激に中和されていくのだ。


天ぷらなのに油を微塵も感じさせないほどすごくさっぱりしていて、魚なのに臭みなんて全くと言っていいほどにない。これが白身魚本来の味なのかというのを感じる。

天ぷらの衣と鮎で二層になっている、それだけのこの単純さなのにこんなに合っているなんて。


その辺のやつってのは俺はそもそも知らないが、これが段違いに美味しいのであろうことはわかるほどに美味しい。


「俺これ好きかもっす!」


「そりゃよかった、残さず食えよ」


「はい!」


美味しい食事に、今日会ったばかりだけれどいい人たち、これ以上の出会いはないだろうってくらいに充足感で満たされる。


「にしても、やっぱり人が多いと食卓も賑やかになるってもんだなぁ」


「いつもお父さんと二人だったから、こんなのは久しぶり」


「ご飯食べるときは楽しい方がいいもんね!」


半分ほど進んだ茶碗を持ちながらすずが返し、三人が嬉しそうに会話する。


「そういえば、今日は帰りがずいぶんと遅かったが、随分とゆっくりしてきたんだな」


「はい!雪華ちゃんともこんなに話せるようになっちゃって!」


「今日外に出したのは正解だったってわけか」


そう言いながらおじさんがハッハとビールを飲みながら豪快に笑う。ちょっと酔っているのか、口調はあまり変わらないが頬が少し赤い。


「夕日が綺麗でしたよ!とっても!」


「久しぶりにこの時間に外に出たからなんだか新鮮だった」


「わたし写真撮りたかったなぁ」


「そうだ、今度スマホ買うか?」


合点と握りこぶしを手に当てながら、おじさんが言う。

この人は一体いつまでいさせてくれるつもりなんだろうなんて思いながら、おじさんがその人相に合わないくらい優しい人だということを再認識する。


「ほしい!可愛い色のやつが欲しいな!」


とすずが手を挙げた。

遠慮がないのか、ただの天然なのか、ノリがいいやつだ。やっぱりこういうやつが意外と人に好かれやすいんだろうか。


「少年も、いるか?」


「え?俺はいいっすよ、申し訳ないですし」


「てか汐音、なんか変な喋り方だね、わたしたちに話すときもっとずけずけ言ってくるじゃん」


「多少の敬意みたいなもんがあんだよ、相手は居候の俺ら見てくれる大人なわけだし。むしろお前の方がおかしいんじゃないか?」


「そう、なのかなぁ」


と少し上を向きながら、すずは考える表情を見せる。


「人のことおっさんって呼ぶ割には、そんなしょうもないこと気にしてんだな。

別に俺はそんなに尊敬されるような人間ってわけでもねぇし、もっと言ってくれて構わねぇぞ。

そうだなぁ、イメージするなら少し歳の離れた先輩とかか?」


と少し前かがみに俺を見ながら言う。この距離まで近づかれると酒臭いのがにおってくる。


「全然少しじゃねぇ……」


「ああ、そういや、お前ら自分がいくつとかわかるのか?」


「ほんとになんも覚えてないんすよね、言葉の意味とかはほとんど通じると思うんすけど」


「すずも!」


「そうか、まぁ見た目は高校生、くらいか?

怜奈が成長してたらだいたいこんな感じになるのかね」


その「れな」が誰を示すのか、文脈ですぐに理解することができた。二年前に亡くなったであろう、すずに瓜二つの人。


気にしていないかのような変わらない口調で話すが、初対面の時よりは会話を重ねている、流石にこのくらいの変化には気づける。


口が笑っていない。思うところがあるのか、その台詞には詰まりが見えた。


「怜奈さん?」


わからなかった様子のすずがそう聞いた。


「ああ、話してなかったのか。うちの長女でな。今頃は高校一年生になってたんだろうな」


その怜奈って人の話をするたびにおじさんの声が震えてぎこちなくなくなっていく。


「お父さん、別の話しよっか」


それを察したのか雪華がこの話を終わらせようと会話に入ってきて、おじさんの肩に触れる。気づいておじさんは慌てて次の話題を探すように、目線を斜め上にして考える仕草をした。


「そ、そうだな。あー、えっと、今日の風呂順は誰にする?女子優先だ」


風呂を洗ったのは俺なんだが、これくらいはまぁいいか。


「わたし一番!」


すずがまた手を挙げた。


「雪華ちゃんも一緒に入らない?」


「え?私?私はいいよ、二番目に入るね」


「そっかぁ」


「少年、男二人は狭いと思うが」


「えぇ……、洒落にならない冗談はやめてくださいよ」


「はは、三番目に入りな。若い奴から入ればいい」


「あざっす、ほんと世話になるっす」


と、食べ終わったのかすずが一番に「ごちそうさま!」と言い、元気に立ち上がって出ていく。


「随分と食べるのが早いんだな、一番風呂行ってこい。多分大体湯が溜まってると思うから」


おじさんはもう廊下に出ていたすずに向かって言う。


すずは「いえっさー」と返しながら廊下を歩いて行った。


「少年、残りは全部食っていいぞ。俺は最近食べた分だけ太ってきてな、歳のせいだなこりゃ」


「ういっす、今日は動いたんでこのくらいなら」


大体最初大皿にあったぶんの4分の1ほど、刺身や天ぷらが残っていた。

天ぷらが少し胃袋にはきついかもしれないが、今食べておきたい。

皿のものを順に平らげて行こうとまず刺身の皿に手を出す。


と、

「で、お風呂ってどこ?」


すずがステテテとすぐに戻ってきた。


「そういえば教えてなかったなトイレの扉の奥だ、行ってみたら多分わかるはずだ」


とおじさんがまた振り返って話す。


また、すずが「いえっさー」と既視感のある光景を再生しながら廊下を歩いて行った。


刺身を醤油につけて食べ、それが食べ終わるころに、おじさんと雪華がほぼ同時に食べ終わって箸を置く。


おじさんは立ち上がってテレビをつけ、雪華は客間を出ようとする。


「ってゲームやってたのか、お父さんこれ止め方わからんぞ」


雪華が振り返りトテトテと戻ってきた。


ゲーム機をドッグから外して持って行った。

と、画面左上には18時55分を示し、ニュースらしき番組が映った。


あまり知らないが地域情報番組らしきものだ。


おじさんが「よかったのか?」と聞くが二つ返事で雪華は答えてすぐ客間を出ていく。


俺はその光景を見ながらむしゃむしゃと一人天ぷらをむさぼっていた。


ちなみにサラダはすずが完食したのでもうない。今日の食事は割とバランスの偏った食事になってしまった気がする。


雪華の言っていた朝の散歩とやら、自分もしてみようか。


ようやく食べ終わり、

「おっさん、これ片づけないんすか?」


「ん?片づけるけど、まとめたほうが早いだろ。4人分くらい1回で運べるさ」


「じゃあ、俺やっとくっす」


「お、気が利くな少年、任せたわ」


寝そべりながらバラエティー番組を見ていたらしきおじさんがこちらを一瞥することもなく、そう答えた。

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