8月7日ー3
雪華ちゃんを先頭に、俺たちは後ろからついていった。
家をでてすぐ家の真横の道を挟んで少し向こうに公園が見えた。
「あそこが公園ですけど、もうあんまり使ってる人はいないと思います。遊具も錆びっちゃってますし、
たまに人は見かけますけど」
と公園を素通りしていく。
道なりに進んでいくと、頑張って車が4台止めれるほどか駐車場が見える。その奥に小さな店が見える。
「ここでお菓子とかなら買えると思います、あっちまでいくともう少し大きいお店はあるんですけど」
そう言いながら遠くの方を指さす。ここがどこなのかわからないから、あっちがどこなのかわからない。
「へぇ、いいとこだね!」
「そう?ですかね。
一応コンビニもあるんですけど歩いて行くとちょっと遠いです。もしどうしても欲しいものがあるならお父さんに車を出してもらったらいいと思います」
「ふーん、コンビニだったら何を買えるんだ?」
「うーん、文房具とか、ですかね?私はあまり行かないので」
「まぁまず何が足りてないかよくわかってないしその時考えるか」
「じゃあ次は港の方に出ますね」
道を左に曲がって、進んで行くと海とたくさん止まっている船が見えた。
「ここが港、まあ泊地です、多分そんなに寄る機会ないかもですけど。今は夏ですし、朝に散歩すると涼しいと思いますよ」
「そうなんだ!わたし朝散歩してみようかな!」
「でも、危ないので気をつけてくださいね、落ちたら冗談にならないですよ」
「わあ……汐音、落ちたら助けてね!」
「なんでお前が落ちる前提なんだよ、気をつけろって言ってんだろ」
「ねぇ、お父さんって漁師なの?」
「まぁ、そうですけど。うちはずっと漁師の家系なのでそれをお父さんが継ぐ形で」
「そうなんだ!凄いね!」
「凄い、んですかね。わたしは漁師がどんな仕事なのか知らないので語れないんですけど」
「凄いよ!みんなのために海に出てお魚を釣ってきてるんだから、誰にでもできることなんかじゃないよ。わたしできる自信ないもん!」
「そう、ですかね。そうかもしれないです」
今まですずと距離を取るように話していた雪華が、無邪気なすずに絆されてか、微笑えんだように見えた。
「ここから向こうにずっと続いてます、アスファルトの道にでて左に曲がったら、一周して家です。」
「みてみて!すぐそこに島があるよ!」
少し見上げるくらいか、港から少し離れたところに小さく島が見える。
岩肌に草木が生い茂っているようだ。
「あれは、正月とかにお祭り?えーっと、すみませんもうずっと、あんまり外出てないのであんまり覚えてないです」
「そっかー。また教えてね!お祭りとかわたし好きなんだ!」
「でしたら今度、確か8月の15日?でしたっけ、夏祭りがあったと思います」
「え!行きたい!15日っていつ?」
そう聞かれて雪華が斜め上を見ながら考える動作をする。
「えーっと、今日は7日の木曜日なので、来週の金曜日ですね」
「すぐじゃん!待ちきれないね!雪華ちゃんも一緒に行こうね!」
「私はいいです、行きたいのでしたら、二人で行ってみたらといいと思います」
「え!?俺も?別にいいけど」
「みんなでいこーよ、みんなで行った方が楽しいよ!」
「とにかく私はいいです、もし気が向いたらその時考えます」
「そっか、またお祭りあったらその時は行こうね!」
拒否され続けているのを感じるのか、空回りながらもすずの強引さがだんだん強くなってるように思える。
「すぐ回れちまったな、30分も経ってないんじゃないのか?」
「じゃあ避難路の方回りますか、山の上から見るとまた景色が違うと思いますよ」
港から少し戻って家が並ぶ道に戻る。左、右、左、道なりに進んで行くと、山を登る階段に出た。
「ここ上っていくんだね!競争ね!」
と言いながらすずがフライングして登って行った。
「俺は走らないが……って聞いてないし」
「ずいぶん、元気な人ですね」
「俺もそう思うよ、でも嫌がらせしたいとかじゃないと思うからあんまり邪険にしないでくれたら……」
「別に邪険にしてるわけじゃ……」
と言葉づまりに雪華が下を向く。
足を揃えて歩きながら階段を上る。
「雪華ちゃん、よかったら話せるだけでも俺に話してくれないか。知りたいこともたくさんあるし」
「知りたいこと…ですか」
「うん、顔立ちが似てるのだって、記憶がないのだってただの偶然なんて俺は思ってないからさ、あいつと俺が砂浜にいた理由も記憶がないことも自分で見つけてみたいんだ」
嘘は言っていない。
知ることが怖いと思っているのは事実。
だが、それは警察に行って雑に情報を見てしまって知りたくないかもしれない情報に殴られるくらいなら、自分の力で少しずつ気づいて、知って行って、受け入れたい、そう思っているからだ。
そこで、後ろからついてきていた雪華が階段の途中で立ち止まった。数段上にいた俺はそれに気づいて振り向いた。
「雪華、でいいです。話せる分だけ、話しますね。私もそんなに知ってること多いわけじゃないですし」
「うん、ありがとう」
「2年前の夏まで、私達は4人であの家で暮らしてました。
お母さんとお父さんと、お姉ちゃんと私で。世間から見れば別になんてこともない普通の家庭だったと思います。」
指を順々に折りながら、思い浮かべるような表情で雪華は話す。
「たまに旅行に出かけたり、お姉ちゃんとは3歳差だったのでそんなに学校では一緒にいる時間は多くなかったですけど、お姉ちゃんと私は陸上部で一緒に、こんな風に外に散歩に出たり、たまにこの町を一周する競争をしてたり、そんな日々だったんです。
お姉ちゃんは私にほとんど負けてました。運動音痴なのになんで陸上部に入ってたのかよくわかんなかったですけど、でもそんなお姉ちゃんのことが好きでした。
もういまいち、お姉ちゃんと遊んだこととかぼんやりしてて思い出せないですけど、
むしろ喧嘩した思い出とか、怒ったら凄く怖かったことばっかり思い出せちゃうんですけど、
それでもお姉ちゃんは私のお姉ちゃんで、好きだったんです。
2年前までは、ムカつくなぁとか、お姉ちゃんって私よりバカなんじゃないかなとか、あんまりお姉ちゃんのことよく考えたことなくて、
いつも世話焼きでくっついてくるし、その性格知ってたんで私もそれに付き合ってて、その時はむしろうざいなぁなんて思ってたかもしれないです。
でも、あの時お姉ちゃんと……と……を、見て、……」
「うん……」
「あんなにうざいなって思ってたお姉ちゃんにもう会えないって思ったら凄く苦しくなって、目にしたその時はもうなにも言えなくて。
家に帰るまではずっと苦しくて、何を考えていたのかも思い出せないです。
泣いたのは家に帰ってからでした。あの家の2階、あそこに私の部屋とお姉ちゃんの部屋があるんです。
でもお姉ちゃんの部屋を見たら、なんか、もう、
『なんで、いないの?』とか『なんでお姉ちゃんが?』とか、って言葉しか頭に浮かんで来ないまま、その日はずっと泣いていました。
……なんでなんですかね、お姉ちゃんと過ごした日々はそんなに思い出せないのに、お姉ちゃんが死んだって知った日はこんなに鮮明に覚えてるなんて」
「あとから、なんです。お姉ちゃんのことを尊敬していて、好きだったって気付けたのが、いなくなったあとで。
何もかもかもう遅くて、後悔しても後悔してもそんなことに意味なんてなくて、私はその日からずっと学校に行ってなくて、たまに友達が来てたような気がしてたんですけど、どうでもよくて、ずっと家にいました」
「だからあの人を見た時に一瞬嬉しくて、でも心はそんなわけないって思いながらあなたたちに話しかけたんです。なんとなく、話しかけなきゃだめだって思って。
勝手に話しかけたのに勝手に突き放して、ごめんなさい」
「うん」
俺の返事を聞くと、雪華は、少し俯いていた顔を俺の方に向けて、切り替えるようにハッキリとした口調で続けた。
「すみません、ちょっと自分視点の話ばっかりだったかもしれません。
えっと、……今の私が言えるのはここまでが限界です、あとはまた心の整理がついたら話します」
「いや、うん、話してくれてありがとう、俺は同情の言葉を言える立場じゃないと思うけど、今までよく頑張ったんだな」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「もし、できるならすずにも、声をかけてあげてほしい」
「はい、あとで謝っておきます」
「よし、俺が始めちゃったことだけど、終わり!走って上ろうか!」
「はい、……
と言いかけて首を振り、雪華は言い直した。
「うん!」、と。
自分の真横まで階段を登って来た雪華は、こちらを向いて今まで見せてなかった笑顔を見せた。